第36話

「おっ、おかえり。二人とも」


 もう一度陰陽寮の敷地に入ると、門を入ったすぐのところで出月と隼に出迎えられた。


「ちょっと遅かったか」

「何が?」

「暗くなってきたから、迎え行こうって言ってたの」


 隼が頭の後ろで手を組む。


「女の子二人だと危ないっしょ? 特に累は、まともに男と話せないんだから」

「……うるさい」

「焦って殴りかかるかもしれないし」

「うるさい隼本当に殴るよ」

「えっなんで⁉︎ ちょ、出月にい! 累がなんか怒ってる!」


 隼はそう言いながら走り始めた。累もそれを追いかけていく。

 取り残された凛々花はぽかんとそれを見送った。


「はは、俺たちも行こうか」

「あ、はい」


 出月に荷物を攫われ、二人はゆっくりと歩き出す。


「何を買ってきたんだ?」

「お菓子と、ジュース……にしてもらうための、林檎を」

「ああ、累が言ったか?」

「私がリンゴジュースが飲みたいって言ったばかりに……」

「いいよいいよ。まあ直搾りしたほうが栄養価高い気がするしな」


 陰陽部に行った時から思っていたが、出月は話しやすい。陰陽寮で出会ってきた人が、どの人も一癖二癖あったためか、とても落ち着ける。


「……累、大丈夫だったか?」

「……大丈夫、とは?」

「累のやつ、距離の積め方おかしかっただろ」


 言われてみれば、と思う。まだ出会って数時間なのに、手を繋いできたり名前を呼んでくれないと拗ねたり。


「あいつさ、昔からいろんな奴に好かれるんだよ」


 出月の視線の先には、戯れる累と隼。


「いろんなやつに言い寄られて、執着されてきたんだと。現に、新しく入った陰陽部の事務員は、必ずと言って良いほど累に告白するしな」


 出月の視線を追う。パーカーにジーパンという出立ちだが、それで誤魔化しきれないほど、顔が整っている。ぱっちりとした二重で表情変化の乏しい頬は見るからにもちもちしている。ショートカットに揃えられた茶髪は風に靡かれるたびにさらりと音がしそうなほど。総合して例えるなら、薄幸の美少女だ。


「俺も心を開いてもらうまでにだいぶ掛かったしな。……怖いだろ、男を恐怖対象として見ている女の子からしたら、筋骨隆々の俺は」


 出月は自嘲気味に笑う。


「だからさ、仲良くなりたい奴との距離の詰め方がわかんないんだよ」


 自分は、ずっとそうされてきたから。

 近づいてくる男は、みんな触れたがった。名前で呼ばれたがった。

 ずっと、そうされてきたから、それしか方法がわからない。


「……女の子の、友達とかは」


 そう言いかけて、やめた。

 自分も女だからわかる。べらぼうにモテる女子というのは、コミュニティの所属しにくいのだ。

 それは女としての生存本能だろうか。自分より人に好かれるのが気に食わないという嫉妬。あるいは、自分の好きな人を取られたくないという不安。

 きっと累には、自分に下心のある異性しか寄ってこなかった。

 だから、お手本がない。人と仲良くなるためのプロセスの、お手本が。


「よければ、仲良くしてやってくれ。累があんなに積極的に関わりにいく子なんて久しぶりだ。しかも他の部署」


 出月は凛々花を見つめて、歯を見せながら笑う。


「……はい!」

「うん! 今後は雅との勉強会もあるしな! 暇になったら陰陽部にも遊びに来てくれ。お菓子はいっぱいある」

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