第3話「移動教室」
「おい和也、見ろよ。会長だ」
休み時間。
俺は幹久と他愛のない会話を楽しんでいたのだが、その言葉に廊下を振り向くと、生徒会長であるあーちゃんとその友達数人が廊下を歩いていた。
移動教室か何かだろうか?
上級生が廊下を歩いているだけでも目立つのだが、それが学校一の有名人ともなれば注目度は絶大だった。
幹久もクラスメイト達も、生徒会長の歩く姿にその目を奪われてしまっているのが分かった。
だが、すぐに俺はあることに気付いてしまう。
それは、間違いなくあーちゃんはわざとうちの教室の前を歩いているということに――。
その証拠に、たまたま通りかかっているように見せかけつつも、あーちゃんは俺の姿を確実に横目で捉えており、こっちをガン見してきているからだ。
その姿はぎこちないというかちょっと挙動不審で、周囲にバレてはいないのが不思議なぐらいギリギリだった。
「やっぱり、今日も美しいなぁ……」
「まぁ、そうだな……」
幹久の言う通り、こうして見ていると本当に美人だと思う。
けれど俺としては、こうしてわざわざうちの教室の前を選んで顔を見せるあーちゃんの可愛さの方が勝っているのだ。
まぁとりあえず、こうしてお互いに目を合わせているのは周囲に怪しまれる可能性があるため、俺はガン見してくるあーちゃんから目を逸らす。
しかし、その選択がまた失敗だったようだ――。
「か、会長!?」
驚く幹久やクラスメイトの声に、俺も再びあーちゃんの方へ目を向ける。
するとそこには、教室の扉のところで腕を組みながら、仁王立ちをするあーちゃんの姿があった。
そしてその視線は、完全にこちらへと向けられている。
――あ、あーちゃん!?
「諸君、おはよう」
そしてあーちゃんは、何をするのかと思えばうちのクラスのみんなに朝の挨拶をしてくる。
その姿は今日も凛々しく、そして神々しさみたいなものまで感じられる程美しい。
結果、クラスメイト達は全員突然現れたあーちゃんの姿に釘付けになっていた。
本当に、生徒会長モードのあーちゃんは非の打ちどころがなく、それだけに普段との落差が凄すぎて思わず笑えてきてしまう。
――いや、生徒会長モードでもポンコツは健在かも。
完全にノープランだったのだろう。
きっと、俺がこのクラスにいるから朝の挨拶で割り込んでみたものの、その先の事など何も考えてなどいないといった様子だった。
傍目には分からないだろうが、長年の付き合いをしている俺の目には、しっかりとあーちゃんの焦りの色が見えたのであった。
そんな、やっぱり俺の事になるとポンコツ化してしまうあーちゃんのため、仕方なく俺は助け船を出す事にした。
「あー、そろそろ次の授業始まるね。会長も、移動教室の途中だったのでは?」
「あ、ああ! そうだったな! では諸君、今日も勉学に励むのだぞ! 失礼する!」
俺の言葉に慌てて返事をすると、そのままくるりと踵を返し、その綺麗な黒髪を靡かせながら教室から去っていくあーちゃん。
そんなあーちゃんの姿に、教室のどこからともなく「わぁ……」という感嘆の声まで漏れ出ていた。
こうして、無事皆にはバレる事なく、なんとか生徒会長の威厳は保たれたのであった。
しかし俺は見逃さなかった。
俺が声を発したその時、一瞬見せた生徒会長様の緩みきった嬉しそうな表情を――。
◇
ピンポーン! ドンドンドン!
家の呼び鈴と共に、戸を叩かれる音がする。
そんな、さながら借金の取り立てのようにやってきたのは、勿論隣に住んでいるあーちゃんだった。
「もう、だから戸は叩かなくても……」
「かーずくぅーん!!」
文句と共に家の扉を開けると、勢いよく飛びついてくるあーちゃん。
それはまるで、学校では触れる事が出来なかった分を取り返すようで、まぁそんなところは素直に可愛いため、俺も今日はしっかりとその身を受け止める。
「いきなり飛びついたら危ないよ」
「はーい!」
元気一杯に返事をしつつも、嬉しそうにスリスリと自分の頬を擦り付けてくるあーちゃんに実家の飼い犬を思い出す。
――多分分かってないな、これ。
そんな、学校とはやはり180度違う生徒会長様の事を受け止めつつ、俺はとりあえず部屋へと招き入れる事にした。
「今日は約束通りカレーにしたからね」
「うん! 匂いで分かる!」
「じゃあ座って待ってて」
「はーい!」
今日もご機嫌なあーちゃんは、そう言って最早定位置である席へと座る。
ちなみにその定位置とは、テーブルを挟んで一番テレビが観やすいポジションで、完全にこの部屋においての特等席ってやつだった。
「そうだ、かずくん? 今朝はどうして避けたのかな?」
そしてあーちゃんは、思い出したように早速今朝の事を聞いてくる。
振り向けばそこには、さっきまでのにこやかなあーちゃんではなく、何かを勘繰るような視線を向けてくるあーちゃんの姿があった。
「だってあーちゃん、俺の前だとすぐ取り乱したりしちゃうでしょ」
だから俺は、よそったカレーをテーブルに並べながら素直に理由を伝える。
あーちゃんがしっかり生徒会長モードを突き通せるなら、俺だって別に避けたりなんてしないのだ。
「と、取り乱さないし! 私、これでも最強の生徒会長だよ!?」
一切の迷いなく自らを最強と言い出したのはともかく、そうまで言うならこっちもその最強を試してみる事にした。
「じゃあ今から三分間、その最強の生徒会長のままでいられたら認めるよ」
「三分? ――ふん、誰にものを言ってるのだ。余裕だ」
俺の提案に、あーちゃんは生徒会長モードに切り替えて余裕の返答をする。
一度髪をかき上げると、完全に勝ち誇った表情でこっちをじっと見返してくる。
その姿はやはり美しく、試す側の俺の方が吸い込まれてしまいそうになってしまう程だ。
けれどここは、あーちゃんの自覚を促す場面だからとぐっと堪える。
「じゃあ今から三分ね、用意スタート」
「望むところだっ!」
こうして俺とあーちゃんの、恐らく世界一下らないであろう戦いの火蓋が切られたのであった――。
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