第9話「お弁当」
シャコシャコシャコ
今日も俺は、鏡に映った寝ぼけ眼の自分を見ながら歯を磨く。
そして、そんなぼさっとした自分の後ろには、背後霊が一人。
もう言わなくても分かるだろう、あーちゃんだ。
「歯磨きするところ見てて楽しい?」
「楽しいよーだ! うへへ」
あぁそうかい。楽しいなら何よりだ。
気にしていても仕方がないため、こうして俺は今日も監視されながらの歯磨きを終えた。
そして、これまでならばこのタイミングであーちゃんが先に家を出て行くのだが、今日はまだ出て行かない。
何故なら、今日から俺の作るお弁当を持参する約束をしているからだ。
だから歯を磨いた俺は、いつもは一つだった弁当を今日から二つ作る。
とは言っても、容器にご飯を詰めて、昨日の残り物のおかず、それからちょっとした野菜と冷凍惣菜を入れるだけの簡単なお仕事だ。
「あれ、かずくん蓋しないの?」
「ああ、すぐ閉じるとべちゃべちゃになっちゃうから、ちょっと置いておくんだよ」
「ほえー、そうなんだねー」
なんて言いながらも、自分のお弁当箱が置かれている事に喜びを隠せないでいるあーちゃん。
そんなところもまた、子供っぽくて可愛かった。
こうして弁当の用意も終え、制服に着替えたところで俺も身支度が完了する。
「じゃ、そろそろ学校行くけど」
「うん、じゃあ私はお先に出てるでありますっ!」
俺の言葉にビシッと敬礼し、それから言葉通り先に出て行くあーちゃん。
だから俺も、それから一呼吸置いて家から出る事にした。
一人いつもの通学路を歩くが、少し前に家を出たはずのあーちゃんの姿は見えない。
何故見えないのかと言えば、それは簡単。今日も俺の後ろにいるからだ。
実は昨日の晩、あーちゃんが俺の事を尾行していた話になったのだが、とりあえずもうやめてよねと伝えるとあーちゃんはそれを全力で拒んできたのだ。
あーちゃんの言い分は、少し不貞腐れながらも「別に後ろ歩くぐらいいいじゃん!」だった。
まぁたしかに、昨日はいきなり尾行されたから気になってしまったのだが、分かっていればどうという事もないよなと思えなくもなかった。
そして話し合いの末、怪しまれないように気を付けるなら別に良いという結論に至ったのである。
だからあーちゃんは今日も、俺の後ろをニコニコと嬉しそうについてくる。
その距離は三メートル程だろうか、まぁ傍から見ればただ後ろを歩いているだけに見えるはずだ。
しかし、あれだけ嬉しそうに満面の笑みを浮かべられては、気付く人は気付くんじゃないかなと思えなくもなく、そんな生徒会長だけど脇の甘いあーちゃんは今日もあーちゃんしているのであった。
こうして学校へ近付くにつれ、今日もあーちゃんは他の生徒達に挨拶をされる。
そしてあーちゃんも、そんな挨拶に完璧な振舞いで挨拶を返す。
その光景に、この人俺の尾行してるだけですよーと言いたい気持ちをぐっと堪えつつ、俺は一人先を歩いた。
「会長、おはようございます」
だがその時、あーちゃんに向けて次々とされる挨拶の声の中から、一つの声に反応して後ろを振り向く。
するとそこには、あーちゃんと同じ生徒会で副会長を務める
生徒会副会長、中西圭吾。
彼を一言で言うなら、あーちゃんが学校一の美少女ならば、彼は学校一のイケメンだ。
色白でスラリと背が高く、まるで王子様のように整ったその容姿に憧れる女子は少なくない。
だからたまに、この二人は付き合っているのではないか? という憶測まで聞こえてくる事も度々あった。
それは俺から見ても、確かに二人が並んでいるとお似合いに見えなくもなく、その事が悔しくて俺は一方的に副会長には嫌悪感を抱いていたりする。
我ながら小さいよなと自覚しつつも、どうしてもそう思ってしまう自分がいる事がまた悔しく感じられた。
「ああ、おはよう」
「そうだ会長、今日は放課後にあの件、宜しくお願いしますね。では」
「あ、ああ、そうだな。分かった」
爽やかな笑顔を浮かべながら、あーちゃんと言葉を交わし颯爽と先を行く副会長。
しかし、そんな副会長と話す際、普段は完璧に振舞うあーちゃんだけど、何故かどこかぎこちなく感じられたのであった――。
◇
「おはよう、和也!」
「ああ、おはよう幹久」
教室へ入ると、先に登校していた幹久と朝の挨拶を交わす。
そして幹久は、朝の挨拶も早々にニッと笑いながら、俺の恐れていた言葉を口にする――。
「なぁ和也、お前一人暮らしだろ? 今度家に遊びに行ってもいいか?」
ついに来たかと、俺は朝でまだ完全に起き切っていない頭を叩き起こしてフル稼働させる。
別に遊びにくるのはいい。
俺だって、せっかく一人暮らしをしているのだから友達を誘って遊んだりしたい。
しかし問題は、俺の隣の部屋にはあーちゃんが住んでおり、そしてそのあーちゃんは暇さえあればうちへと遊びに来るという点だ。
だから、べき論で言えば安全を喫してここは断るべきなのだろう。
だが、それで貴重な友達からの申し出を断ってしまって本当に良いのだろうかという迷いが生まれる。
安全を取るか、多少のリスクは負っても楽しいを取るか――。
「和也?」
「ああ、悪い。そうだな、まぁ――良いんじゃないかな」
「良いんじゃないかなって何だよ。なんかあるのか?」
「い、いいやぁ? 何もぉ?」
危ない危ない。変な言い方をしてしまった。
結局悩んだ末、俺の出した答えはオーケーだった。
きっとこの先、こういう場面はまた必ず訪れるだろうから、その都度断るのにも限界があるだろうと思えたからだ。
そして、あーちゃんは家ではあれだが、普段は才色兼備で高値の花でみんなの憧れの的の生徒会長様なのだ。
だから、事情を説明すればきっちり上手い事やってくれるに違いないから、友達が遊びに来るぐらいでどうこうなるなんてきっとただの杞憂なのだ。
こうして今週末、ついにこの学校での一番の友達である幹久がうちへと遊びに来る事になったのであった。
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