第50話

「父親ですか?」

「うん。今日、いなかったでしょ?」


 保也の言葉に、凛々花は笑った。


「いや、いましたよ」

「……え?」

「出て来なかっただけです。母親は生来から出不精なんですけど、最近なぜか父親も外に出たがらないんです。ずーっと、書斎で読書してるんですよ」


 素っ頓狂な顔をしながら、保也は凛々花の言葉を聞いている。

 だって、そんなのおかしい。あの家にあった人間の気配は四つ。母親と、凛々花と、双子。保也は鬼という自分の性質上、人間の気配を察知することに長けている。だから、間違えるはずはない。間違えたこともない。


「りんちゃんは……最後にお父さんと会ったの、いつ?」

「? さっきです」

「さっき?」

「はい。ミシン運びだそうとしたら壁にぶつけちゃって、びっくりした父親が出てきたんです」


 出てきた父親は、何をしているのかを聞いたあと、明近と靖近に挨拶をして部屋に戻って行ったという。


「だから、明近さんと靖近さんも父親の姿見てます」

「……そ、っか」


 でも、そうすると辻褄が合わない。

 気配のない父親、家から出ない母親。そして、半ば無理矢理陰陽寮に入れられた娘。しかも、その娘は身体を道満に狙われている。


「あ。明近さんたち来ましたよ。聞きますか?」

「ううん、大丈夫。りんちゃんが嘘をついてるはずがないし、信じるよ」


 明近と靖近がドアを開ける。二人の姿を見とめた時、名前が呼ばれた。


「お。ピッタリ〜」


 明近がスキップをしながらやってくる。案内された席に行くと、双子は当然のように並んで座った。


「一応聞くけど、なんで隣?」

「兄さんを直で感じられるからだろうが」

「度を超えたブラコン気持ちわる〜〜〜!」

「喧嘩売ってんのか」


 バチバチし始めた靖近と保也が向かい合わせにならないように、靖近の前には凛々花が座る。明近は険悪な二人と気を使う一人を気にも止めず、メニューを開いた。


「チーズハンバーグの話してたら、俺もチーズハンバーグ食べたくなってきたんだよなー」

「兄さん、俺もメニュー見たいです」


 カップルのように、一つのメニューを二人で見る様子を見て、保也はげえと舌を出した。


「保也さんはどうしますか?」

「吾はね〜マスカットパフェがいいな!」

「え、ハンバーグ嫌いですか?」

「嫌いじゃないよ! でも最近はお肉断ちしてるんだよねー」

「ダイエットですか?」


 凛々花が首を傾げると、保也は悪戯っぽく笑う。


「昔いっぱい食べたからね」


 ピシリと思考が固まった。

 そんな凛々花の様子を見て、靖近がため息をつく。


「だから、ちゃんと祓った方がいいんだって」

「でも保也、一応天文権博士で俺の右腕だからなー」

「俺が代わりに右腕になりますよ兄さん」

「お前陰陽部だろ」

「捨てられます、余裕で」

「捨てるな捨てるな。迷惑がかかるだろ?」

「兄さん以外が困っても、特に……」


 本気でわからないという顔をする靖近。それを見た明近は苦笑いした。


「最近のレストランは注文をとりにきてもらうんじゃないんだね〜」


 保也が興味深そうにタッチパネルをいじる。


「これどうやって使うの?」

「注文したいやつ押してください」

「パフェ! 食後じゃなくてすぐ欲しい」

「じゃあ食前にしときましょう」

「ドリンクバー欲しい!」

「ご飯ものじゃなくてもつけられるんですね」

「タッチパネル楽しい!」

「私の分注文してみますか?」

「え! いいの! やりたい!」


 ニコニコしながらタッチパネルで注文をしていく保也と、それを微笑ましく見ている凛々花を見て、明近と靖近の声が揃った。


「「老人じゃん」」

「え? なんて言った? かわいい吾のことじゃないよね? ね?」

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