第20話「カミングアウト」
そして、事態は急展開を迎える。
下校時間になると、俺と幹久は昨日と同様に佐伯さんに呼び出しを受ける。
俺からしてみれば何となく想定していた事ではあるものの、昨日に引き続き呼び出しを受けたこと、それから佐伯さんの様子が昨日以上におかしい事に幹久は明らかに狼狽えていた。
だが、佐伯さんは止まらない。
問答無用で俺達を再び人気のない廊下の隅へと連れて来られると、壁ドンをするように手をついた佐伯さんにより道を塞がれてしまう。
「やっぱり、ちゃんと聞かせて貰おうじゃない。あんた達、絶対会長と何かあるよね?」
そして佐伯さんは、いきなり核心に迫ってくる。
それは勿論、俺達と会長の関係だ。
当然幹久は、不味い事になったと俺の方へ気まずそうに視線を向けてくる。
だがすまん幹久、これはある意味俺の想定通りの展開でもあるんだと、そんな幹久には申し訳ないが俺は佐伯さんに話しかける。
「どうして、佐伯さんはそう思うの?」
「だって、二日も連続会長が来るなんてどう考えてもおかしいでしょ!」
「いや、あれはハンカチとペンを届けに来てくれただけだよ」
「二日連続? どんな確率よ!」
うん、全くもって佐伯さんの言う通りだ。二日連続どころか、一回だって怪しい確率だ。
でも、佐伯さんがそんな風に確信しているのは、きっとそれだけじゃないはずだった。
「でも、それでどうして会長と俺達に関係があるって思ったわけ?」
「そ、それは……」
言い淀む佐伯さん。
それは理由が無いからではなく、この場で言えないからという躊躇によるものだった。
「お、おかしかったのよ」
「おかしいって?」
「な、なんで会長とあんな風に笑って……」
そこまで言って、佐伯さんは少し苦しそうな表情を浮かべる。
そして佐伯さんは、俺ではなく幹久の方へ向き直ると、思い切った様子で幹久へと話しかける。
「み、幹久は! 会長の事が好きなの!?」
「いや!? 全然っ!?」
思い切った様子で、佐伯さんは核心に迫る。
しかし幹久的には、完全に思いがけない質問だったのだろう。
聞いて来た佐伯さんにというより、俺に対してそんな事無いというように、それはもう綺麗な即答で全否定する幹久。
そして、この場ではそれが功を奏した。
きっぱりと即答した幹久の言葉には、嘘なんて微塵も含まれていないと感じられた佐伯さんは、完全に思っていた事と違ったのだろう。
きょとんと、拍子抜けしたような表情を浮かべていた。
「み、美香……?」
「……え? いや、えっ?」
狼狽える、幹久と佐伯さん。
そんな、お互いがお互いの事をよく分かっていない状況に陥ってしまっていた。
「私……幹久は、会長の事が好きなのかなって……」
「は、はぁ? ち、ちげーし!」
「そ、そっか!」
「お、おう!」
見つめ合う二人。心なしか、佐伯さんの表情はどこか嬉しさが滲み出ていた。
だから俺は、ここで二人に話しかける。
そしてこれから俺が言う事は、二人にとって驚くべき内容だと思うし、俺としても同じ学校の人に言う事ではないと思っている。
だけど友達の恋路のためならば、要らぬ誤解を招いた事への詫びも含めて、俺は二人に話す覚悟を決めていたのだ。
「佐伯さん、それから幹久も。――実は俺、会長と付き合っているんだ」
急な俺のカミングアウトに、驚いて固まってしまう佐伯さんと幹久。
「マジかよ……」
「……え? 伊藤くんが? 嘘でしょ……?」
「いや、本当に。それを今から証明しようと思う」
そう言って俺は、スマホであーちゃんに連絡を取る。
すると、それから五分もしないうちに、この場へあーちゃんが急いでやってきた。
「かずくん! 来たよ! って、あれ!?」
そしてあーちゃんは、この場に俺以外に二人いる事に驚く。
そんな気を抜いていたあーちゃんの姿に、同じく驚く幹久と佐伯さん。
「ごめんあーちゃん、この二人には、俺達の関係を伝えたんだ」
「えっ!? どうして!?」
「んー、それは俺達の事で、二人に迷惑をかけたからかな。それに、二人なら誰かに言いふらしたりはしないと思うから」
そう言って幹久と佐伯さんの方を向けば、二人は無言でコクコクと頷いてくれた。
「そっか! じゃあ大丈夫だねっ!」
するとあーちゃんは、完全に安心するように生徒会長モードではなく、普段家で過ごしている時のような砕けた感じで抱きついて人目もはばからずスリスリしてくる。
その光景に、二人とも驚いて口をあんぐりと開けていた。
それもそのはず、全校生徒の憧れの的であるあの生徒会長が、こんな風に俺なんかに抱きついてスリスリしているのだ。
こんなもの、ギャップなんて騒ぎではないだろう。
しかし、これが論より証拠だった。
二人にこの光景を見せる事で、信じられない事でも信じざるを得ないだろう。
「……ほ、本当に付き合ってるん、ですか?」
「うん、かずくんは私のだから、取っちゃ駄目だからね!」
佐伯さんを威嚇するあーちゃん。
そう言えば、昨日からあーちゃんは佐伯さんを警戒していたんだっけ。
そんなあーちゃんの様子に怖気づきながらも、そんなつもりはない佐伯さんは勿論手をブンブンと振って否定する。
「じゃ、じゃあ本当に……幹久は、会長のこと……」
「あ、ああ、違うって言ってんだろ」
「……そっか」
ようやく納得がいったのだろう、幹久の言葉に佐伯さんは安心するように微笑んだ。
その微笑みは、普段の明るくて活発な感じの佐伯さんとは違い、完全に恋する乙女のそれだった。
当然そんな微笑みを目の前で向けられた幹久の顔もまた、真っ赤に染まってしまっていた。
「――あーちゃん、行こっか」
「――そうだね」
だから俺達は、そんな二人を置いてそっとこの場を離れた。
ちょっと干渉しすぎた感は否めないものの、ここまでお膳立てすればあとは結果はついてくるだろうと思いながら。
「なるほどね、そういう事ですか」
「まぁ、そういうことです」
「何だかいいね、初々しいっていうか」
「そうだね」
俺が笑って答えると、あーちゃんは辺りをキョロキョロと見回す。
そして誰もいない事を確認すると、すっとその顔を近付けてくる――。
「――えへへ、私達だって、まだ全然初々しいんだからね?」
そのままそっと俺の唇へキスをすると、そう言ってあーちゃんは手を振って去って行った。
その頬はほんのりとピンク色に染まっており、先程の佐伯さんに負けず劣らず恋する女の子といった感じだった。
「――本当だね」
だから俺は、そんな去り行くあーちゃんの背中に向かってそう呟いた。
ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、どうやら俺達もまだまだ初々しいままなんだなと思いながら――。
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