第8話「権利」

 少し色素の薄い髪をツインテールにまとめた、小柄で可愛い系の女の子。

 そんな、生徒会書記を務める宮下智子みやしたともこさんと生徒会室の前で鉢合わせてしまった。


 この学校では勿論、生徒会長の人気は絶大ではあるが、実は一部の男子からは宮下さん人気も高い。

 小柄で引っ込み思案な彼女は、所謂「守ってあげたくなる女の子」として、この学校では生徒会長に次ぐ人気だったりする。


 しかし、今はそんな話どうでもいい。

 最悪な事に、同じ生徒会のメンバーに俺が生徒会室から出てくるところを見られてしまったのである。


 宮下さんは、何故俺なんかが生徒会室から出てきたのか理由が分からないといった感じで、不思議にそうにこちらを見てくる。

 その様子から、まだこの中にあーちゃんがいる事は知らず、二人で会っていたという事にも気付いてはいない感じだった。


 ――だが、ここにいるという事はこれから生徒会室へ行くって事だよな


 だから、結局二人でいたという事はどのみちバレるのは確定的。

 つまりは、密会していた事がバレないためにも、ここでの俺の言動が全てを左右するといったところだろう。


 しかし、生徒会メンバーでなければいくらでもそれっぽい理由は付けられるが、相手が中の人では下手な言い訳も出来なかった。



「どうして、生徒会室に?」

「あ、ああ、それは――」


 何気ない感じで聞いてくる宮下さんに、俺はとりあえず返事をせねばと口を開いてみるものの、まだ上手く考えがまとまらない。


 ――ヤバイ、どうする……


 そう思っていると、ガチャリと生徒会室の扉が開かれる。

 当然、生徒会室から出てきたのは……、



「なんだ、まだいたのか」

「か、会長!」


 そう、勿論それは我が校の生徒会長である、あーちゃんだった。

 生徒会室からあーちゃんが出てきた事で、宮下さんは俺とあーちゃんを交互に見ながら驚いていた。


 そしてあーちゃんも、俺と宮下さんが向き合っているこの状況を見て、すぐに事態を察したのだろう。

 よりにもよって生徒会メンバーに見つかってしまった事に、若干面倒そうな表情を浮かべつつも、そこは流石の生徒会長だった。


 生徒会長モードで余裕のある笑みを浮かべたあーちゃんは、そのまま宮下さんの元へと歩み寄る。



「あー、すまん。伊藤くんは落とし物を届けてくれたのだよ」

「お、落とし物ですか?」

「ああ、どうやらここへ来る途中にハンカチを落としてしまっていたみたいでな。生徒会室にいる私のところまでわざわざ届けてくれたのだ」


 そう言ってあーちゃんは、俺の方を向く。

 だから俺も、その通りだと慌てて頷いて話を合わせた。


 瞬時に状況を把握し、そしてごく自然な感じでそれっぽい理由を考えれるところは、流石は生徒会長だった。

 本当は届けたのはハンカチじゃなくて千円札ですけどねと言いたいところだが、まぁ今はそれどころではないためよしとしよう。



「そうだったんですね。……なるほど、伊藤くんはやっぱりお優しいのですね」


 こうして、あーちゃんの咄嗟についた嘘を信じた宮下さんは、納得するように俺の顔を見ながら微笑んだ。



「ま、まぁそういう事なので、自分は失礼します」


 だから俺は、変なボロを出さないためにもこの隙にさっさと自分の教室へと戻る事にした。

 こうして、一時はちょっとヒヤッとしたものの、無事一件落着に終わったのであった。



 ◇



「私、気付いちゃったよ」


 家で用意した晩御飯を一緒に食べながら、あーちゃんが閃いたとばかりに口を開く。



「気付いた?」

「そう! なんで今までこんな事に気付かなかったのだろうか!」

「へぇ、そんなに凄い事なんだ」

「うん! 革命的だよ!!」


 ほう、それだけ革命的だと言うなら是非聞かせて貰おうじゃないか。



「私も、かずくんの作ったお弁当を持参すればいいのだ!! そしたら忘れる事も無いし、財布もそもそも不要になる!!」


 我ながら完璧なプランだと、ドヤ顔を浮かべながら一人満足そうに頷くあーちゃん。

 確かに、あーちゃんからしてみればプラス要素しかなく、完璧なのかもしれない。

 しかし、それを用意するのは全部俺なんだけど……。



「という事で、明日から私の分も宜しくね!」

「まぁ、一つも二つも同じだから別にいいけど……」


 よし決まり! というように、「明日から~♪ かずくんのお弁当~♪」なんて鼻歌を歌いながらすっかりご機嫌なあーちゃん。

 しかし、今日財布を忘れたのも、尾行に夢中で昼ご飯を買い忘れたのも、オマケにお昼に宮下さんに見つかってしまったのも全部あーちゃんのせいなのだが、無邪気に喜ぶあーちゃんを見ていたらそんな事もうどうでもよくなってきた。



「とはいっても、中身はおかずの残り物とかになるけどいい?」

「勿論! お昼もかずくんの手料理を食べられるって思うだけで、今からすっごく楽しみだよ!」


 別に大した弁当ではないし、もしかしたら買って食べた方が美味しいかもしれないと思い一応確認をしてみたのだが、あーちゃんは満面の笑みを浮かべながら問題ないと言ってくれた。


 それは何て言うか、これから作る上でそう言って貰えるのは普通に嬉しかった。



「じゃあ、お弁当作って貰うお返しが必要だよね」

「お返し?」

「そう! 題して、『皆憧れの生徒会長様に、毎日アーンをしてもらえる権利』だ!」


 そう言ってあーちゃんは、食卓に並ぶ唐揚げを一つ箸で摘まむと、それをそのまま俺の方へ差し出してくる。



「はい、かずくんアーン」

「え、いいよ別に」

「いいから! アーン」

「……ア、アーン」

「どう? 美味しい?」

「う、うん、まぁ……」

「良かった、可愛いね」


 俺がアーンした事がよほど嬉しかったのか、あーちゃんは優しく目を細めながら、唐揚げをモグモグしている俺の頭を優しく撫でてくる。

 こんな風に子供扱いされるのはちょっと癪だし、この唐揚げも俺が作ったものなんだけどと言いたくなってくる。

 しかしそれでも、あーちゃんは嬉しそうに俺の頭を撫で続けてくるため、仕方なくもう少しだけ撫でられてあげる事にした。



「あはは、かずくん顔真っ赤だよ?」

「……うるさい」


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