フランツ・ダブ・スティングリー

エリー.ファー

フランツ・ダブ・スティングリー

 彼女と一緒に夜の街を歩く。

 ひたすらに、珈琲の香りを漂わせる紳士。

 二人で一人の水色のワンピースを着た双子。

 スーパーから出てきた白髪の老婦人。

 煙草のポイ捨てを注意されて怒るサラリーマン。

 ため息を繰り返す女子高生。

 タオルを落としたことに気が付いて戻るダンサー。

 書類を眺めながら早歩きのホスト。

 マンホールの上で空を眺める小学生。

 不安そうに手帳を見つめる僧侶。

「このあたりは、少しだけ窮屈になったね」

「窮屈って何が」

「いや、何もかも」

「よく分からない」

「例えば、不倫とか浮気とか中絶とか」

「窮屈というか、誰かの悲しみを守ろうとしているんじゃないの」

「そうかなあ」

「守るどころか、傷口をいたずらに広げてるように見えるとか、そういうこと」

「うん、そういうこと」

「なるほど。その気持ちは分かるかもしれない」

「でも、決して悪くはないと思う」

「良い方向に進んでいるってことかな」

「分からないけど。でも、変わってる」

「変わってる」

「そう、変わってる。変わらないよりはいいんじゃないの。確かにパソコンのセキュリティもアップデートすると、不具合が起きるけどアップデートしないままだったらそれ以上の不具合は発生していたわけだし」

「想像もできない、大きな問題を未然に防いでいるってことかな」

「そう」

「まあ、考えられるかな」

「それに、そう考えた方がいい。精神衛生上」

「それは、分かる」

「でも、窮屈に感じる人は増えるかも」

「きっと、それはもっと前から窮屈だったんだよ。それがあるときに手軽になり過ぎたから振り子のように戻っている。なんていうのかな、みんな、これが一つの動きとしてとらえ過ぎなんだよ。本当は、それよりも前からその反対側に振れる事実があって、そこから繋がっているとしたら、異変とは思わないんじゃないかな」

「自然ってこと」

「自然というか。何か天変地異とか、大きな不幸とか、天から降り注いできた災厄として認識しない方がいいんじゃないかなあってこと。この動きは当然であると思うべきってこと」

「言いかえてみても良いかな」

「いいよ」

「右に揺れた振り子が左に揺れたら自然だと思うのに、右に振れたところを認識できていないから急に左に揺れたように見えて怖がっている人が多いってこと」

「そう。分析力と認識力と察知力が低いだけ」

「説明できた。これは素晴らしいことをしたと胸を張りたい」

「張って頂きたい」

「褒めて頂きたい」

「どうぞ」

「どうもどうも」

 夜の街は昼間よりも活気がある。何故、神様は人間を昼間活動させて、夜は眠るように仕向けたのだろう。そんなことをしなければ、もっと魅力的な夜になったはずなのに。

 彼女は口笛を吹きながら踊り始めた。僕はそれを眺めながら付き合ってよかったと心から思った。

「女の子から言ってもいいのかな」

「何が」

「結婚してください」

 びっくりした。

 僕は立ち止まる。

「返事の前に、僕からも質問していいですか」

「いいですよ」

「なんで踊ってるの」

「一人フラッシュモブ」

 僕は笑った。

 近くのフラワーショップには名前も分からない綺麗な赤色が咲き誇っていた。

「まあ、ひとつよしなに」

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フランツ・ダブ・スティングリー エリー.ファー @eri-far-

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