第19話「作戦」

 次の日。


 今日も俺は、最早いつも通り? 背後霊を背負いながら登校をする。

 ちなみにその背後霊というのは、勿論あーちゃんの事である。


 今日も俺の後ろを嬉しそうについてくるあーちゃんは、例のごとくうちの高校の生徒達に囲まれながら、眩いばかりの完璧優等生の笑みを浮かべている。

 しかし、そんなあーちゃんも俺が後ろを振り向いている事に気が付くと、その優等生フェイスの口元が完全に緩んでしまっており今日も今日とて分かりやすいのであった。

 でも、正直に言えばそんな風に喜びを滲ませてくれるのは、素直に嬉しかったりする。

 だから俺も微笑み返すと、やっぱりあーちゃんの優等生フェイスは崩れて行くのであった。


 まぁそんな、ある意味いつも通りの朝。

 俺はいつも通り学校へ向かって歩いていると、今日も偶然幹久と遭遇する。



「よう! 和也!」

「おう、幹久」


 そんな挨拶を交わすと、幹久は今日も今日とて背後霊をしているあーちゃんの事を見て愉快そうに笑う。



「会長も相変わらずだな」

「まぁな」


 幹久も、あーちゃんの表情が緩んだ事に気付いたのだろう。

 あの才色兼備で完璧超人だと思ってた会長がなぁと、改めてあーちゃんの二面性に幹久は笑っていた。


 すると、そんな俺達に向けられる視線がもう一つある事に俺は気付いてしまう。

 それは道の反対側を一人歩く佐伯さんのものだった。


 佐伯さんはまるで何かを疑うように、こっちとあーちゃんの事を交互にじっと見てくる。

 その様子に内心ひやりとさせられつつも、ここで反応したら駄目だと俺は気付かないフリを続けた。


 こうして、いつも通りだと思ったのも束の間、朝から謎の緊張感に包まれてしまうのであった。



 ◇



「おはよう、二人とも」


 教室へ着き、席が前後同士の幹久と談笑しているところへ、少し遅れてやってきた佐伯さんがいきなり声をかけてくる。



「な、なんだよ美香」

「なに? 挨拶したら駄目なの?」

「そ、そういうわけじゃないけどよ……」


 佐伯さんと視線を合わさず、気まずそうに返事をする幹久。

 それはきっと、昨日の帰り際の事を気にしているからだろう。


 けれど佐伯さんの方はというと、昨日の事は気にしていないのかもう忘れているのか、至って普段通りの感じだった。

 それがまた、幹久のペースを乱しているのは間違いないだろう。



「……なんか幹久、やっぱり私に隠し事してるよね」

「え? 何の話しだ?」

「もういいわ、今の反応で分かったから」


 それだけ言うと、佐伯さんはこの場を離れて友達の輪へと加わって行った。

 そんな意味深な佐伯さんの言葉に、幹久は引きつった表情をしていた。



「幹久?」

「……おう、なんか俺、完全に美香に勘繰られてるのみたいだわ」


 そう言って、力なく笑う幹久。

 その姿は少し痛々しくて、友達として何とかしてあげたいと思った。

 俺はもう、今朝の事もあるし何となくこの二人の間で何が起きてるか分かってしまったのだ。


 だから、まずは友達として幹久の濡れ衣を晴らしてあげようと思う。

 そもそもこれは、幹久が俺達のために被ってくれている事なのだから――。


 そうと決まれば、俺はすぐにあーちゃんにメッセージを送ると、秒で返事が返ってきた。

 本当にこの人は、生徒会長として大丈夫なのだろうかと心配になるけれど、教師や生徒からの信頼は俺なんかと違い絶大なので問題はないのだろう。


 こうして今日のお昼休み、早速幹久の濡れ衣を晴らす作戦を決行する事になったのであった。



 ◇



 そして、昼休みの時間がやってきた。

 俺は作戦通り、今日も幹久と弁当を食べる事にした。


 教室内には佐伯さんもいる事を確認すると、今回の作戦のキーパーソンであるあーちゃんがやってくるのを待った。

 まぁみんな憧れの完璧超人の生徒会長様なのだ、あーちゃんなら上手くやってくれるだろうと信用

 しながら。


 ――ガラガラガラッ。



「ショ、諸君、ゴキゲンヨウ」


 そして、うちの教室へやってきたあーちゃんこと生徒会長様。

 相変わらずの人気っぷりで、教室へやってくるなり全員の注目を一斉に集める。


 だが、当のあーちゃんの話し方は完全にカタコトで、明らかに不自然だった。


 ――あーちゃん!? もしかして下手だった!?


 そんな大根役者なあーちゃんに驚愕しつつも、後には引けないため作戦を続けるしかなかった。



「アー、イタイタ。コレ、君ノペンダロ? 落トシタゾ」

「え!? 俺っすか!?」


 突然身に覚えの無いボールペンを差し出された幹久は驚く。

 無理もない、本当にそれは幹久のペンではないからだ。

 だが、あーちゃんからそう言って差し出されたボールペンを受け取らないわけにはいかない幹久は、訳が分からないながらもそのボールペンを恐る恐る受け取る。


 ちなみに、俺が今回あーちゃんに依頼したこと。

 それは何でもない、昨日のハンカチ偽装の時と同じように、今度はボールペンでも落とした事にして幹久を訪ねてくれというものだった。


 するとあーちゃん的には、正式に俺のクラスへやってくる名目が出来た事が嬉しかったのだろう、二つ返事で了承してくれたのだ。

 まぁこうする事を、予め幹久に伝えておけば良かったのかもしれないが、幹久に演技の質はお世辞にも有りそうに思えなかったから、ここは敢えて黙っておいたのだ。

 まぁその結果、あーちゃんこそ大根役者だったのは完全に想定外だったけれど――。


 そもそも、何故今回こんな事を依頼したのかだが、それはまずは確認したい事があったからだ。

 そして俺は、その確認したい事が間違っていなかった事を確信する。


 何故なら、同じ教室にいる佐伯さんが、こちらを――正確には幹久とあーちゃんの事を、驚いたような顔つきでじっと見つめていたからだ。


 笑い合う二人の姿を見て、佐伯さんが何を思っているのか。

 その感情は、完全にその表情に現れているのであった――。

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