第44話

「……」

「……」


 始業してから一時間。凛々花は保也から仰せつかった、去年の年間スケジュールと去年実際に行うことができた行事のすり合わせを行なっている。

 スケジュール通りに物事が進むとは限らない。凶兆は直前に出ることもある。


「保也さん、ちょっといいですか」

「ん? いいよー」


 保也のところにタブレットを持って行こうとしたら止められたので、その場で待機する。保也は畳の上を滑るようにして、凛々花のそばに跪いた。


「ここの、端午の節句に行われる予定だった『柏餅配り』なんですけど」

「うん、これね」

「中止理由が、書いてないんです」

「ありゃ。記載漏れだ」

「どしたらいいですかね?」

「えーっと、担当は……津森くんか。ああ、確か津森くんが中止を進言したやつだったかな? 天文部ですら感知できなかった凶兆があって、それのせいかも」

「……津森さんって、すごいんですか?」

「うん。前に明近が天文部にってスカウトしに行くくらい」

「え! それすごくないですか」

「でも断られちゃったんだけどね」


 苦笑いする保也に、凛々花は首を傾げた。


「陰陽部にいたい……とかですか?」


 陰陽部はかなり仲がいい。それとあの性格を加味すれば、スカウトを拒否するのも頷ける。

 しかし、保也はそれに首を振った。


「スカウトしたのは、津森が陰陽寮に入りたての時だよ。……陰陽師の血筋じゃないから、ってさ」

「……血筋」

「そ。明近もりんちゃんも、安倍の血筋だろう? でも、津森は一般家庭の血筋だ。安倍でも賀茂でもない、だから自分には無理だって」

「……そう、なんですか」

「陰陽部にはそういう子多いよ。人ならざるものが視える子が集まる会みたいなのがあるんだけどね、そこ出身の子が中心になってるから」


 凛々花は幼い頃から、人では無いものが視えていた。それが普通だった。父も母も視えていたから。そういう血筋だから。

 でも、普通の子は違う。


「だから、たまにいるんだよねー。血筋コンプレックス? みたいな。気にしなくていいと思うけど。吾なんかそもそも人間じゃなくて鬼だし」


 視えないものが見えていると言えば、不審がられるだろう。現に凛々花も、外ではそういうことを言わないようにと教育されてきた。


「……その、会? みたいなのって、どこにでもあるんですか?」

「いや。まだ都内数カ所だけだよ。陰陽寮主体でやってるんだけどね、あんまり政府の方からいい顔されなくて」


 保也が大きくため息をつく。

 お役人の方々は、そういうものが視えない人らしい。


「薄情よな、地位ある人間というのは。誰のおかげで行事がつつがなく終えられていると思っているんだか」

「でも、行事の制定とかは任されるんですか?」

「視えないものには畏怖があるけど、視える人間には敬意がないのよ」


 きゅうと、保也の瞳孔が細まった。


「全盛期の吾の力があれば、あの程度の人間共、容易く改心させられるけどなあ……」

「……や、やめたほうがいいんじゃないですかね、それは」


 凛々花が息を飲み込むと、一転して保也はにっこりと笑った。


「しないよ。もうそんな力は残っていない」


 でも晴明が関わってきたら、できなくてもやるんだろうな、というくらいの本気さはうかがえた。


「それにしても」


 保也が博士の机を睨みつける。


「明近のやつ、完全に遅刻だぞ。何をしてるんだ全く……」

「寝てるんですかね……?」

「いや。朝見た時には部屋にいなかった。どうせ外泊よ。明日が休みなんだから、今日明日で外泊すればいいのにね」

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