第4話「勝負と結末とカレー」

 生徒会長モードになったあーちゃんと、テーブルを挟み向かい合って座る。

 完全に負ける気のない様子のあーちゃんは、それはもう自信に溢れた笑みを浮かべている。


 きっと、たかが三分とでも思っているのだろう。


 されど三分――。

 やはりあーちゃんは、自分がどんな人間なのかをいまいち自覚出来てはいないようだった。


 だから俺は、とりあえずジャブ代わりにその顔を黙ってじっと見つめてみることにした。

 すると、完全に臨戦態勢のあーちゃんも、受けて立つとばかりにこちらを見つめ返してくる。


 やはりその表情には自信が溢れているのだが、既に目と目を合わす事に嬉しさが滲み出てしまっており、少し口角が上がっているのが見て取れた。


 ――さて、あとはどうしようかな。


 本人は全く自覚がないのだろうが、既にリーチ状態のあーちゃん。

 本当にチョロい。チョロすぎる――。


 学校では、誰もが憧れる完璧な生徒会長なだけに、まさかこんなにもチョロいだなんて誰も思いやしないだろう。


 そんなあーちゃんに笑いを必死に堪えていると、逆にあーちゃんの方から余裕に満ちた笑みを浮かべつつ俺のことを挑発してくる。


「どうしたのだ? こんなもんか? ふん、やはり余裕だったな。だから言っただろう、私は最強の――」

「うん、そんなところもすっごく可愛いよね」

「せい、と――か、かぁいい!?」


 自信満々に余裕を豪語するあーちゃんの言葉を遮るように、俺は感じたままを口にしてみる。

 すると、それはもう楽勝といった感じで話していたあーちゃんだったが、俺の言葉に反応したかと思うと、そのままポンッと赤面する。


「そうだね、可愛いと思うよ」

「そ、そうかな!? 私、か、かぁいい?」

「うん、かぁいいよ」

「そ、そっか! えへへへ」


 赤面しながらも、俺が再びかぁいいと伝えると、それは嬉しそうにふやけた表情に変わるあーちゃん。

 その表情には、もはや生徒会長の「せ」の字も無くなってしまっているのであった。


「とりあえず、一ついいかな?」

「うん、なぁにかずくん? うへへ」

「まだ、一分ちょっとしか経ってないよ?」

「あっ……」


 そして、俺の言葉でようやく、自分が呆気なく勝負に敗北した事に気付くあーちゃんなのであった。



 ◇



「違うの! さっきのはちょっとした間違いだからぁ!」

「分かったから、カレー冷めちゃうよ?」


 無事、華麗に敗北した我らが生徒会長は、それはもう不満そうに先程の敗北を認めなかった。

 しかし、俺からしてみればあまりにも分かり切っていた結末なだけに、そんな風に一生懸命訴えかけてくるところも可愛いなと思いつつ、今日もポンコツなあーちゃんを楽しんでいた。


 俺が冷めるよと言うと、そうだったと好物のカレーに集中しちゃうところも、何とも子供っぽいというか何というか、多分これ程までに一緒にいて飽きない相手は早々見つからないだろうなと思える程、本当に見ていて飽きない。


 だからこそ、やっぱりこんなあーちゃんが自分の幼馴染で、そして今では彼女として近くにいてくれる事が嬉しかった。


 俺だって分かっているのだ。

 本来あーちゃんは、自分なんかでは手の届かないような、皆の言う通り特別で高嶺の花な存在であるという事を。

 ただ幼馴染だから、こんなにも近い距離で接していられるというアドバンテージが俺にあったというだけで、そうじゃなかったらきっとこんな関係にもなれていない。


 そう思えるからこそ、普段はあしらうような態度は取るものの、俺はあーちゃんの事をとても大切に思っている。

 ぶつくさと文句を言いながらも、美味しそうにカレーを頬張るあーちゃんの事が愛しくて堪らないのであった。


「かずくん! おかわり!」

「はいはい。じゃあ、さっきの負けを認めるならよそってくるけど?」

「ぐぬぬ……分かった、今日のところは負けを認めようじゃないか」

「はい、良く言えました」


 不服そうにしつつも、好物のカレーの前ではあまりにも無力だったあーちゃんは、こうしてようやく負けを認めたのであった。

 そんなあーちゃんも可愛すぎて、相手は年上だけれど堪らなく愛おしくなってしまった俺は、思わずその頭をよしよしと撫でてしまう。

 すると、最初はやっぱり不服なのか少し不満そうな表情を浮かべていたものの、すぐにその表情には喜びが溢れ出し、ニコニコと微笑むあーちゃん。


 だから俺は、そのまま暫くあーちゃんの頭を撫で続ける事にした。

 皆の憧れの生徒会長のこんな表情を、自分だけが独占している優越感を感じながら――。


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