第1章【ロミオは、アメリカンドッグみたいな女の子だ】③

たかし? きいてんの?」

 ロミオは言った。そうだ、ぼくの名前は隆という。「ロミオ」に比べれば、平凡で生きていく上でスムーズな名前だ。

「聞いてるよ。なんで露出狂なんか探してるんだよ?」

「理由なんかないわ。向こうだって意味なくやってるんだろうし。それに今、なんでもできそうな気分なの。思いついたこと全部、やってみようと思って」

 酔っぱらい特有の全能感だ、と片付けるのは簡単だ。でも、否定することができなかった。

 ぼくも、なんでもできそうな気分になることがある。総理大臣になるとか、宇宙飛行士になるとか、羊飼いになるとか、そういうのじゃない。誰もが実際、思いつく分だけ色んなことができちゃうんだ。ベランダから飛び降りることもできるし、始発で札幌に向かうこともできるし、ろくに話したことのない、昔好きだった女の子の家に花束を届けることもできる。本来の意味での無限の選択肢が存在するってこと。怖いと思わない? いつだって、正義のヒーローにも、犯罪者にも、露出狂にだってなれちゃうんだから。

 ぼくはそんなことをロミオに語った。もっとも、いつも頭の中ほど饒舌には喋れないんだけども。

「隆、それ、康兄へのイヤミのつもり?」

 ロミオは非難がましく言った。声はいつもよりキンキンしていた。

『康兄』は、さっき話したぼくの兄貴のことだ。今はもう家にいない。ぼくが小学校低学年のときに彼は大学を中退し、その三年後、日本からいなくなってしまったから。

 それから半年して、彼から手紙が届いた。名前も知らない国の、名前も知らない現地の人と結婚したと書かれていた。リアリティがあまりになく、どちらの名前も未だに覚えられていない。

 手紙は、「意味なき橋を作らにゃならん」という一言で結んであった。兄貴によると、その国には発達した運河があり、その橋は生活に必須なものではないという。無意味な橋を、その国の人は作ろうとしている。橋を作ってから意味は考えるし、意味がなかったらそれでいい、と。ぼくには到底理解できないが、兄貴はその考え方に感銘を受けたというのだ。

 その手紙がきて以来、一度も帰ってきていないどころか、便りの続きもない。一通だけで全てを説明したつもりになっているんだ。

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