うちの生徒会長は、才色兼備で高嶺の花でみんなの憧れの的なのは分かる、分かるけど……
こりんさん@コミカライズ2巻5/9発売
第1話「生徒会長」
いつもと変わらない朝。
いつも通り目を覚ました俺は、いつも通り身支度を済ませると高校へと向かう。
訳あって、今は高校入学と同時に一人暮らしをしているのだが、入学して一ヵ月近く経った今ではそんな新生活にも大分慣れてきた。
そんな、高校生で一人暮らしというちょっと特殊な環境ではあるものの、それ以外は至って普通の高校一年生である俺は、普通の高校生らしく普通に高校生活を送っている。
それに、高校生のうちから一人暮らしをしているのは珍しいとは思うが、同じ高校で一人暮らしをしているのは俺に限った話でもないのだ――。
「おっ! おはよう
「ああ、おはよう
学校の校門をくぐったところで、同じクラスの幹久に声をかけられる。
俺の名前が
漢字こそ違うが、同じ苗字って事で入学初日から意気投合した、今ではこの高校へきて一番の親友だ。
中肉中背の俺と違い、筋肉質で背が高く、少し日焼けしたいかにも陽キャな見た目をした幹久は、俺と違って女子からの人気も高い。
でもそれはきっと、幹久のその見た目以上に、クラスメイトと会えばこうして明るく挨拶をしてくれるし、誰とでも分け隔てなく接してくれる明るい性格をしているからこそなのだろう。
顔が良いだけで、無条件にモテる奴なんて多分存在しないのだ。
だから俺も、そんな幹久と仲良くなれたのは本当に良かったと思っている。
俺自身、中学までの自分と比べて随分と明るい性格になれたのは、やっぱり幹久と仲良くなれたおかげだと思っている。
……まぁ、他にも要因はあるのだけれど。
「今日は全校集会だっけ? 朝からだるいよなぁ」
「まぁな、寝てればよくないか?」
「まぁそれもそうなんだけどさ、眠ってあの方を見逃すわけにもいかないだろ?」
「あはは、それもそうか」
両手で自分の目をひん剥いて、謎の絶対に観るぞアピールをする幹久。
そんな幹久に笑ってしまいつつも、今日もいつも通り一日が始まろうとしているのであった。
◇
「では次に、生徒会長挨拶」
「はい」
体育館での全校集会。
終わりも近付いてきた頃、司会の教頭先生に呼ばれた生徒会長がゆっくりと檀上へ上がる。
すると、それまでずっと退屈そうにしていた全校生徒の注目が、一斉に檀上の方へと集まる。
「おはよう、諸君。生徒会長の
そして、檀上の生徒会長が朝の挨拶をするだけで、体育館の空気が一変する。
その理由は、言うまでもない。
この生徒会長の持つ威厳、そして彼女の特別さからくるものだった――。
何が特別かなんて、言うまでもない。
うちの高校の生徒会長は、とにかく美しいことで有名なのだ。
サラサラとした黒の長髪は、いつもキラキラと輝きを放っているように眩しく、透き通るような白い肌にはっきりとした目鼻筋。
スラリと伸びた細い足が特徴的なそのルックスは完璧で、この高校に彼女と匹敵するような生徒は誰一人としていないと言われている。
そんな、才色兼備の高嶺の花。
完璧を絵に描いたような、全校生徒の憧れの的。
それこそが我が校の生徒会長こと、篠宮亜理紗という人物なのである。
「――五月も中頃に差し掛かり、そろそろ中間テストの時期だ。いいか諸君。学生である今、勉学に勤しんだ成果は必ず諸君の将来へと繋がる。だからこそ、たかが定期試験だと侮ることなく、しっかりとテスト本番までに準備をするように。以上だ」
しかし、うちの生徒会長は周囲から向けられる好奇の視線など気にしない。
毅然とした態度で、全校生徒へ向かって一言残して壇上から降りていく。
その凛とした佇まいはやはり美しく、彼女はいつだって周囲の模範として一切の隙がないのである。
そんな、常に気を張った生徒会長だが、俺としてはもう少し気を抜いてもいいんじゃないかなと思わなくもない。
――まぁでも、そんな姿を見せちゃったら、いよいよ生徒会長人気が爆発しちゃうかもな。
これだけ厳しいからこそ、みんなと生徒会長が適切の距離を保てているのだろう。
そんな納得を勝手にしつつ、今日の全校集会はこれにて終了したのであった。
◇
終業のチャイムが鳴る。
今日も一日つつがなく授業を受け終えた俺は、何か部活に所属しているわけでもないためこのまま下校する。
そんなに大変なわけではないのだが、一人暮らしというのは手放しには成り立たないのだ。
ひと月の限られた予算の中で、食材や日用品を買ったりと、色々とやり繰りをしないと生きていけないから。
そんなわけで俺は、今日も帰りに近所のスーパーへ食材を買いに向かわなければならないのだ。
幹久と別れの挨拶を交わした俺は、一人校門へと向かって歩く。
すると何だろうか、校門付近に生徒会の面々が立っていた。
――ん? 何やってるんだろう?
