第6話「やっぱり一緒に登校したい?」

 シャコシャコシャコシャコ。


 今日も学校へ行く身支度のため、寝ぼけ眼で鏡に映った自分をぼーっと見ながら歯を磨く。

 そして今日も、そんな歯を磨く俺の背後には美少女が一人映り込む。


 それは勿論、我が校の生徒会長にして、お隣さんで幼馴染で、そして自分の彼女でもあるあーちゃんだ。

 いつも先に身支度を済ませたあーちゃんは、こっちの家へやってきては俺を起こすと共に、こうして朝の身支度をする俺の事をじっくり観察していくのである。


 だから今日も今日とて、鏡越しに歯を磨く俺の事をじーっと見てくるあーちゃんは、何故だかそれだけで幸せそうにしているのであった。


「今日は生徒会いいの?」

「今日は何も無いから、普通に登校するだけですー!」


 俺が問いかけると、嬉しそうに今日は何もないというあーちゃん。

 だから今日は急ぐ必要もないのだと、何故か勝ち誇ったような表情を浮かべる。


「でも、一緒に登校は出来ないからね?」

「ふふん、分かってるよー」


 そうは言っても一緒に登校はできないと一応念を押してみると、今日は意外にもすんなりと受け入れてくれた。

 だが、その表情は完全に何か企んでいるそれで、一体今度は何を企んでいるのか物凄く気になってしまう。


 そんなこんなで、俺が支度を済ませたタイミングで、あーちゃんは先に家から出て行く。


「じゃ、かずくん! 先に行ってるね!」

「ああ、うん。気を付けてね」


 ……何だろう、どこか頭でもぶつけたのだろうか。

 まるで別人のように、やけに今日は聞き分けの良すぎるあーちゃんは、そう言って手を振り学校へと向かって行ってしまったのであった。


 そんなあーちゃんの様子に、逆に俺の方が心配になってきてしまう。

 これがあるべき形だというのに、何故かそれで不安にあるという矛盾……。


 それだけ俺自身、あーちゃんが一緒に学校へ行きたがるのが当たり前になっていたのだ。


 口ではいつもノーと言ってるくせに、無いなら無いで寂しくなってしまっている自分が笑えてくる。

 とは言いつつも、一緒に登校することは出来ないという結論があるため、あーちゃんを見習って俺も気持ちを入れ替えて家を出たのであった。



 ◇



 家を出ると、今日も朝日が降り注いでくる。

 眩しい日差しは初夏を感じさせ、季節の移り変わりを実感させられる。


 そんな晴れやかな一日の始まり、俺はいつも通り通学路を歩く。

 ちなみに現在一人暮らしをしていることもあり、通っている高校の比較的近くに住んでいるため、家からは徒歩で通学をしている。

 だからこそ、家を出ればそこはもう学校の側であり、一体どこに同じ学校の生徒の目があるかも分からないため、こうしてあーちゃんとは別々で登校しなければならないのであった。


 そんな、いつもの通学路を一人で歩いていると、何やら違和感を感じる。


 ――なんだろう、なんか見られてるような……?


 そう思い、俺は恐る恐る背後を振り返る。

 するとそこには、同じく登校している他の生徒達の姿があった。


 なんだ、思い違いか――なんて、俺はそんなに鈍感ではない。

 そんな生徒達に紛れて、よく見ると我が校の生徒会長様が隠れるように後ろを歩いていた。


 先に家を出たはずのあーちゃんが、どうして後ろを歩いているのだろうか。

 その謎を考えるうちに、何故今日のあーちゃんがあそこまで聞き分けが良かったのか察しがついてしまう。


 点と点が、線に繋がるとはまさにこのことだ。

 つまりは、先に家を出たはずのあーちゃんは、どこかに隠れて俺が出てくるのを待っていたのだろう。


 そしてあーちゃんは、一人歩く俺のあとをつけることで距離こそ離れているが、強引に一緒の登校を実現させているのであった。

 そんなあーちゃんの魂胆に気付いた俺は、堪え切れず吹き出してしまう。


 本当に俺の彼女は、考えが大胆というか何というか、学校での姿からは想像も出来ないようなことをしてくれる。


 だが、本人は良い作戦だと思っているのだろうが、その作戦には大きな欠陥があった。

 それは、隠れている本人が学校一の有名人だという点だ。


 憧れの生徒会長が一人歩いていれば、我が校の生徒達がそれを放っておくはずもなく、学校に近付くにつれすれ違う人々に次から次へと挨拶をされてしまっているのであった。


 その結果、俺の後ろを歩いていることは丸分かりとなり、最早尾行もクソもなくなってしまう。

 そんな、秘密裏に行動していたことが完全にバレてしまった我らが生徒会長様は、少し引きつった笑みを浮かべながらも挨拶してくる生徒達への対応に追われているのであった。


 ――もう、仕方ないな。


 だから俺は、そっと歩くペースを遅くする。

 その結果、後ろを歩くあーちゃんとの距離は徐々に縮まっていく。


 あーちゃんもあーちゃんで、生徒達に注目を浴びている状態での変な行動はとれないため、徐々に俺達の距離が近付いていく。


 そして後ろを振り返ると、すぐ近くに気まずそうな表情を浮かべるあーちゃんの姿があった。


 きっと、俺に尾行していたことがバレたのを不味いとでも思っているのだろう。

 まさかこの高嶺の花である生徒会長様が、そんな下らないことに怯えているなんて誰も思わないだろうなと思うと、やっぱり笑えてきてしまう。


 そして俺は、近づいたあーちゃんの方を振り向くと、ニッコリと笑ってみせる。



「あ、おはようございます会長」



 俺は元気よく、あーちゃんに挨拶をする。

 そんな俺からの挨拶は、きっとあーちゃん的に予想外だったのだろう。


 驚いてポカンと口を開けるあーちゃんだったが、すぐに嬉しさが勝ったのだろう。



「う、うむ! おはよう!!」


 他の誰に向けるよりも飛び切りの笑顔で、朝の挨拶を返してくれるのであった。


 初夏を感じさせる木漏れ日に照らされた、その向日葵のように弾ける笑顔を前に、俺はただただ見惚れてしまうのであった。



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