第35話

 スーパーについた二人は、真っ直ぐとお菓子コーナーへ向かう。


「凛々花ちゃんは何が食べたい? ポテチ? クッキー? チョコレート?」

「あ、えっと、クッキーかな」

「じゃあクッキー買お。出月にいは食べないと思うけど、隼は食べそうだから、ポテチも買っちゃお」


 そう言いながら、累はポイポイお菓子をかごの中に入れていた。クッキーにポテチ、チョコレートも入れられていく。


「チョコは誰が食べるの?」

「あれば誰か食べるよ」

「そっか……」


 一頻りお菓子を入れ終わった累が立ち上がった。振り返り、スタスタ歩いていく。凛々花もそれについて行った。


「飲み物、何飲む?」

「ジュースでいいんじゃない? りんごとか」

「リンゴジュース……」


 ふと、累が方向転換して、冷蔵庫から遠ざかっていく。凛々花が首を傾げながらついていくと、到着したのはフルーツコーナーだった。


「一人一個だとして、五人だから五個かな」

「ジューサーあるの?」

「ううん、出月にいが握りつぶす」

「こわ……」


 笑顔で林檎を握りつぶす出月を想像した凛々花は身震いした。


「出月にいはすごいんだよ。今年昇格して陰陽師になったの。それまではずーっと雑用」

「雑用? 事務員じゃなくて?」

「そう。雑用っていうか、正式名称はバイトなんだけど」


 累は林檎を選びながら続ける。


「高校卒業してから、ずっとバイトだったんだって。呪詛が上手くできなかったらしくて。まあ、出月にい真性のいい人だから、呪詛は難しいんだろうね」


 だから、出月は開花するまでに五年掛かった。

 バイトという状態で、陰陽師から技を学ぶ。力がないから、得業生にすらなれない。スタートラインに立つことすら許されない。


「晴明様の評価も、かなり悪かったらしいよ。その時点で事務員に降格だったんだけど、事務員はどう頑張っても陰陽師にはなれないから」


 苦渋の決断だったのだろう。事務員になれば、確実に陰陽寮にいられるが、出月の望む陰陽師にはなれない。きっと悩んで、すごく悩んで、出月は自分の夢を追うことを決めた。


「……すごいね」

「でしょ。ずっと陰陽部で雑用してたから、みんな出月にいのこと大好きなんだ」


 振り返った累の表情は、あまり変わっていなかったが、それでも幾分か優しくなっている気がする。


「まだ雑用だった時に、泰さんにお世話になったんだって。だから、今でもよく話してるの見る」


 そういえば、良平と芳昌が出月のことを大層敵視していたが、そういうことだろうか。


「まあ泰さんは順調に昇進してるけどね。他に食べたいものある?」

「あ、ない!」

「じゃあお会計して行こ」


 そう言いながら、累はセルフレジへと進む。背負っていた鞄からエコバッグを取り出し、凛々花に渡すと、商品をレジに通し始めた。


「エコバッグ持ってるの、えらいね」

「出月にいが持ってろって言うから」

「……これ、手作り?」

「……涼香に、押し付けられた」


 見た目はピンク地に赤のリボンが駆け巡るもの。


「お揃いなんだって」

「……すごい、ちゃんと裏地までつけられてる」

「そうなの? 僕わかんないや」

「でも、押し付けられたのに使うんだ。なんて言うか……涼香さんのこと、苦手なのかと」


 凛々花がエコバッグの中に商品を詰めながら言うと、累は苦い顔をした。


「……苦手だよ。でも、使わないとぶつぶつ言うんだもん」


 思い出されるのは、藁人形を針で刺す涼香の姿。


「……そうだね、呪われそうだもんね」

「しないとは、思うんだけどね……」


 お金を払った二人は、そのままスーパーを出る。

 夕方だが、まだ明るい。街灯がつき始めるか否かの狭間の道を、二人は並んで歩く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る