右手にたぬき、左手にきつね
西東友一
第1話
どこにでもいる4人家族、高橋家。
家族四人でこたつを囲み、紅白歌合戦を見ていた。
「ねぇ、今年は赤が勝つ!? 白が勝つ!?」
いつもは9時には寝ていた小学5年生のタケルは、今年から年齢が二桁を超えたので、大晦日だけ夜更かしが許された。そんなタケルが目をキラキラ輝かせながら、母親に尋ねると、母親は「えー、どうだろうねー」と笑って答えた。
「さっきまで、寝ていたくせに」
中学生の姉、チハルはこたつの机の上に置いたスマホを右手の人差し指で弄りながら、皮肉を呟くと、タケルはむすっとする。
「ほらほら、喧嘩しないの」
母親が割って入るが、
「別にケンカなんてしてないし。事実だし」
チハルがさらにタケルに油を注ぐと、タケルが今にも泣きそうな顔をしながら立ち上がった。隣にいた母親はタケルを抱きしめて、背中を擦りながら、
「タケルはどっちが勝つと思う?」
タケルはチハルを睨みつけながらも、呼吸を整えて、
「・・・白」
「赤に決まってるでしょ。あーか」
「あーか」をまるで「ばーか」と言うように、馬鹿にした言い方でチハルが答える。
「タケルは偉いな。我慢できて。悪い子にあげる分のお年玉、奮発してやろう」
父親は歌い終わった歌手たちがざわざわしている紅白を真顔で見ながらそう話すと、
「はぁ!?」
チハルの顔は無表情から苛ついた顔になり、
「やったぁっ!!」
苛ついた顔をしていたタケルの表情は喜んだ顔になり、それを面白く思わないチハルは今度はタケルを睨む。
けれど、タケルは笑顔になったと言っても、泣いており母親の服で涙を拭いていて、チハルは少しだけばつの悪そうな顔をした。そんな顔をするチハルを母親が見て、
「ほーら、何かあるなら今年中にしちゃいなさい」
タケルの背中を擦りながら尋ねると、チハルは、歯がゆい気持ちを抑えながら、
「・・・ごめんなさい。タケル」
と伝えた。
タケルは、涙をすべてふき取るかのように母親の服にぐっと力強く目を擦り付けてからチハルを見て、
「うん・・・」
と答えた。それを横目で見ていた父親は起き上がって、二人の頭を撫でる。タケルは目頭を熱くしながらとても嬉しそうな顔をして、チハルは父親の手を払う。
チハルに手を払われた父親は芸人がボケた顔のような素っ頓狂な顔すると、タケルと母親は声を出して笑い、チハルは無視しようとしていたけれど、堪えきれずクスッと笑った。それを見て、父親も喜んだように笑った。
「さて・・・赤と緑どっちがいい?」
父親は質問したにも関わらず、「よっこいしょっと」と言いながら立ち上がり、キッチンの方に向かう。
「もち、赤」
チハルはテレビを見ながら、ちょっと楽しくなったような顔で当たり前だと言う感じで答えた。
「そうねー、私も今年は赤かな?」
母親も悩みながら、テレビに映る赤組を見ながら答える。
「タケルはどうする?」
父親は立ち止まり、ふり返ってタケルを見る。
「赤と・・・白じゃないの?」
タケルがテレビと父親を交互に見ながら不思議そうに質問すると、父親は意味深に笑う。タケルはテレビを見て、赤は選びたくない気分だったので、
「じゃあ、緑」
と恐る恐る答えると、父親は親指を立てて、
「よし、りょうかい」
と答えた。タケルは少し心配になりながら、みんなの顔を探ると、
「まぁ、赤にしたくなったら・・・私が変えてあげるから」
チハルがそう言うと、タケルは少しだけ安心した顔になった。
「さすが、お姉ちゃん」
チハルともコミュニケーションを取りたい父親はウインクしながら、親指を見せるが、
「うっさい、早く持ってこい」
照れ笑いしながら、チハルが答えので、父親は
「ほーい」
とベロを出しながら、また間抜けな顔を見せたので、母親とタケルは笑った。
「ねぇねぇ、赤と緑ってなんなの?」
タケルが母親の顔を見上げながら、質問すると、
「きつねかたぬきよ」
チハルが遮って答えた。
「きつねと・・・たぬき?」
ピンと来ていないタケルの顔を見て、チハルが嬉しそうに笑う。タケルが母親の顔を見ると母親は、
「すぐにわかるわ」
と答えた。そして、母親が言うように父親はすぐに帰ってきた。
「あっ!!」
タケルは父親が両手で持っていたものを指さして、満開の花のような笑顔になった。
「きつねとたぬき・・・タケルはどっちだ?」
そこにはカップ麺の『赤いきつね』と『緑のたぬき』があった。
「えーっと、えーっとね・・・じゃあ・・・・・・こっち」
タケルは『緑のたぬき』を選んだ。
すると、父親はタケルに『緑のたぬき』を渡して、『赤いきつね』をチハルに渡す。
「あんがと」
そして、脇に抱えていたもう二つのカップ麺のうち、『赤いきつね』を母親に渡して、
「まだ・・・大丈夫だよな? お湯と箸を持ってくるわ」
ちらっとテレビを見て、まだ結果発表にならないのを確認する。
「ダッシュっ」
チハルがそう言うと、
「よし、スーパー・・・ダッシュっ!!!」
