第2話「一緒に登校したい」
「嫌だ! 一緒に学校行きたい!!」
寝ぼけ眼で歯を磨いていると、後ろで駄々をこねる美少女が一人――。
それは勿論、我が校の生徒会長にして、俺の幼馴染でもあり、そして今では彼女でもある篠宮亜理紗ことあーちゃんだった。
既に制服を着ているあーちゃんは、歯を磨く俺のパジャマの裾をぎゅっと掴みながら、物凄く不満そうな表情で俺と一緒に登校したいと訴えかけてくる。
しかし、まだ登校するにはいくらなんでも時間が早すぎるし、そもそも学校ではこの関係は秘密にしている以上、そんな事が出来るはずもなかった。
「駄目なのは分かるでしょ? ほら、生徒会の仕事に遅れちゃうよ」
「じゃあもう、生徒会やめる!」
「……駄目です。皆、あーちゃんの事待ってるんじゃないかな?」
「別にいいもん! 副会長とかいるし!」
「いや、会長がそんな事言っちゃ不味いんじゃないかな……」
「むー!」
俺が適当にあしらっていると、あーちゃんは更に不機嫌そうな表情を浮かべる。
しかし、そんな顔をしても駄目なものは駄目なのである。
「かずくんの薄情者……」
「いや、そう言われてもさ。俺だって、本当は一緒に登校したいと思ってるよ?」
「じゃあ!!」
「でもダメでしょ?」
「……むぅ、分かったよ……。じゃあ、一人で学校行ってくる……」
頭では当然分かっているのだろうが、本当に嫌なのだろう。
完全に不貞腐れてしまったあーちゃん。
だから俺は、やれやれとそんなあーちゃんに交換条件を持ち出す。
「……そんなに拗ねないでよ。じゃあ、今晩はあーちゃんの食べたいもの作るからさ」
困った時は、食べ物で釣る。
まぁ心なしか、俺が一方的に損しているだけな気がしなくもないが、これで可愛いあーちゃんの機嫌が直るなら安いものだと、そんな提案を投げかけてみる。
すると、さっきまで完全に膨れていたあーちゃんの表情は、途端に満面の笑みへと変わっていく。
「本当に!? じゃあ、カレーがいい!!」
そして両手を挙げたあーちゃんは、そう言って嬉しそうに抱きついてくるのであった。
すっかりご機嫌な様子で、嬉しそうにその頬をスリスリと背中にこすりつけてくる。
「またカレー? 週末もカレーだったでしょ?」
「かずくんのカレーなら、毎日でもいーよ!」
「それは俺がよくないんだけど……まぁ、分かったよ」
毎日カレーは流石にしんどい。
けれど、こんな風に自分の作った料理を好きでいてくれているのは、素直に嬉しいことである。
だからまぁ、こんなに喜んでくれるなら週三ぐらいならカレーでもいいかなと思いつつ、そんなあーちゃんの可愛いお願い事を聞いてあげることにした。
こうして今日も、無事あーちゃんは先に学校へと向かってくれたのであった。
◇
あーちゃんに遅れて、俺も学校へ向かうため家を出る。
今日も天気が良く、朝から気持ちが良い一日が始まる。
そして、校門の前へ差し掛かったところで、挨拶活動をする生徒会の面々の姿に気が付く。
――なるほど、今日は挨拶活動だったのか。
そんな事を思いつつ、俺は他の登校する生徒達に紛れて校門へと向かう。
「会長! おはようございます!」
「うむ、おはよう。今日も良い天気だな」
「キャー!!」
今日も今日とて会長人気は絶大で、通り過ぎる生徒の多くはそんな会長の姿に見惚れているのが分かった。
勇気を出して会長へ挨拶をする一年生の女の子の集団に至っては、一言返事をして貰えただけでぴょんぴょんと飛び跳ねながら大喜びしていた。
才色兼備で高嶺の花。
そして、皆の憧れの的である生徒会長様は今日も凛として美しく、誰が見ても特別な存在。
ただ、そんな特別な存在も、どうにも俺を前にするとポンコツ化して駄目人間になるようなので、ここはあーちゃんのためにも敢えてあーちゃんのいない側をそっと歩く事にした。
「お、おはようございます!」
「あ、はい、おはようございます」
すると、たまたま俺に気が付いた書記の女の子が朝の挨拶をしてくれたため、俺も挨拶を返す。
あまりこういう挨拶とかには慣れていないのだろうか、その顔は恥ずかしそうに真っ赤に染まっていてちょっと可愛かった。
だが、それがどうやら不味かったようだ。
こうして、あーちゃんから離れているところを歩いている事。
そして恐らく、自分ではなく別の人と挨拶を交わした事が不満なのだろう。
視線を感じて振り向くと、そこには顔にこそ出さないが、不満の込められた視線をレーザービームのように向けてくる生徒会長様の姿があった。
なにこれ、こわい。
美少女の眼力、恐るべし――。
その視線に怯えつつも、ここで家でいる時のノリで直接会話をするわけにもいかないため、俺はそんなあーちゃんの視線に気付いていないフリをしつつ、そのまま逃げるように教室へと急いだ。
その結果、朝のホームルーム中にあーちゃんからの長文のクレームメッセージがスマホに届いたため、ホームルーム中にスマホをいじる生徒会長に呆れつつも、俺は素直に平謝りを返すのであった。
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