第17話「浮気?」

 ピンポーン! ドンドンドン!!


 いつものごとく、呼び鈴が全く意味を成さない来訪者がやってくる。

 はいはいと部屋の扉を開けると、まるで愛犬がご主人様に飛びつくように抱きついてくる人物が一人。



「かーずくーん!」


 そう言って、自分の頬を俺の胸元に擦り付けてくるのは、我が校の生徒会長であり彼女のあーちゃんだった。

 今日も今日とて犬のように飛びついて来たあーちゃんは、ようやく会える事を喜ぶように一心不乱にじゃれ付いてくるのであった。

 もしあーちゃんに尻尾があったら、きっと今頃ブンブンと振っている事だろう。


 だが、今日はそんなあーちゃんに、しっかりと聞かなければならない事がある。



「あーちゃん、今日のあれはなに?」

「あれ?」

「昼休みのだよ」


 あーちゃんは惚けようとするが、俺はそれを逃さない。

 これまであーちゃんは、うちの教室の前を通りかかったり様子を見に来たりする事はあっても、あんな風に直接話しかけてくる事なんてこれまで一度もなかったのだ。

 だからこそ、それには絶対に何か理由があるに違いないし、今日のそれにしてもかなりギリギリだったからだ。


 するとあーちゃんは、何を思ったのかその頬をぷっくりと膨らませると、不満そうにこっちをじっと見つめてくる。

 その視線は、まるで俺の事を非難してくるようで、物凄く何か言いたげな感じだった。



「……えっと、何かな?」

「……だって、浮気」

「え?」

「だってかずくん、浮気してるのかと思ったんだもんっ!」


 それは、まさかの返答だった。

 浮気というのは、もしかしなくてもあの浮気だよ、な……?


 ――え、俺が? 誰と!?


 全く心当たりがなさ過ぎて戸惑いを隠せない俺に、あーちゃんはやっぱり不満そうな顔を向けてくる。

 どーして分からないの? というように、胸元をトントンと叩いてくる。



「……ちょっと、何の事だか分からないんだけど?」

「し、しらばっくれるの!?」

「いや、そういうつもりじゃ……」


 そんな事を言われても、分からないものは分からなかった。

 普段、女子と会話なんて滅多にしない俺が、そんな疑惑をかけられるだなんて思いもしなかった。

 それこそ、最近話をしていたのなんて……そこまで思い至って、一つの可能性に気が付く。


 そう、俺が今日会話をしたのは、それこそあーちゃんと佐伯さんぐらいだという事に。


 つまり、もしかするとあーちゃんは、俺が今日佐伯さんと一緒にいた事に対して、浮気だと思っているのかもしれない。



「じゃあ、今日一緒にいたあの子は何……?」


 そして、その予想はビンゴだった。

 やはりあーちゃんは、俺と佐伯さんが一緒にいた事に対して嫉妬しているのであった。



「佐伯さんは、ただのクラスメイトだよ……」


 だから俺は、少し呆れながらそう答える。

 浮気も何も、あれは幹久の友達でたまたま会話をしていただけなのだから。



「……ウソ、そんなはずないもん」


 しかしあーちゃんは、俺の言葉を受け入れてはくれなかった。

 そんな、実は人一倍嫉妬深いあーちゃんは、もう俺と佐伯さんの仲を完全に疑ってしまっているようだった。



「ふぅ、どうしてそう思うの?」

「だって、見てたもん」

「え?」

「あの子ずっと、私がいる時かずくんの事見てた!」


 見てたって? え、俺を!?

 ……いやいや、そんなはずはない。何故なら佐伯さんは、今日話をするまで俺の事を辛うじて覚えていた程度の認知レベルだったからだ。



「いや、それは気のせいじゃ」

「気のせいじゃないもん! 朝も怪しかったけど、お昼のあれは絶対見てた!」


 何も疑う様子もなく、そう言い切るあーちゃん。

 あーちゃんは別にこんな事で嘘をつくような子ではないから、そうなると本当に見ていたという事なのだろうか……。


 だが、そんなあまりにも心当たりのない話に、俺は思考が追い付かない。



「見てたって、俺を?」

「そう!」

「幹久じゃなくて?」


 断言するあーちゃんに、俺は一つ思い付いた事を口にする。

 それは、俺ではなく隣にいた幹久なのではないかと。


 そもそも俺ではなく幹久の知り合いなわけだし、それに幹久は恐らく――。



「……そ、それは、その……」


 すると、あーちゃんもそれには自信が無くなってきたのか、言葉を濁す。



「いい、あーちゃん? あの佐伯さんはね、俺じゃなくて幹久の知り合いね。今朝も幹久と佐伯さんが会話をするところに、俺が加わっただけ。だから、昼休みこっちを見ていたとするなら、それは俺じゃなくて幹久の方だと思うよ。俺はあの日初めて佐伯さんと話したぐらいなんだからさ」


 だから俺は、そんなあーちゃんへ透かさず事実を淡々と伝えた。

 俺と佐伯さんの間には、何もないという事を分かって貰う為に。



「……本当に?」

「嘘なんてつかないよ」

「……分かった、かずくんを信じます。――ごめんね、変な事言って」


 謝りながら、安心するようにふんわりと微笑むあーちゃん。

 そんな顔を見せられてしまっては、俺も仕方ないなと折れるしかなくなってしまう――。



「信じてくれたならいいよ」

「うん、かずくん大好き!」


 こうして、無事疑いが晴れたところで、良い時間だし今日も一緒に晩御飯を食べる事にした。

 けれど、その前に俺は一つ忠告すべきことがあった事を思い出す。



「――それはそうと、あーちゃん?」

「なぁーに、かずくん?」

「もう勝手にハンカチ持ってっちゃ駄目だよ」


 上機嫌に答えるあーちゃんに向かって、そう俺が釘をさすと、途端にばつが悪そうな表情を浮かべるあーちゃん。



「あ、あはは、気を付けまぁーす……」


 そして、もう言い逃れ出来ない事を悟ると、諦めるように笑って誤魔化すのであった。


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