第14話「晩御飯」

「もうこんな時間か、それじゃ、そろそろ帰ろうかな」


 読んでいた漫画を閉じると、そう言って幹久は立ち上がる。

 時計を見ると既に六時を回っており、窓の向こうは日も落ちかけていた。

 結局今日一日、幹久が遊びに来て何をしたというわけではないのだが、まぁ学生の遊び方なんてこんなもんだろう。


 今日みたいに、一緒にゲームをしたりゴロゴロしたりして、同じ空間で過ごす事で十分なのだ。

 だから俺は、こんな何もない部屋で良ければ、また遊びに来てくれという気持ちで幹久を玄関まで送る事にした。



「今日はありがとな、また来るわ」

「おう、気をつけてな」

「――あー、あと、会長の事は黙っとからさ」

「……悪い、そうして貰えるとすごく助かる」

「つーかさ、今日一日、俺も会長と一緒に過ごしたって事だから、最早俺も共犯者みたいなもんだからな」


 そう言って、幹久はニッと笑った。

 共犯者という表現はあれだけれど、確かに客観的に考えてみると、あーちゃんのファンの人達からしたら共犯者という表現もあながち間違いじゃない気がするから恐ろしい……。


 まぁこれも、友達同士の秘密の共有ってやつなのかもしれない。

 だからこそ、そう言ってくれる幹久に感謝しつつ、俺達は玄関前でさよならする。



「じゃ、また学校でな! 会長にも宜しく言っておいてくれ」

「ああ、またな」


 こうして幹久は帰って行った。

 そんな幹久の後ろ姿を見送りながら、俺は今の学校で、本当に良い友達と出会えた事に喜びを感じてしまう。


 それもこれも幹久のおかげであり、そんな中身も外見もイケメンな幹久はやっぱり自慢の友達だよなと実感しつつ、俺は部屋に戻るべく玄関の扉を開ける――。



「かずくん! 幹久くん帰っちゃった?」


 すると、玄関を開けるとすぐそこに、あーちゃんが待っていた。

 いきなりドアップで現れるあーちゃんにちょっと驚いたものの、帰ったよと返事をするとそのまま抱きついてきたあーちゃんにそれどころでは無くなってしまう。



「ちょ、いきなり!」

「えへへ、私は今とっても嬉しいのだよ」

「う、嬉しい?」

「うん! うちの高校へ入学してきたかずくんに、良いお友達が出来た事がね」


 そう言って、普段は甘えてくるばかりのあーちゃんだけれど、いつもとは逆に俺の頭をよしよしと優しく撫でてくれるあーちゃん。

 こうしていると、やっぱりあーちゃんは年上なんだよなと実感する。

 胸元に顔が埋もれてちょっと苦しいけれど、その優しい温もりが心地よかった。



「かずくん、学校は楽しい?」

「うん……楽しいよ」

「そっか、ならよし!」


 そう言うとあーちゃんは、俺の両肩に手を置くとグイッと身体を引き離す。

 そして、俺の顔を真っすぐ見つめながら嬉しそうにニッと微笑むと、ワクワクとした表情で大きく口を開く。



「かずくん! お腹空いた!!」

「そうだね、ご飯にしよっか」


 その言葉に、俺はクスリと笑いながら答える。

 やっぱりお姉さんかなと思えば、こうして一気に子供っぽい事を言い出して幼児退行するのだ。


 そんな、相変わらずの落差が、今はいつも以上にとても愛おしく感じられてしまうのであった。



 ◇



「かずくん、何作ってるのー?」

「ん? 今日は青椒肉絲だよ」

「わぁ! 中華だぁ!」


 思えばお昼もラーメンだったけれど、元々今日は青椒肉絲にしようと買っておいた食材があるから仕方ない。

 野菜と肉を切り、調味料は出来合いのタレで炒めるだけのお手軽料理だ。

 きっと調味料を一から作った方が美味しいのだろうが、俺にはそんなスキルもなければ、家庭料理ではこれで十分なのだ。


 こうして、青椒肉絲とご飯にお味噌汁という、簡単な晩御飯の調理を終えた。



「いっただきまぁーす!」

「はい、いただきます」


 嬉しそうに、俺の作った青椒肉絲を口に運んだあーちゃんは、頬っぺたに手を当てながら美味しそうに微笑む。

 その反応に、良かった失敗してなかったと安心しつつ自分でも食べてみると、確かに我ながら美味しく出来ていた。



「かずくん! 今日も美味しいよ!」

「それはどういたしまして」

「えへへ、いつもありがとねっ」


 そう言って、パクパクと箸を進めるあーちゃんの姿に、俺は自然と笑みが零れてしまう。

 こんな風に、側にあーちゃんが居てくれる事の有難さを実感しながら――。



「かずくん? どうかした?」

「いや、なんでもないよ。――お腹空いてたんだなって思って」


 そう言って俺がいじるように笑ってみせると、あーちゃんも恥ずかしそうに笑った。


 そんな、二人きりの晩御飯。

 何も特別な事なんて無いけれど、こうしてあーちゃんが側に一緒に居てくれるだけで、ただの食事も幸せでいっぱいになってしまうのであった。


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