第43話
「おはようございます」
「おはようりんちゃ……どうしたの?」
「……何がですか?」
「いや、目。真っ赤だよ」
すでに席に座っていた保也に指摘され、凛々花は目を逸らした。
化粧はしてきたのだが、目があまりに充血していたためいつもの色が使えなかった。薄くアイシャドウを塗って誤魔化してきたが、バレたらしい。
「ちょっと、怖い夢を見て」
「あらー。陰陽師の見る夢には意味があったりするから……」
「……いや、ただ人参に追いかけられただけなんで、大丈夫だと思います」
「あ、そうなの? まあ、なんか気になったら教えてね」
「はい。ありがとうございます」
勤怠を入れて、席につく。ポーチから出した手鏡で目元を写すと、やっぱりまだ赤かった。
朝から、出月や隼にはびっくりされるし、累も心配しすぎて天文部の前までついて来てくれるしで大変だった。累に至っては、今日の帰りも迎えに来るらしい。
「……明近さん、来ないですね」
「あやつはいつもギリギリよ」
「そうなんですね」
質素な机の上に視線を落とす。なんかキャラクターの置物とか置いたら可愛いかなとか、ペン立てがあったら便利かなと考えながら、思考を飛ばす。
そうでもしないと、あの暗闇と少年のことばかり考えてしまう。
「……保也さん」
「んー?」
保也はいちごみるくのパックに刺さったストローを咥えながら返事をした。
「身体を乗っ取られたら、その身体の持ち主って、どうなるんですか」
「……」
じっと、凛々花を見つめる。
「……普通の陰陽師は、そんなことしようと思わないから……はっきりとは答えられない。でも、消えるわけじゃないんだと思うよ」
「どこに、行くんですか。その子の心は」
「わからない。前例が少なすぎるんだよ。術も高度だし、そもそも、平安から現代まで何て長距離走をしてるのは道満しかいない」
まっすぐな保也の視線から、逃げた。見てきたものを見透かされそうで、あの少年のことを溢してしまいそうで。
「……そうですか」
「気になった?」
「……ちょっと、考えてしまって」
「そっか。まあ、今この陰陽寮内でそう言うのがわかるとしたら……晴明くらいだろうね」
そう言うと、保也はいちごみるくを置いて、頬に手を当てた。
「晴明はなんでもできるからね〜、いやあ、昔の吾、晴明のところに行ってぐっじょぶ。あれがなければ、晴明に祓われるどころか出会うこともなかったからね!」
うっとりとした様子で話す保也に、凛々花は「そういえば」と思い出す。
「保也さん、鬼なんですよね? 角って、あるんですか?」
「うん? あるよ!」
保也が両手で前髪を掻き分ける。「ふん!」と力を込めると、徐々に何かが額の皮膚を押し上げてきた。
保也が前髪を離す。髪をやっと掻き分けるくらいの小さな肌色の角が現れた。
「い、痛そう」
「痛くないよー。普段は押し込んでるから、逆に無い方が違和感かも」
そう言いながら、保也は紹介の終わった角をぎゅむぎゅむ押し込む。そうすると、またなだらかな額に戻った。
「それにしても、……明近は遅刻か」
誰もいない博士の机を見ると、始業のベルが鳴った。
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