第62話

 保也が用意した「幼子でもわかるおんみょうどう」というテキストと睨めっこすること、十分。

 凛々花の集中力は限界を迎えていた。

 服を作る時であれば、こんなに脆弱な集中力はしていない。しかし今は、苦手な陰陽道のこと。集中力が続くはずがない。


「凛々花ちゃん、大丈夫?」

「……大丈夫じゃないかも」

「どこで躓いてる?」


 累が手元を覗き込んでくる。


「呪いのところ……」

「ああ、それはちょっと難しいよね」


 累がサラサラと、白紙のルーズリーフに図解を描いてくれるが、イマイチピンとこない。


「付喪神も呪いなの?」

「そうだよ。物に憑いた呪いだね」

「悪さをしなくても?」

「そう」

「名前も呪い?」

「そう」

「名前も呪い⁉︎」


 もう何だか全てが呪いに思えてきた。


「……一般的に悪いことをするイメージじゃなくて、広義的に捉えた方がわかりやすいと思うよ」


 雅がポツリと溢す。全員の視線が雅に向いた。


「……見ないで……」

「見ないのは難しくない? 雅、先生だよ?」

「先生じゃない……」

「先生だよ」


 凛々花と雅の目が合う。

 雅はだらだら汗をかいたかと思うと、視線がだんだん逸れていく。そしてついに、雅は後頭部を凛々花に向けた。


「つもりん、どこ向いてるの?」

「僕を見ないで……」


 雅の耳は真っ赤になっている。


「もー疲れたぁ、お腹空いたから休憩しよーよー」


 奈那子がぐでんとテーブルに突っ伏す。くるくると、その腹が鳴っている。


「お菓子ならあるよ」

「え、涼香天才?」

「なこちゃんに褒められるよりさねちゃんに褒められたい……」


 じっとりと涼香に見つめられた累が跳ね上がる。さながら、きゅうりを背後に置かれた猫のようだった。

 奈那子は涼香が広げた菓子をもきゅもきゅ食べる。


「凛々花ちゃんも食べる?」

「え、いいの?」

「いーよー。私のじゃないけど」


 奈那子はそう言いながら個包装にされたクッキーを一つ、凛々花に渡した。


「……珍しいね、なこちゃんが他の子にお菓子あげるの……」

「流石に一人で食べ尽くすのは罪悪感が」

「なこちゃんに罪悪感って感情あったんだ……」

「さねちゃん、私のことなんだと思ってるの?」


 目を丸くする累に、奈那子は唇を尖らせる。


「……やっぱり僕、自分の部屋に……」

「だめって言ってるでしょ。ほらここ教えて」

「……これは八百比丘尼」

「ああ、人魚だ」

「正確には、人魚の肉を食べて歳を取らなくなった女性ね。厳密には人魚じゃないよ」

「えー? 人魚って美味しいのかなー」

「美味しそうではないよね。食べないでね?」

「人のこと悪食だと思ってる?」

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