第7話「お昼ごはんとお財布」
「なぁ和也、会長ってさ、彼氏とかいるのかなぁ」
昼休み。
一緒に弁当を食べている後ろの席の幹久が、そんな疑問を投げかけてくる。
会長の彼氏……うん、ごめん。それは俺だ。
でも、その事は幹久にも言えるはずもないため、俺は嘘を付くしかなかった。
「さ、さぁ? どうなんだろうな」
「気になるよなぁ。まぁ、あれだけ美人なんだから、彼氏の一人や二人ぐらいいるよなぁ」
……いや、二人いたら困るのだが。
だが、客観的に考えると幹久の言う通りだった。
世の中、美人には美男子が近づいてくるもんだし、周りを見ても顔面偏差値の高い人達は大体彼氏彼女がいるのだ。
そう考えてみると、やっぱり世の中バランス取れてるのかもなと思えてくる。
だからこそ身近でバランスが取れていないのは、俺とあーちゃん、そしてイケメンなのに現在もフリーな幹久ぐらいなもんだ。
「幹久は、会長と付き合いたいのか?」
とりあえず俺は、一番大事な事を確認する。
友達が恋のライバルかどうかは、一応確認しておきたかったのだ。
「いや、そりゃ近付けたら良いなって思うけど、俺には無理だよ」
「そ、そんなにか?」
「そんなにだよ。むしろ和也よ、あの美人を前にしてそう思えないお前こそ大丈夫か?」
どんだけ大物だよと笑う幹久。
そんな幹久の言葉に、俺は改めて自分の彼女がどんな存在なのかという事を痛感する。
――そうか、感覚ずれてるのは俺の方か
普段のあーちゃんに慣れ過ぎていて、すっかり自分の感覚がずれてしまっていたようだ。
だからこそ、やっぱり登下校含め学校での身の振り方は気を付けないとだよなと気を引き締めた。
すると、机に置いていた自分のスマホが振動する。
何だろうと思い確認すると、それはたった今話をしていたあーちゃんからのメッセージの通知だった。
『どうしようかずくん! お財布忘れちゃった!』
それは、確かに緊急事態のメッセージだった。
普段あーちゃんは、菓子パンを通学途中にあるコンビニで買っていくはずなのだが、きっと今日は俺の尾行に夢中で忘れてしまったのだろう。
勿論学校にも売店はあるから忘れたらそこで買えばいいのだが、財布まで忘れてしまっているのではどうしようもなかった。
実はこういうミスは少なくなく、俺からしてみれば今日もあーちゃんがあーちゃんしてるという感覚なのだが、きっとこの感覚も皆からしてみればズレているのだろう。
『誰か友達にお金借りられないの?』
『金銭の貸し借りは駄目だ! そして、誰かに借りも作りたくない!』
『じゃあ、どうするの?』
『かずくん、お金貸してぇ』
たった今、金銭の貸し借りは駄目だと言っていませんでした? とツッコミたくなるが、俺ならセーフなのだろう。
まぁ、忙しい生徒会長のお昼を抜きにするのは確かに可哀そうだった。
文末には泣き顔の顔文字が付けられており、その絵文字から今どんな表情をしているのかなんとなく想像がついて笑えて来てしまう。
『分かったよ。どうやって渡す?』
『ありがとう! 考えがあります!』
それから送られてきたあーちゃんの考えは、流石は生徒会長といった感じで完璧にも思えたため、言われた通りその作戦に従う事にした。
「悪い幹久、ちょっと野暮用が出来たから行ってくる」
「ん? ああ、分かった」
こうして教室から出た俺は、あーちゃんの作戦に沿って行動を開始したのであった。
◇
トントンと部屋をノックすると、「入っていい」と聞こえてきたため、その言葉に応じて部屋の扉を開ける。
「失礼しまーす」
そして部屋の扉を開けると、そこには木製の大き目な机に美少女が一人座っていた。
その綺麗な黒髪は、窓から差す陽の光に照らされキラキラと輝きを放ち、そして白く透き通った肌に整った目鼻筋は、まるで彫刻のように美しい。
「かずくん、ありがとう!」
そしてその美少女は、入ってきたのが俺だと分かると途端に嬉しそうに微笑みながら立ち上がる。
そう、今やってきたのは生徒会室で、そんな生徒会室で一人待っていたのは、先程俺にSOSを送ってきたあーちゃんである。
人目が付かないところと考えた場合、この学校内に絶対に安全と言える場所なんてどこにもなかった。
だが、ここ生徒会室ならば、あーちゃんがいるのは自然な事だし、仮に見られても生徒会長と用事があってやって来ている一般生徒という構図でしかないのだ。
灯台下暗しとは、まさにこの事だろう。
だが、それでも他の生徒会の面子などに見つからない保証もないため、見られないに越したことはないため俺はさっさと要件を済ませる事にした。
「はい、じゃあ千円ね」
「ありがとうかずくぅん!」
財布から千円札を渡すと、これで助かったとばかりに喜ぶあーちゃん。
生徒会長が人からお金を受け取り、こんな風に大喜びする場面なんてやっぱり人には見せられるはずもなかった。
「じゃ、誰かに見られるとアレだし、俺は行くよ。あーちゃんも、売り切れないうちに買っておいで」
「むぅ、かずくん冷たいなぁ。せっかく学校でお話出来てるのにぃー」
俺の言う通りだと頭では分かっているだろうが、もうちょっと一緒にいたそうにするあーちゃん。
唇を尖らせながら文句を言う姿は、ちょっと可愛かった。
「はいはい、続きはまた帰ったらね」
「続きは帰ったら……むふふ、そうだね、帰ったらね」
「へ、変な解釈しないでよ? じゃあ、俺はもう行くね」
「はーい! うへへ」
こうして、何やら含みのある変な笑みを浮かべるあーちゃんは放っておいて、俺は生徒会室をあとにした。
まぁとりあえず、無事何事もなく済んだなと胸を撫で下ろしつつ、生徒会室の扉を閉め廊下を歩き出す。
「……え? 伊藤くん?」
しかし、そんな俺にいきなり声がかけられる。
その声は少し驚いているようで、そして女性の声だった。
「……宮下、さん」
振り返るとそこには、あーちゃんと同じ生徒会で書記を務める宮下さんの姿があった。
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