第5話「電話」
「かずく~ん、アイス食べたぁ~い」
カレーを食べ終え、当然のように俺のベッドで横になっていたあーちゃんは、足をパタパタとさせながらそんな我儘を口にする。
勝負に負けたことなんてもうどうでもいいようで、今日も今日とて全力で甘えてくるあーちゃん。
どっちが年上かと思いつつ、仕方なくカップのバニラアイスを取ってきてあげると、あーちゃんは嬉しそうにそのアイスを食べ出す。
そんな緩み切った姿を見ていると、どうしてもこのゆるキャラが我が校の生徒会長だとは結び付かなくなってくるのだが、それでも確かにこのゆるキャラは篠宮亜理紗その人なのである。
今も冷たいものを慌てて食べてしまったせいで、頭を押さえながら変な声をあげつつ悶えているのだが、それでも本当に本人ったら本人なのである。
プルルルルル――。
すると、そんなキーンとする頭を押さえながら、うーうーと悶えているあーちゃんのスマホが鳴り出す。
物凄く鬱陶しそうな表情を浮かべながらもスマホを確認したあーちゃんは、俺の家だけれどそのまま普通にその電話に出る。
「篠宮だ。どうした? ――ああ、その件か。すまないが、今は取り込んでいるので明日確認する」
電話に出たあーちゃんは、一瞬にして生徒会長モードに切り替わっており、恐らく今の電話は生徒会の誰かからの電話なのだろう。
さっきまで頭をキーンとさせて悶えていたのに、この身代わりの速さである。
そんな温度差のあり過ぎるあーちゃんが面白くて、つい笑いが込み上げてきてしまう。
だがそれと同時に、電話の向こうの相手は一体誰なのかと、少しだけ気になってしまっている自分もいた。
……いいや、正確には相手が誰かというより、相手が男か否か気になってしまっているのだ。
これまで俺は、相手を束縛するようなタイプではないと思っていた。
けれど、いざこうして自分の彼女が他の男の人と電話をしているのかもしれないと思うだけで、小さなジェラシーが湧いてきてしまっているのだ。
そんな自分の小ささを感じつつも、よく言えばこれも好きが故の反応。
しかし、生徒会長として頑張っているあーちゃんに対して、こんな感情を向けるのは良くないことぐらい自分でも分かっている。
だから俺は、そんな誰としているのかも分からない会話をそれ以上聞かないようにするためにも、洗い物でも済ませることにした。
「――ああ、承知した。すまないが、よろしく頼む。では」
漏れ聞こえてくる声。
思ったより話が立て込んでいたようだが、どうやら電話も終わったようだ。
電話を切ったあーちゃんは、それはもう鬱陶しそうに「ぷへぇ」と変な声とともに溜め息をつく。
そして、電話中食べられず溶けかかってしまったアイスを見ながら、とても悲しそうな表情を浮かべるのであった。
丁度こっちも洗い物が終わったところだから、そんな悲しそうなあーちゃんに声をかける。
「電話大丈夫だった? アイス溶けちゃったね」
「うん、中々話を切り上げさせて貰えなくてアイス溶けちゃったよぉ……」
ムスッとしながら、溶けたアイスの恨みをぼやくあーちゃん。
しかし俺は、そんなあーちゃんには悪いけれど、やっぱりどうしても今の電話の相手の事が気になってしまう。
「……相手は、副会長?」
「ううん、書記の宮下さんだよ」
さり気なくそんな質問をすると、不思議そうに首を傾げつつも相手は書記の宮下さんだと教えてくれた。
ちなみに宮下さんとは、俺と同じ一年生で今朝挨拶をしてくれた女の子だ。
ついでに副会長は、あーちゃんと同じ三年生の男子。
だから今の電話が副会長ではなく、宮下さんからの電話だと確認出来ただけで、ホッとしてしまっている自分がいるのであった。
しかし、ここで問題が起きる。
アイスを食べているだけのゆるキャラと見せかけて、相手は我が校の生徒会長様。
その
「え? かずくん、今の電話を副会長からだと思ってたの?」
そして、完全に俺の図星を突いてくるあーちゃん。
そんなあーちゃんの言葉に、ドキリとさせられながらも俺は誤魔化すため慌てて返事をする。
「いや、べ、別に意味があるわけじゃないんだけど」
「なーに? ちょっとかずくん、必死になってない?」
完全に主導権を握ったと思っているのだろう。
楽しそうにあーちゃんは、俺のことをからかってくる。
「……いや、別に必死じゃないし」
「そっかそっか、かずくん嫉妬しちゃったかー」
何を言っても後の祭り……。
それはもう楽しそうににんやりとした笑みを浮かべながら、全く聞く耳を持たないあーちゃん。
やっぱり今日の戦いのことを根に持っているのだろうか、ここぞとばかりにマウントを取りにくるのであった。
「まぁそうだよね、私、全校生徒の憧れの的だからなぁー」
「いや、それ自分で言っちゃう?」
「ふふん! 自分が他人にどう見られているかぐらい、自分が一番分かっているのだよ!」
そんなに鈍感じゃないと胸を張るあーちゃん。
その言葉に俺は、何も言い返すことが出来なかった。
みんな憧れの生徒会長、それこそが篠宮亜理紗なのだから。
「あ、でももしかしたらさっきの電話、副会長だったかもなぁー」
だが、そのまま終わってくれれば良かったものの、完全に調子付いたあーちゃん。
ここぞとばかりに、尚も俺に事を煽ろうとしてくる。
しかし、今の言葉は完全に蛇足だ。
俺は完全に調子づいたあーちゃんに、一言だけ返すことにした。
「あー、うん。そういえば俺も、クラスの子と話があったからちょっと電話してこようかな」
「え!? な、なんで? ここじゃ出来ないの?」
完全に意表を突かれた様子のあーちゃんは、さっきまで調子付いていたのが嘘のように、物凄く不安そうな顔を向けてくる。
「まぁ、うん。ごめん、ちょっと電話してくるよ」
そう言って俺は、言葉をわざとはぐらかしながらスマホを手にする。
すると、そんな俺の腕をあーちゃんは慌てて掴んでくる。
そして、それはもう悲しそうな表情を浮かべながら、うるうるとした瞳で俺の顔をじっと見つめてくる。
「……やだ」
「でも、今あーちゃんが副会長と電話してたのと同じだと思うけど?」
そんな俺のマジレスに、ぐうの音が出なくなったあーちゃんへ完全にブーメランが刺さってしまう。
「さっきのは嘘だからぁ! かずくんが他の子と秘密の話するのはやだよぉ!」
そして、困ったあーちゃんは詫びると共に咽び泣きながら、俺を行かせまいと全力で抱きついてくるのであった。
だから俺は、そんな不安そうにしながらも必死に引き留めてくるあーちゃんの頭を、優しくよしよしと撫でてあげる。
「……俺も嘘だよ。ごめん、ちょっとした仕返し」
「ほ、本当……?」
「本当だよ、でもこれで、今の嘘は駄目だって分かった?」
「はい……反省しますぅ」
安心させるように笑って答えると、しゅんと項垂れながらごめんなさいをするあーちゃん。
うん、反省できたのならよし。
そんなわけで、人の嫉妬を煽った結果、それ以上に嫉妬してしまう羽目になってしまったあーちゃんなのでした。
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