第16話「ハンカチ」
朝のホームルームが終わり、俺は何気なくスマホを確認する。
するとスマホには、あーちゃんからのメッセージ通知が届いていた。
ホームルームが終わるまでは無かったのに、今は届いているメッセージ。
つまりあーちゃんは、恐らくホームルーム中にこれを送ってきたという事になる。
そんな、生徒会長がそれでいいのかと言いたくなるところだが、それだけ何か緊急事態なのかと思い俺はそのメッセージを確認する。
『で、さっきの子はだれ?』
しかし、俺はそのたった一言送られてきたメッセージを確認し、深い溜め息をつく。
一体何事かと思えば、何事でも無かったのだ。
この一文だけで分かる、これはあーちゃんの嫉妬だろうと。
しかし、さっきのは本当に幹久の知り合いの佐伯さんと会話をしていただけなのだ。
それを後ろからつけてきて、そんな風に言われてしまってはキリがない。
だから俺は、そんなあーちゃんにすぐに返信を返す。
『クラスメイトで幹久の知り合いだよ、たまたま会話をしていただけだから、あーちゃんの思ってるような事は何もないよ』
よし、送信っと。
こういうのは、きっと下手に誤魔化そうとかするのではなく、事実を淡々と述べればいいのだ。
だって俺は、何も悪い事などしていないのだから。
すると、あーちゃんからすぐに返信が返ってくる。
『分かった! かずくん大好き!』
ね? ……って、これは流石に物分かりが良すぎるけれど……。
メッセージのあとには、目がハートマークになったキャラのスタンプまで送ってきたあーちゃんは、相変わらずあーちゃんしているのであった。
これで一件落着と、この時の俺はそう思っていたのであった――。
◇
昼休み。
俺はいつも通り幹久と弁当を食べ終えると、他愛のない会話を楽しんでいた。
同じ教室の中、佐伯さんは佐伯さんで女子の仲良しグループで集まって談笑していた。
だが、そんないつも通りの教室に、大きな変化が起きる。
それは、何故かあーちゃんがうちの教室へとやってきたからである。
突然現れた生徒会長の姿に、教室内の視線は一点に集中する。
みんな憧れの生徒会長が突然訪れてきたのだ、みんなが驚くのも当然だった。
そんな急なあーちゃんの登場に、俺も幹久も何事だと固まってしまう。
だがあーちゃんは、そんな固まる俺達を見つけると、いつもの厳格な表情の裏に少しだけ嬉しさを滲ませながら近づいてくる。
そして、俺達の間に立つと、すっと一枚のハンカチをポケットから取り出す。
「君、落とし物だ」
そしてあーちゃんは、そのハンカチを俺の落とし物として差し出してきたのである。
しかし、今日俺はちゃんとハンカチをポケットに入れてあるし、このハンカチは最近見かけなくなって失くしたかなと思っていたやつだった。
「ど、どうも……」
「うむ、気を付けるのだぞ」
俺がお礼をすると、爽やかに微笑むあーちゃん。
そんなあーちゃんの姿に、教室からは感嘆の声が漏れ聞こえてくる。
きっとみんなには、優しい生徒会長に映っているのだろう。
しかし実態は、元々あーちゃんが俺の部屋から回収していたこのハンカチを、落とし物として持ってきているとかそんなところだろう。
だが、ここでそんな事を言えるはずもなく、代わりに俺はそんなあーちゃんを軽く睨みつけると、笑顔を少しだけ引きつらせるあーちゃん。
どうやら罪の意識はあるようだ。
まぁ、こうまでして会いに来る理由を作ってくるところは、ちょっと可愛くもあるので良くはないがこの辺で許してあげる事にした。
「会長、お優しいんですね」
「ん? いや、落とし物を届けにきたまでだ」
幹久がフォローするようにあーちゃんに声をかけると、あーちゃんは平然と答えつつそのまま颯爽と教室から去って行った。
しかし去り際、あーちゃんはある一点をじっと見ていた事に気が付く。
その視線の先にいるのは、佐伯さん達のグループだ。
そして佐伯さんは佐伯さんで、そんなあーちゃんの事をじっと見返していた。
二人の接点は恐らく今朝だけだと思われるが、意味ありげに見つめ合う二人の姿に、俺は何とも言えない不穏な空気を察したのであった――。
◇
下校時間になった。
幹久と話をしていると、そこへ佐伯さんがやってくる。
一体何事かと思っていると、ここじゃ何だからと呼び出される。
こうして、人気のない廊下の隅へと呼び出された俺達に向かって、早速佐伯さんは口を開く。
「で、二人はいつから会長と知り合いなの?」
そして佐伯さんから放たれたその言葉に、俺も幹久も驚いて固まってしまう。
――何故、バレた!? というか、俺だけじゃなく幹久も!?
バレてしまった事に驚いたが、その矛先が俺だけではなく幹久へ向いている事にも驚いた。
一体何故かと思っていると、それは幹久も同じだったようだ。
「な、なんだよいきなり。俺達と会長が知り合いって」
幹久は、自分達と会長が知り合いなわけがないだろうと笑いながら誤魔化す。
しかし佐伯さんは、そんな幹久の事を問いただすように、厳しい目つきで見つめたままであった。
「いや、おかしいでしょ」
「おかしいって?」
「何普通に、あの会長とお話してるのって話」
佐伯さんから語られたその理由は、完全にデジャブだった。
そう、それは俺とあーちゃんが知り合いである事を、幹久が見破った時と全く同じだった。
その言葉に、幹久ははっとする。
この間俺に言った事を、自分もしてしまっていた事に気付いてしまったからだろう。
そう、本来我が校の生徒会長様には、挨拶こそ出来ても普通に話しかけられる生徒なんてごく僅かなのだ。
それが一年生なら尚更である。
「朝からおかしいと思ってたけど、幹久、いつの間に会長と知り合いになってたの?」
「べ、別に美香には関係ねーだろ……」
問いただす佐伯さんに、言い返せなくなった幹久は目を逸らしながら関係ないと告げる。
そんな幹久の言葉に、佐伯さんは明らかに不満そうに眉を顰める。
「……ふーん、言いたくないならまぁいいけど」
「ああ、そうしてくれ」
「分かった。別にこの事はみんなに言いふらしたりはしないから」
それだけ言うと、佐伯さんは教室へと戻って行った。
残された俺達は、何とも言えない空気に包まれる――。
「わ、悪い幹久、俺達の事で……」
「いや、いいさ。俺も迂闊だったから」
そう言って、困り顔で微笑む幹久。
そんな幹久の反応を見て、俺は完全に察してしまった。
――幹久の言う好きな相手とは、十中八九佐伯さんの事なのだと。
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