「タラントのたとえ」を悪役令嬢に置き換えてみたやつ
砧 南雲(もぐたぬ)
「タラントのたとえ」を悪役令嬢に置き換えてみたやつ
と或る異世界の一つを司る神が、現世で死んだ三人の女を、己の異世界に転生させ、御許に集めてこのように語った。
「各々が事情にて、天寿を全うすることなく命尽きてしまった女達よ。私は貴女方に哀れみと興味を抱き、この私の世界へと招き入れました」
三人の女は、それぞれ死んで間も無く、この異世界へと運ばれた。死んだと思ったら、気付けばよくわからぬ空間に集められていた。
己の肉体に目をやると、老いや傷や衰えがないどころか、全く見覚えがない。記憶にある生前の己の姿とは、似ても似つかない。
当惑し、己の肩を抱いたり、腕を胸元に引き寄せたり、口元に掌を寄せたりしていた。その様を見下ろしながら、異世界を司る神は続けた。
「私は貴女方を、私の世界の悪役令嬢に転生させました」
…………何故、そんなことを?
三人の女の頭に浮かんだ強い疑問は、当惑を軽々と吹き飛ばした。彼女達は、異世界の神を凝視した。長い沈黙が場を支配し、やがて異世界の神が語った。
「私は、悪役令嬢転生ものの数々を、こよなく愛しているのです。作品をあれこれ探して読むだけでは飽き足らなくなりましたので、作品を作る側に回ることにしました」
…………神様が、そんなこの上なく個人的な動機で、我々を異世界に転生させたと? しかも、悪役令嬢に?
三人の女は、再び異世界の神を穴が開くほど凝視した。凝視だけでは気が済まず、今度は何らかの抗議を口にしようとした。しかし異世界の神は、彼女達の機先を制した。
「はい、というわけで!! それでは皆さん、頑張って下さいね!」
話し終わるや否や、異世界の神から強い光が生まれ、三人の女を包んだ。光に飲まれた三人の女は、「乱暴な!」と各々思う気持ちが言語化される隙も与えられず、それぞれの新しい舞台へと飛ばされてしまった。
***
一人の女は、王国へと飛ばされた。この王国は聖女信仰が篤く、二十年に一度選ばれる聖女と王族との婚姻が通例となっている。
飛ばされた女は、王子への横恋慕故に、公女という身分の高さを振りかざし、通例に一人叛逆し、国中を引っ掻き回して、遂には聖女の命を狙うに至るも、寸前で阻止され断頭台の露と消える宿命であった。
一人の女は、帝国へと飛ばされた。この帝国は未開拓の土地が多く、今動かせるだけの限られた資源を巡り、皇帝や貴族が暗中飛躍している。
飛ばされた女は、皇族の一人娘として有力貴族の一人と政略結婚するも、民や国の未来に思いを馳せず、限られた資源を独占し浪費と淫蕩に耽り、見かねて遂に袂を分つ夫と、それを支えんと決意した妹に斃される宿命であった。
一人の女は、皇国へと飛ばされた。この皇国は辺境の地域に強力な魔物が巣食い、魔法や剣の適性を持つ者達が、彼等を討つべく、学び、究め、研鑽している。
飛ばされた女は、天子の妹でありながら魔物に魅入られ、彼等と共に母国を滅ぼさんとするも、研鑚を究めた魔術師達や剣士達、彼等を率いる果敢な妃将軍たる義姉に反撃され、遂に捕えられ魔物の生贄となる宿命であった。
***
それから、数年の月日が流れた。異世界の神は、初めと同じように、唐突に三人の女を身元に呼び集めた。最初に集められた時とは様子が様変わりしている女達を見下ろし、話しかけた。
「さあ、結果報告の時間です。首尾は如何でしたか?」
死んだ直後に突然招き寄せられた最初よりも、生活の最中に招き寄せられた今回の方が、三人の女の混乱は大きかった。
異世界の神は、ただ三人が落ち着くのを、朝礼の校長であるかのように見守っていた。三人は、やがて自力で事態を把握し、それぞれ落ち着きを取り戻した。
そしてまず、一人目の女が一歩前に出て、異世界の神に向かって語り始めた。
***
「異世界の神様。あなたは私を、聖女信仰が篤い王国へと送られました。
私は、せっかく神様に与えられた新しい人生を無駄にしない為にも、聖女様と王子様に深く忠誠を誓いました。お二人の邪魔をせぬよう己を慎み、お二人がこの国の未来とお二人の人生を健やかに育まれるよう、日々心を砕きました」
一人目の女は、そこで一度言葉を区切った。本来の、王子を執拗に追いかけ回す、独断専行公女の面影はそこにない。
「その結果、聖女様と王子様、またお二人を支える周囲の方々からも信頼を勝ち得るに至りました。私は今ではお二人を護る楯として、日々尽力しております。それと、カクヨムで五万PVを獲得しました」
清楚かつ慎ましやかな、身体全体を包む衣服の胸元に両手を当て、神に向かって深く一礼した。
「対立者と和解を望み、見事叶えたパターンのやつですね! 大変素晴らしいです!
