第34話

「あ、凛々花ちゃんいた」

「あ、えっと、藤野さん……?」

「累でいいよ。……お迎え、きた」

「お、お迎え?」


 累はもじもじした様子で、しきりに髪を解かす。

 保也は二人の様子を見比べて、感極まったように口元を抑えた。


「りんちゃん、いつの間にそんなに仲良くなってたの⁉︎」

「えっ、な、仲良く……⁉︎」

「僕たち、同じ部屋なんです」

「同室! ええと、君は藤野累ちゃん……であってる?」

「あってます」


 累は淡々と保也の問いかけに答えていく。凛々花はそれを見て目を白黒させていた。

 なぜなら、迎えにきてもらうほど仲良くなったと思っていないから。累の印象なんて、涼香に執着されてると言うものしかない。涼香のイメージが強すぎるが、今は涼香と一緒にいない。


「あ、あの、賀茂……涼香さんは?」

「涼香のことは名前で呼ぶのに、僕のことは呼んでくれないの……?」

「あ、ご、ごめんなさい」

「敬語もいらないってば。涼香は、なこちゃん……弓庭奈那子と夜勤だよ。なこちゃんわかる? あの、お菓子いっぱい食べてた子」

「わ、わかる!」

「男子たちは、先に寮戻ってる。ね、お買い物して帰ろ。小規模だけど、パーティーしたい」

「でも、荷解きとか」

「終わったら男子衆が手伝ってくれるよ」


 ぐいぐいくる累に、ちょっと引きぎみの凛々花。保也は、聞いていた累の雰囲気が違い、首を傾げた。


「……ま、いっか。じゃあ、りんちゃんと累ちゃん、下まで一緒に行こうか」

「は、はい!」

「はい」


 保也はぽっくり下駄を、凛々花はローファーを履き、エレベーターに乗り込む。

 ピッタリと凛々花の隣に立つ累を見て、保也はこれ以上ないほど笑顔になる。晴明に会った時みたいだと、凛々花は思考を飛ばした。

 エントランスに到着する。そのまま三人で外に出るのかと思ったが、保也が降りない。


「保也さん?」

「あ、吾、晴明に会ってから帰るから! じゃあ、気をつけて帰るんだよ!」

「はい!」

「累ちゃんもね」

「はい」

「じゃ!」


 そう言うや否や、保也はウキウキした様子でエレベーターのドアを閉めた。


「……じゃ、行こ。ここだと、結界出てちょっと歩いたところにスーパーあるの」

「寮はどこにあるの?」

「寮は結界の中だよだから、一回出て、もう一回戻ってくるって感じ」


 累は凛々花の手を取ると、門に向かってズンズン進んでいく。


「夕ご飯は、なんかいつも忠幸さんが持ってきてくれるから、お菓子だけ買お」


 門を出て振り返る。目に映るのは、やっぱり日本家屋。先ほどのビルが嘘のようだ。


「凛々花ちゃん?」

「あ、なんでもない。行こ!」


 そして、今朝の「絶対辞めてやる」という気持ちも、嘘だったかのように消えていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る