第47話

 一時間ほどで到着した、古風な日本家屋。

 車を近くの駐車場に停めて、四人は門扉の前に立つ。


「りんちゃん、家の鍵ある?」

「あります。開けますね」


 凛々花が鍵を取り出した時、門が勝手に開いた。


「……凛々花ちゃんのご家族ってさ、陰陽寮の天文系なんだっけ?」

「父が、昔、天文博士だったと思います」

「お父さん、今いる感じ?」

「わかんないです。父とあまり話さないので……」

「そっかあ……」


 明近の顔が引き攣っている気がするが、気のせいだろうか。

 開いた門の先には、ぴしりと着物を着た母親が立っていた。


「……荷物は送ったはずだけれど」


 厳しい視線を向けられた凛々花は眉間に皺を寄せた。


「着物返しにきたの。あと裁縫道具取りに来ただけ。すぐ帰る」

「いらないでしょう」

「あんたにはわからないでしょ。ちゃんと陰陽寮で働くから、それ以上は口出さないでよ」


 低い声で言い返す凛々花に、保也が視線だけを向けた。


「……」

「……」

「……」

「……」


 凛々花と母親が睨み合う。

 その間に入ったのは明近だ。


「まあまあ! 凛々花ちゃんは真面目な子なので、お母様のご心配には及ばないですよ!」

「……あなたは?」

「あ、私は現在の天文博士です。安倍明近と申します」


 明近が頭を下げると、母親は幾分か表情を和らげた。


「……そうですか。愚女は勉強もしないし訓練もしないような子です。何か粗相しましたら教えてください」

「大丈夫ですよ」


 明近は笑顔で対応する。それに対して、凛々花の顔はどんどん歪んでいく。


「……もういいでしょ。用終わったら勝手に帰るから、盆栽の手入れでもしてなよ」

「そう言うわけにはいきません。娘の上司の方がいらしているのですよ」

「いいって言ってるの! ここに長居したくないから!」

「礼儀もわきまえない子に育てた覚えはありません。そもそも、職場の上司を足に使って荷物を取りに来る愚か者がどこにいますか」


 凛々花がぎゅっと拳を握った。関節部分が真っ白になる程、強く握られている。


「お母様。娘さんのお手伝いをすると言い出したのは我々です。あまり責めないでやってください」

「でも……」

「それに、荷物の入れ替えが終わりましたら、すぐに陰陽寮に戻ります。このあと、軽く娘さんと勉強会をしたいと思っているので」


 明近が言うと、母親は渋々頷いた。


「……着物、いらないから全部置いてく」

「……勝手になさい」


 凛々花が母親の横を通り過ぎて進んでいく。明近と靖近が会釈をしながらそれに続くが、保也は動かない。


「……あなたは、行かないのですか」

「……一つ、聞いていいかえ?」


 保也の瞳が爛々と輝く。


「汝の旦那は、どこにいる?」

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