第27話

「大丈夫だいじょーぶ! みんな最初はわからないものさ。りんちゃん、筋はいいって声明にお墨付き貰ってるだろう? だから大丈夫だよ」

「そーそ! 地道に勉強勉強。勉強は学生だけのものじゃなくて、社会人になっても続くんだよ」


 博士の席でひらひら手を振る明近は昼寝の体勢に入っている。


「おい博士。何しようとしてる」

「俺の仕事は最終確認だから」

「起きろ」

「え、だって俺の仕事ない……」

「起きろ」

「はい」


 縮こまって起き上がった明近はよろよろと机上の書類を眺め始めた。


「りんちゃんの当面は津森との勉強を中心に、軽処理をしてもらおうかな。明近、良いな」

「おっけ〜」

「そうだ。津森はどうだった? 優しそうだったか?」

「あ、それ俺も気になる。どうだった? かっこよかった?」


 凛々花は先ほどのことを回想する。母への怒りでほとんど忘れていた。


「優しい……かどうかは、わかりませんが、なんていうか……」


 言葉を噛み砕いて再錬成する。


「……消極的で、用心深そうな、方、だと」

「なるほど、ネガティブ野郎ってこと?」

「そこまでは言ってないです……」


 そこまでは言っていないが、概ねその通りだと言うのが凛々花の印象だ。


「りんちゃん言葉選びが上手だねえ」

「え、それでどうだった? かっこよかった? 俺より?」


 凛々花は眉を顰めて首を傾げる。


「長身で手足がすらっとしていたので、ティーシャツジーパンも似合うと思うんですけど、あえて上着は大きめのものを着て細めのズボンを合わせるのもいいと思います」

「あ、着る服の話じゃなくて顔の話ね?」


 凛々花は目をぱちくりさせた。


「かお……」

「そう、顔。どうだった? 俺よりかっこよかった?」


 凛々花は雅を思い出す。長髪で顔がほとんど見えない印象しかない。が。


「……前髪を切って、顔が見えたら……いいんじゃないですかね?」


 長い前髪の間から覗く目。日本人らしいチョコレート色の瞳だったが、綺麗に綺麗に輝いていた。


「……ほお〜〜〜〜〜? 聞いたかえ明近」

「うん聞いた聞いた! でもうちの子はまだ嫁には早い」

「汝の気が早いよ」


 凛々花は自分の発言を振り返って、顔を赤くした。


「ちが、そういう意味じゃなくて! 顔がもっと見えないとわからないって!」

「うんうん、わかってるよ。勉強中にハプニングがあるかもしれないしな!」

「何もわかってないじゃないですか!」


 保也は口元を袖で隠しながらくふくふ笑う。


「はいはい、凛々花ちゃんの社内恋愛事情はそれくらいにして、仕事しよーね。俺が怒られるから」

「りんちゃん、他の子はどうだった? 吾、天文部からあんまり出たことないんだよね〜」

「ちょっと保也聞いてる? 怒られるの俺なんだけど?」


 ピコンと凛々花のスマホが鳴る。先ほど母親に連絡した時に、通知をつけたままだった。慌てて通知を切るが、保也は目ざとくそれを見つけたらしい。


「スマホ使ってもいいぞ。誰から? 津森?」

「あ、いや……菅原さんです」

「ああ、出月な。いいよ、返事して。基本的に情報流出させなければスマホ使ってオッケーだから。吾も晴明にメッセージ送るし!」

「無視されてるけどね」

「うるさい明近。二十回に一回は返ってくるからいいの!」

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