第41話
暗闇に、凛々花は立っていた。
見えるのは自身の身体のみ。立っているのはわかるが、その床も漆黒で何かわからない。
「……どこ、ここ」
自分の声が、いやに響いた。
「やあ」
不意に背後から声がして、振り返る。
そこに立っていたのは道満だった。
「っ⁉︎」
「ああ、大丈夫。ここにいる私はもはや影。何もできないよ。全く、この程度しか残らないとは……安倍良平という小僧は、聞いていたより有能なんだな」
何が大丈夫なんだ、と凛々花は身を硬くする。そんな彼女の様子を見た道満は、小さく笑った。
「本当だよ。なんでそんな見栄を張る必要がある? 私は、できないことはちゃんと言うさ」
「……何の用」
「用は特に。次の器候補として、君のことが知りたかっただけさ」
道満が暗闇に手を翳すと、向かい合わせになった二つの椅子が現れた。
「さあ、座って。話をしよう」
「……話すことなんかない」
「あるさ。君はなくても、僕にはある」
道満が目を閉じる。からんと、ドーマン型のピアスが揺れた。
「……お姉さん、だれ?」
再び目を開いた道満が問いかける。しかし、その声色に先ほどまでの威圧感はない。あるのは、幼気な少年の声。
「……だ、誰?」
「僕は、……僕には名前がないんだ」
道満が演じているのだろうか。だとしたらかなり趣味が悪い。凛々花は椅子に座って足をぷらぷらする少年をじっと睨みつける。
「あったかもしれないけど、忘れちゃった」
少年は笑う。悪意のない、朝日のような顔で。
「いつも、まっくらなところにいる。たまに声が聞こえても、僕に答えてはくれないの。ここは、いつもと違うみたいだけど……でも、お姉さんがいるから、いつもの場所よりずっといい」
ふと直感する。道満は身体を乗り換えて令和の時代まで生きてきたと言う。なら、今目の前で凛々花と喋っている少年は、今道満が使っている身体の持ち主なのではないだろうか。
「お姉さんはいつまでいてくれるの?」
「……私、は」
なんて、声をかけてあげればいいんだろう。
この子が本来生きるはずだった人生を、道満が生きている。真っ暗な場所に閉じ込められて、誰とも話せないで。ずっと、闇の中で。
「……」
そんなの、わかるはずがなかった。
だって凛々花は、今まで、陰陽道とは無縁の人生を生きてきた。天文道だって、少し齧った程度だ。これから頑張ろうって、思ってた。
まだ凛々花に知識はない。道満がどうやってこの子の身体を乗っ取ったのかとか、なんでこの子なのかとか、何もわからない。
掛けてあげるべき言葉が、わからない。
「……お姉さん、僕のこと、怖い?」
「……そんな、こと」
「ううん、わかるよ。僕だって、自分が言ってること、信じてもらえるなんて思ってないよ。……怖いと、思う。こんな、変なことを言う僕は」
少年の風貌に合わず、自嘲気味に笑う少年を見て、心が痛む。
けれど、まだ道満が演じている説を捨てきれていない。
「……」
「……お姉さん、ひとつだけ、教えてほしいの」
少年が凛々花を見る。優しい瞳に、道満の気配はない。
「僕って、いつか、おかあさんのところにもどれるのかな」
寂しげな声に、心臓を鷲掴みにされたようだった。
喉奥まで、何かが迫り上がる。それは道満への罵倒か、少年への憐憫か。
それが口をついて出てくる前に、凛々花の視界が歪んだ。
少年が寂しそうな顔をして手を振る。歪んだ視界は端から黒く塗りつぶされていき、やがて漆黒へと塗り替えられた。
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