第54話

 忠幸が泣き叫ぶように言う。


「殺したいなんて思わない! 思うはずがない! あたしは、あの子に……!」


 男の顔がニタリと歪んだ。


「あの子に? どうするんだ、あいつを」

「……っ」

「あいつは自分の意思で道満様についた。洗脳されたわけじゃない。自分の意思で、だ。それを、どうするって言うんだ?」


 忠幸が唇を噛んだ。

 男の前髪を掴む手が震える。反対側の手を握って、また力一杯殴りつけた。

 何度も、何度も。

 小さな手が相手の骨で傷つくまで、何度も。


「……忠幸」


 泰がそっと忠幸の腕を掴んだ。殴る手が止まる。

 ずるずるとしゃがみ込んで、もう動かない男から手を離した。


「……」


 顔を覆って嗚咽をこぼす忠幸の肩を抱いた泰が、男から引き離す。


「芳昌。こいつの後始末を頼む」

「は〜い。靖近、悪いけどみんな連れて医務室行って。近くの医師待たせてるから」


 泰に指揮を任された芳昌が振り返った。名指しされた靖近が渋々頷く。


「何〜? 嫌なの?」

「いや別に……」

「すごい嫌そ〜」


 男を呪符でぐるぐる巻きにしながら、芳昌はケラケラ笑った。


「わがまま言うなよー靖近」

「チィッ!」

「なんで吾にだけ当たり強いの?」


 凛々花の背を支えた保也も笑い始めると、靖近がさらに凶悪な顔になった。


「……忠幸さん」


 凛々花が小さく名前を呼ぶ。

 忠幸は振り返らない。ただ泰に支えられ、泣きながら医務室に運ばれてていく。


「りんちゃんも行こ?」

「……はい」


 保也に支えられて、凛々花も立ち上がった。

 ゾロゾロと作業着の人が出てきてすれ違う。そして、触手に破壊された車と道満の手下が乗ってきた車の処理を始めた。


「……」

「りんちゃん?」

「……行きます」


 車に背を向けて、歩き出す。

 解体されていく車から、ひらりと一枚の呪符が、風にさらわれていった。

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