子供がトラックに撥ねられるのを身を挺して庇った、貴女の優しさを見込んでこちらに招いたのは正しかったようです」
異世界の神は満足げに語った。
「貴女が王国に戻った後、貴女にも新たな聖女の力を授けましょう。この奇跡の時代に現れた、二人目の聖女として、後世に名を残すでしょう。
……あと、私のアカウントから、★×3を送っておきますね」
「大変に畏れ多いことでございます」
一人目の女は再び深く一礼し、一歩下がった。続いて二人目の女が一歩前に出て、異世界の神に向かって語り始めた。
***
「異世界の神様。あなたは私を、皇族と貴族がしのぎを削る発展途上の帝国へと送られました。
私は、せっかく神様に与えられた新しい人生で、賭けに打って出ました。即ち、地道な交渉と大胆な策略を交互に繰り出すことで、貴族達を配下に収め、資源開発と流通に投資を惜しまず、結果国を発展させるに至りました」
二人目の女は、そこで一度言葉を区切った。本来の、目の前の富と欲望を根こそぎ貪り尽くす、酒池肉林皇女の面影はそこにない。
「その結果、夫こそ早々に妹に奪われはしたものの、二人とも私に仇為すことは最早叶わぬ立場です。私は自ら帝国に君臨し、我が帝国をこの上ない繁栄をもたらし、国民の期待と信頼を一身に集めております。それと、カクヨムで十万PVを獲得しました」
繊細な織りの大胆なドレスに身を包み、胸元や髪に豪奢な飾りを纏い、背筋を堂々と伸ばした美しいカーテシーを披露した。
「対立者の屈服を望み、見事叶えたパターンのやつですね! 大変素晴らしいです!
過労死という結末を迎えはしたものの、複数事業の同時展開にスキルと精力を惜しみなく注ぎ込んだ、貴女の向上心を見込んでこちらに招いたのは正しかったようです」
異世界の神は満足げに語った。
「貴女が帝国に戻った後、貴女を密かに慕う有力貴族達の潜在意識を私が煽りましょう。貴女は有力貴族達からこぞって求められ、その中から選び抜いた者との間に秀でた子を生し、貴女はこの世の全てを手に入れた女帝として後世に名を残すでしょう。
……あと、私のアカウントから、★×3と、あとおすすめレビューも書いておきますね」
「恐悦至極に存じます」
二人目の女は再びカーテシーを披露し、一歩下がった。続いて三人目の女が一歩前に出て……くるかと思ったが、なかなか出てこなかった。
しかし、前の二人の女と異世界の神からの、強い目線と場の沈黙に耐えられなかったのが、遂に出てくると、異世界の神に向かって恐る恐る語り始めた。
***
「異世界の神様。あなたは私を、魔物が跳梁跋扈する昏き皇国へと送り込まれました。
……あなたは、血も涙もない異世界の神です。待ち望んだ死をようやく迎えた私を無慈悲にも蘇らせ、見知らぬ世界で新たな人生を再び生きよと命じられました。私はあなたが恐ろしく、また私という人間と、新しい人生とに絶望し果てておりました」
三人目の女は、そこで一度言葉を区切った。本来の、魔物と通じて母国の滅亡を狙う、破滅願望の妹宮の面影をそっくり残していた。
「私は、あなたがこの世界で元々用意していた筋書きを、そのままなぞってここまで生きてまいりました。私は魔物の導きに身を委ね、母国に勝つ当てのない戦いを仕掛け、無様に敗れ捕らえられた、明日こそが私の処刑の日でございます。そして、未だに★も一つもつかない有様です」
粗く織られた灰色と白の縞の服を着せられ、艶のない長い髪は無造作に一つに括られ、痩せ細りカサついた指を身体の前で組み、力無く俯いている。
異世界の神は、前の二人に見せた満足げな表情とは一転した、厳しい顔を女に見せた。
「貴女は私を、血も涙もない恐ろしい神だと言ったのですか? 仮にそうだとしたら、貴女は少なくともテンプレに沿って、形通りのざまあ返しをするべきでした」
そして、震え俯く女に指を突きつけて言った。
「貴女は、己の運命を自力で切り開くまで、ループを無限に繰り返すパターンのやつとしましょう!」
「ご無体な!」と叫ぶ声を長く引きながら、三人目の女は、突如足元に開いた穴へと飲み込まれて姿を消した。
異世界の神は、残る二人の女に向かって語った。
「悪役令嬢の才能を持つ者は、素晴らしい物語を紡ぎます。しかし、悪役令嬢の才能を持たない者は、……物語をうまく紡ぎ出せるようになるまで、何度でもループをさせられるのです」
「…………」
「それでは、貴女方二人につきましては、元の世界に返しますので、それぞれの人生を完結まで過ごして下さい」
二人の女は、先の見えないループに突入される悪役令嬢に向けて、心の中でエールを送りながら、最初に来た時と同じ強い光に消し飛ばされたのだった。
「タラントのたとえ」を悪役令嬢に置き換えてみたやつ 砧 南雲(もぐたぬ) @raccoon_pizza
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