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「ありがとー! 今日お母さん同窓会行くって言ってたから助かる! お父さんも喜ぶよ」
「ううん、こちらこそ今日は色々ありがとう。お父さんによろしく伝えておいて」
「OK。あ、もう例の人来るかな? 私帰るね、またね!」
「うん、じゃあね」
買い物を終えて、優奈は私の自宅に立ち寄っていた。前日に仕込んでおいたロールキャベツを優奈に渡すと、嬉しそうに帰っていった。どうか口に合いますように、マズくありませんように。私はそう祈りながら、優奈の背中を見送った。
優奈が帰って行ってから数十分後、チャイムが私の部屋に鳴り響いた。ドアスコープを覗くと、金色の髪を整えているMINATO君がいる。私がドアを開けると「どーも」と片手を開けて挨拶をした。
「はい、これ」
そう言って、白い箱を私に差し出す。
「な、なに、これ?」
「ケーキ。レッスンスタジオの近くにおいしい店があるってスタッフが言ってたから、買ってみた。メシ代。あとで食おーぜ、冷蔵庫入れといて」
「う、うん。分かった」
「あー、腹減った。今日何作ったの?」
我が物顔で座布団に座る彼の前に、私は温めて置いたロールキャベツを差し出す。今日はそれと、バターライスとサラダ。MINATO君はお皿をまじまじと見つめ、フォークを持とうとしない。
「ごめん、もしかして嫌いだった? すぐに下げ……」
「ロールキャベツって家で作れるの?!」
「え……あ、うん」
「レストランとか行かなくても、こういうのって家で食えるの? マジで? アンタ、実はシェフだったってオチはないよな?」
高校を卒業してからチェーン展開しているレストランで調理の仕事をしていたけれど、残念ながらシェフとまでは行かない。私が首を横に振ると「うわ、すげーな」と感嘆の声をあげている。
「いただきまーす!」
大きな声をあげてフォークをロールキャベツに突き刺し、そのまま大きな口で一口分、パクリと食べていく。なんとも豪快な食べっぷり。
「っうま! 前に食ったやつより旨いかも」
「あ、ありがとう」
私も自分の分を食べ始める。いつもの、自分が作った味。けれど、ほんのり美味しく感じるのは彼が目の前で「おいしい」って言って食べてくれるからかもしれない。
「はぁー、食ったぁ。お腹いっぱい」
彼は寝っ転がって、胃のあたりを撫でる。少しだけぷっくりと膨らんでいるようにも見えた。台所には空っぽになった鍋とプライパン。ありがたいことに、MINATO君は全て食べてくれた。念のためにと多めに作っておいて正解だった。今度からもたくさん作っておいた方がいいかも。私は小さく頷き、時計を見た。そろそろ、Oceansが出演する歌番組が始まる。見たいけれど、本人を前にして見るのはちょっと恥ずかしい。うちには録画できる機器はないから、残念だけど見るのは諦めよう。そう思った時、MINATO君のスマホが鳴った。
「あ? なんだ、航太から……あー、忘れてた」
むくりっと彼は起き上がる。
「ねえ、テレビつけていい?」
「え? は、はい、どうぞ」
「ん、ありがと」
リモコンを渡すと、彼はテレビを点けてチャンネルを合わせていく。しばらくすると、私が見たかった歌番組が始まった。Oceansのメンバーも写っている。
「腹いっぱいで動けないから、ここで見ていっていい? 航太……うちのリーダーからさ、自分が出演する番組ちゃんと見ろって今メッセージ来たから」
「どうぞどうぞ」
私も丁度見たかったし、という言葉は心の中で付け加える。Oceansの出番を、私たちは何も話すことなく待ち続けた。共通の話題がないから、こんな時ってどんな話をしたらいいのか全く分からない。テレビには女の子のアイドルグループが映っている。
「……あ」
その中の一人になんか見覚えがあった。思わず声を漏らすと、MINATO君が小さく鼻で笑う。
「良く気づいたね。この前俺が連れてきたヤツ」
「あぁ、やっぱり」
「この番組の収録でさ、『ファンなんですぅ~』って寄ってくるから、ちょっとくらいいいかなって思って。結局何もできなかったけどね、アンタのせいで」
何も返す言葉がない。私は乾いた笑い声だけを返事代わりにした。次はいよいよ、Oceansの出番。今度出る新曲をテレビで初めて歌うらしい。ファンの子たちの歓声がスタジオを満たし、彼らにライトが当たった。その瞬間、ステージは彼らだけのものになる。
「……すごいなぁ」
私はポツリと呟いていた。アップテンポで変則的なリズムのサウンドを作ったKOTA、それに完璧にダンスを合わせるYOSUKE、そしてCメロのMINATOのソロ。幅広い音域を支配する歌声、私は魅了される。Oceansの出番が終わったとき、私は小さく拍手をしながら真横にいるMINATO君に視線を向けた。テレビに出ている人と、その人が出演する番組を見ることができるなんて、とても贅沢。そんな事を伝えようとしたけれど、私は声を出すどころか口を開くことも出来なかった。MINATO君が、怖い顔でテレビを睨んでいたから。
「あ、あの、大丈夫?」
どもりながらも声をかけると、MINATO君は眉のあたりに込めていた力をふっと緩める。
「あ、ごめん。……まだまだだなぁと思って」
「まだまだ?」
「レッスンはしたつもりだったけれど、やっぱりフリが航太や洋輔に比べると少し遅れてる。今回のダンスは難しいから、次のライブまでにはもっと体に叩きこまないと」
私が見ていた限り、変なところなんて一つもない。むしろ完璧に見えていた。けれど、彼にとってはまだまだ満足できないものだったみたいだ。私は彼の横顔を見つめる。先ほどまでテレビの中で見せていた笑顔は、この表情を土台にして作られていると実感させられる。
「随分ストイックなんだね」
「イメージと違う? ま、アンタから見たら軽薄で女好きのアイドルって感じだもんな。……俺にとって『アイドル』は食い扶持で生活の手段だから、必死にもなるって」
「生活の手段?」
「うん、少しでも稼いで、名前を売って、生活を安定させる手段……あー。頭使ったらお腹空いてきた。そーだ、ケーキ食べよ」
「うん。持ってくるね」
私は冷蔵庫から取り出したケーキを、用意しておいた紙皿に乗せる。チョコレートケーキとショートケーキ。彼がどちらを選ぶか分からないから、両方を前に差し出した。
「ん? どっち食うの?」
「MINATO君が食べない方をいただくよ」
「だめだって、アンタのために買ってきたんだから。アンタが食べたい方選んで、ほら」
「え、え……」
急かされるまま、私はえいやっとショートケーキを選ぶ。MINATO君はチョコレートケーキのお皿を引き寄せた。ついてきたプラスティックのフォークの封を開けて、一口食べる。生クリームなんて久しぶりに食べたかもしれない。
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