そう言って、父親は片足を上げて、進行方向と逆側に両腕を持ってきて、走る溜を作るポーズをしてからダッシュした。
すると、さっきよりも早く、割ばし4本とポッドを持って来た。
「タケルからでいいよ」
チハルが言うと、タケルは「やったっ、ありがとう」と言いながら、不器用ながら周りのラッピングしてあるビニールを破いてフタを開ける。
「加薬、こぼさないようにね」
チハルが心配にアドバイスすると、「わかった」と言いながら、中から加薬と揚げ玉を取り出して、慎重に加薬を開けて、ニコっとチハルを見る。
「いいから、早くして」
チハルの言葉に大きく頷いて、加薬と揚げ玉を入れ始めるのを見て、チハルも自分の『赤いきつね』のラッピングを外して、準備を始める。
ヴォオオオーーーーッ
ポットの上部を押すと、たっぷり入っていたポットは勢いよくお湯を吹き出す。タケルは1回、2回、3回・・・とお湯を容器に注ぎ、容器の内側になるラインと水かさが重なるようにした。
「次、私ね」
チハルが立ち膝でポットを自分の方に寄せて、タケルと同じようにお湯を注いでいく。
「はいっ」
チハルは父親にポットを渡す。
「おっ・・・」
「何よ」
驚く父親の顔を見て、チハルが少し照れる。
「あぁ・・・ありがとな」
父親も自分の『緑のたぬき』を開け始める。
「お父さん・・・入れ忘れてるよ?」
タケルが残された揚げ玉の袋を手に持って左右に振る。
「ふっふっふ・・・俺は後乗せタイプなのだ」
「へぇ・・・」
タケルは自分の知らない世界に感心しながら、父親の揚げ玉を見る。
「食べちゃ・・・駄目だぞ?」
そんなやり取りをしていると、タケルがお湯を入れてから3分が経過した。
「そろそろ、いいんじゃないか?」
父親がタケルの尋ねると、
「ううん、みんなを待ってる」
タケルがそう言うと、
「じゃあ食べましょ」
母親が割り箸を割り、
「そうだな」
父親も割り箸を割る。
「えっ、いいの?」
タケルが母親に尋ねると、
「私たちはバリカタが好きだから」
「母さんに同じ」
両親を見ていたタケルとチハルだったけれど、チハルも割り箸を割る。
「じゃあ、せーのでみんなで開けよ」
チハルがノリノリでみんなの顔を見る。
「いいな」
「いいわね」
「じゃあ、タケルも」
チハルに急かされて、タケルも割り箸を割る。
「じゃあいくよ?」
チハルがみんなの顔を見る。
みんな左手でカップを抑えて、右手でフタの取っ手を持ちながら、頷く。
「「「「せー・・・のっ」」」」
むわっ
タケルの顔に白い湯気が包み、ダシの香りが広がっていく。香りを十分に味わって、周りを見るとみんなも満足そうに目を瞑りながら、香りを楽しんでいた。
ゾゾッ・・・ゾゾゾッ!!
みんな美味しそうな音を立てながら、麺をすすっていく。チハルと母親は『赤いきつね』。タケルと父親は『緑のたぬき』。
「うん・・・やっぱり年末はこれだな」
「そうね」
「そうかも」
父親の言葉に母親とチハルが嬉しそうな顔をして答える。
「間違いないね!!」
今年初参加のタケルが元気よく言うと、
「「「はははっ」」」
部屋中がダシの香りと笑顔に包まれた。
『ではっ!! 今年の優勝した組を発表します』
テレビのアナウンサーの声にみんなが箸を止める。
『優勝は・・・白組です!!!』
タケルがその言葉を聞いて、ドヤ顔でみんなを見る。
「当たったじゃない良かったわね」
母親が笑顔でタケルを褒める。
「えー、赤だと思ったけどなぁ」
チハルが少し残念がりながらも、タケルを祝福するように笑顔で見た。
「ううん、優勝は違うよ」
でも、タケルは否定した。
「どういうこと、タケル?」
不思議に思った3人のうち、母親が代表してタケルに尋ねる。タケルは再び箸で麺を持ちながら、
「優勝は・・・緑だよ」
そう言って、『緑のたぬき』のソバ麺をすすった。
「これは一本取られたな」
そう言って、父親もソバ麺をすすった。
「私の優勝は赤だけどね」
チハルは『赤のきつね』のうどん麺をすする。
「じゃあ、私は高橋家が優勝かな」
そう言って、母親もうどん麺をすすった。
みんな母親の言葉に共感したように笑顔で麺を噛みしめて、カップを持ってつゆを飲む。
「「「「ぷはーーーーっ」」」」
それぞれ選んだ『赤いきつね』と『緑のたぬき』を食べ切り、幸せを身体と家庭に染み入り渡らせた高橋家の4人。まるでその声と一緒に厄を払いきったかのようになったその顔は頬を少し赤らめてとても満足そうだった。
ゴーン、ゴーンとテレビ越しに除夜の鐘がなり、今年も残りわずか。一年を満足した顔で終えるであろう高橋家の新年は・・・
「でも、来年は赤にしようかな」
『新年明けまして・・・』
テレビの時刻が0のみになる。
「「「「おめでとう!!!!」」」」
お・わ・り
右手にたぬき、左手にきつね 西東友一 @sanadayoshitune
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