第60話
「……忠幸さんは、どうしたいんですか?」
満義を連れ戻しても、彼が陰陽師に復帰できるとは到底思えない。
陰陽寮を裏切った。ヤミ陰陽師として、呪詛を働いた。そして、それは現在進行形である。
処罰と減給では済まされない。それくらい、罪を重ねている。
忠幸は、凛々花のその問いに目を伏せた。そして、落ちてきた髪を耳にかける。
「……どうしたいんだろうね」
自嘲気味に笑うと同時に、エレベーターの扉が開いた。
「どうしたいか、もう自分でもわかんないや!」
エレベーターを降りた忠幸が振り返って、明るく言う。
でもそれは、無理をしているようにしか見えなかった。頬は引き攣り、目元は震えている。
「……忠幸さ、」
「凛々花ちゃんは、今日の夕ご飯何食べたい?」
「あ、えっと」
「なんか今日は手の込んだもの作りたいかも! スパイスから作るカレーとかどう? 辛いの苦手とか刺激物嫌いとかある?」
「……いえ、カレーは好きです」
「じゃあカレーにしよう! バターチキンカレーなら、今から漬けても間に合うかな〜」
スキップをしそうな忠幸の後を追いかける。
時刻は十五時。おやつどき。凛々花は忠幸の隣に並べなかった。
「おやつも作っちゃおうかな! 凛々花ちゃん、お菓子作りできる?」
「バレンタインにちょっと作るくらいです」
「じゃあ一緒に、パウンドケーキラスク作ろうか」
振り返った忠幸は優しい顔をしている。
先ほどの暗い顔も、苛烈な怒りも、まるでなかったかのような。
それは、きっと忠幸の仮面なのだろうと思う。悲しみも怒りも隠す、明るい顔を模った仮面。
凛々花では、それを剥がすことができないと直感した。
「パウンドケーキラスクってなんですか?」
「パウンドケーキを薄く切って、オーブンで焼くんだよ。美味しいよ!」
忠幸と凛々花では、背負っているものが違いすぎる。
自分の夢とか、母親からの期待とか。比べられるものではないと分かっていても、覚悟の違いを見せられた気がした。
「食べたいです」
「凛々花ちゃんは手先が器用そうだから、きっと上手に作れるね」
隣には並べない。
春の暖かさとは対照的な黒い錘が、凛々花の心に降りかかった。
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