第21話「報告と理由」

 家に帰った俺は、いつも通り夕飯を作る。

 今日は何となくホイコーローの気分だったため手早く具材を炒めていると、今日も今日とて玄関の扉が叩かれる。


 ……もう言わなくても分かるだろう、あーちゃんだ。

 やれやれと玄関を開けると、生徒会の仕事を終えたあーちゃんが嬉しそうに抱きついてくる。


 そして今日もスリスリと犬のようにじゃれついてくるあーちゃんの相手をしながら、俺はいつも通り夕飯の支度を終える。


 そして一緒に夕飯を食べ終えると、俺は宿題、あーちゃんは漫画を読んで寝転がると、それから一緒にテレビを観ながらマッタリとした時間を過ごす。


 そんな何気ない日常だけれど、今日は大きく異なる点がある。


 それは言うまでもなく、幹久と佐伯さん二人のことだ。

 テレビを観ていると、俺のスマホの通知音が鳴る。

 確認するとそれは、幹久からのメッセージだった。



「良かった、無事に幹久付き合ったんだ」


 幹久からの報告メッセージに目を通し、ほっと一息つきつつ俺が呟くと、隣で漫画を読んでいたあーちゃんが反応する。



「良かった! 幹久くんちゃんと付き合えたんだねっ!」


 そして満面の笑みを浮かべながら、無事付き合う事になった二人を祝福するあーちゃん。

 そんなあーちゃんに俺も微笑み返しつつ、何だか自分の事のように嬉しくなってきてしまう。



「でも、いいなぁ……」

「いいなぁ?」

「うん、二人は明日から、きっと堂々と付き合えるんだもんね……」


 少し寂しそうに呟くあーちゃん。

 その言葉に、どう答えていいか分からなくなってしまう。


 あーちゃんは、みんなの憧れの生徒会長で、だからこそ俺との関係は秘密にしている。

 けれど、正直隠す必要があるのかと思う自分もいた。


 諸々を考慮して、隠しておいた方がいいと二人で相談したから秘密にはしているのだが、それでもあーちゃんと同じ高校に通っていられる時間も限られているのだ。

 そう思うと、やっぱり公表してもいいんじゃないかと思う自分がいるのであった。



「生徒会長の任期も、あと少しなんだ」

「そっか……」

「うん、だから残りあと僅か、しっかり生徒会長としての責務は全うしたいって思ってるの。だからね……」


 そう言ってあーちゃんは、決意の籠った眼差しで見つめてくる。



「もうちょっとだけの、我慢だね」


 ――そうだ、俺はあの時、その気持ちを尊重したんだ。


 あーちゃんの決意。

 それは、学校でのあーちゃんの姿と同じく、そこにはしっかりとした思いがあるのだ。

 普段はいい加減だけど責任感が強く、必要とされる事にはしっかりと応えたい。


 そんなあーちゃんだからこそ、学校ではあれ程凛々しく見え、そして皆もついてくるのだ。

 それは俺としても誇らしいというか、素直に応援したいと思っているからこそ、あの時秘密にする事を約束したんだ――。


 だからやっぱり、今の関係は継続させるべきだと再認識した俺は、そんなあーちゃんの手を握る。



「うん、応援してるよ。じゃあこれからも、俺は温かいご飯を作ってあーちゃんの帰りを待ってる事にするよ」

「かずくん!!!!」


 俺の言葉が嬉しかったのか、泣きべそを浮かべながら抱きついてくるあーちゃん。

 そんなあーちゃんの小さくて可愛らしい頭を優しく撫でながら、俺はあと少し我慢する事を誓ったのであった――。



 ◇



「おはよう! 和也!」

「おはよう、伊藤くん」


 少し早く登校した俺のもとへ、幹久と佐伯さんの二人がやってくる。

 二人の手はぎゅっと握られており、それだけで二人の関係は周囲にも伝わっているようで、完全にクラスの注目の的になっていた。


 それもそのはず、二人はクラスでも美男美女として人気があるため、男女共に二人に対して驚きの眼差しを向けていた。



「おはよう。それから、二人ともおめでとう」

「おう、ありがとな!」

「ふふ、ありがとう」


 幸せオーラでいっぱいな二人に、思わず苦笑いしてしまう。

 学校で堂々といちゃいちゃ出来る事を、やっぱりちょっと羨ましく思いながら。



「これも、和也のおかげだからな」

「いや、俺は別に……。しかし、すっかり二人とも注目の的だな」

「まぁな。でもそれを言うなら、まさかお前が会……おっと、これは秘密だったな」

「ああ、すまんが秘密で宜しく頼むよ」


 危うく言いかける幹久に冷っとさせられるも、全くもって幹久の言う通りだなと一緒に笑った。

 いつか皆にカミングアウトした時の反応が、今から楽しみだけどちょっと不安になりつつ、その時が来るまでは秘密を貫き通さなければならない。



「ていうかさ、まさか普段はあんなだとは思わなかったなぁ。ギャップがエグすぎっしょ。あんな表情も併せ持ってるなんて知られたら、余計皆ほっとかないんじゃない?」


 ギャップを笑う佐伯さんの言葉に、俺もそうかもねと一緒に笑ってしまう。

 高嶺の花と扱われているからこそ、今の状態で済んでいるのだ。

 仮にもし、あーちゃんがそうではなく意外と身近な存在だとみんなに知られれば、きっと今よりも大変な事になっているに違いないだろう。


 ――いや、あまりにあーちゃんが緩すぎるせいで、逆にみんな幻滅して引いちゃったりして。


 うん、その線もなくはないな。


 まぁそんなわけで、今はこうして身近に秘密を共有して一緒に笑ってくれる友達がいてくれる事が、とにかく有難いのであった。


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