第52話

「保也さん⁉︎」


 窓が開けられる。強風に髪を煽られながら、保也は上半身を外に出した。


「うわっ、保也やる〜」


 明近がスピードを維持しながら苦笑いする。

 車の天井を掴んだ保也は、片手で印を組んだ。


「地縛!」


 地面から現れた鎖が、バンのタイヤを捉えた。


「保也戻って! もう陰陽寮つく!」


 明近の声に、保也が車内に戻ってくる。

 後ろを追いかけてくるバンは、鎖によってスピードを落とされた。しかし運転席の男は片手で印を組み、無理矢理呪を解いたようだった。鎖が消える。


「あー。なかなかやりおる」

「いや、ナイスだよ」


 明近がハンドルを切った。

 車が陰陽寮の中に入る。ドリフトをしながら急停止をすると、少し遅れて白いバンも入ってきた。


「りんちゃん、外出ないでね」

「は、はい」


 ブワッと、寒気がした。

 凛々花が振り返る。ミラー越しに、白いバンが、敷地内に入ってきたのが見えた。

 そのさらに後ろで、結界が閉じるのも見える。


「や、保也さん」

「大丈夫だからね」

「ち、違います、保也さん! ここから出ないと!」


 凛々花には見えていた。

 バンから伸びてくる、触手状の何か。それを、彼女は見たことがある。


「……まさか!」


 保也が凛々花のシートベルトを外し、ドアを力一杯開ける。うぞうぞと動く触手がドアも窓もすり抜けて、凛々花を狙う。


「双子! 出ろ!」

「お前に言われなくても!」


 明近と靖近が、それぞれドアを開けた。凛々花は保也に引きずられるようにしながら、車外にまろびでる。

 地面に倒れながら、車から距離を取る。歪な音を立てて、車はひしゃげた。触手が車に絡みついている。


「あー、レンタカーだったのになあ」


 地面に尻餅をついた明近が、車を見上げながら頭を掻く。


「兄さん、大丈夫ですか」

「うん。靖近は?」

「俺は大丈夫です。兄さんが無事ならば」

「うん、よかった」


 保也が凛々花を守ように前に出る。

 白いバンから伸びてくる触手は、もうそこに迫っている。


「……りんちゃん、立てる?」

「……立てます」

「うん! いい子!」


 車を破壊した触手が、凛々花の方を向く。バンから伸びてくるものと車を破壊したもの。二つの方向から、ジリジリと、近づいてくる。


「……三秒カウント後、離脱するよ」

「は、はい」

「いい? カウント始めるよ」


 保也がぎゅっと凛々花の手を握る。


「三」


 凛々花が息を呑む。


「二」


 触手は、もうすぐそこ。


「一」


 力を込めて、後ろに跳んだ。

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