そんな疑問を抱きつつも、校門をくぐらない事には家にも帰れないため、そのまま校門へと近付いていく。
「そこ、自転車の二人乗りは禁止だ!」
「す、すみません!」
すると、ふざけて自転車に二人乗りしている生徒を注意する生徒会長の姿。
なるほど、どうやらここで帰りの挨拶活動をすると共に、生徒指導も行っているようだった。
生徒会の面々、特に生徒会長から挨拶をされた生徒達は、男女関係無く嬉しそうに挨拶を返している
そんな光景からも、やっぱりうちの生徒会長の人気の高さが窺えるのであった。
「会長! さようなら!」
「うむ、気を付けて帰るのだぞ」
「ありがとうございます! キャー!」
こんな風に、憧れの的である生徒会長に声をかけられるだけで皆嬉しいのだ。
だからここは、俺もそんな生徒会長へ帰りの挨拶をしていくことにした。
「さようなら、会長」
「ああ、気を付けて帰るのにゃ――」
――にゃ?
みんなと同じように挨拶を返してくれようとした会長だが、語尾を噛んでしまった。
それが恥ずかしかったのか、あの氷のように凛とした佇まいの会長の顔が、次第に真っ赤に染まっていく――。
何だか申し訳なくなった俺は、そのまま気付かないフリをして他の生徒会メンバーにも軽く挨拶を告げつつ、足早にここから立ち去ることにした。
そんな俺の事を、会長はやっぱり顔を赤くしながらじっと見てきている事には気付いていたけれど、ここはやっぱり触れないでおく事にした。
無事にスーパーで食材を買う事の出来た俺は、帰宅後早々に夜ご飯の支度に取り掛かる。
今日は金曜日だし、明日は家で三食食べないといけない事も見越してカレーを作る事にした。
温めるだけですぐに食べられるし、作るのも簡単でしかも美味しい。
一人暮らしを始めてからというもの、俺はこのカレーの凄さに気付かされた。
まぁ流石に毎日は辛いけれど、きっとカレーは全国の一人暮らしをする人達の強い味方に違いないだろう。
そんな事を考えながら作っていると、あっという間にカレーが完成した。
もっと具材が溶け込んだ方が美味しいのだが、それは明日のお楽しみにとっておこう。
そんなわけで、今日はご飯を食べたら生徒会長の言う通り、中間テストへ向けて勉強もしないとだよなぁとぼんやり思っていると、突然家の呼び鈴が鳴る。
ピンポーン! ドンドンドン!
そして、呼び鈴を鳴らしておきながらドンドンと叩かれる家の扉。
築浅のしっかりとした物件に住んでいるため、扉をこじ開けられるなんて事は無いとは思うが、一応俺はインターホンのモニターを確認し、扉を叩く相手を確認してから仕方なく玄関を開けてあげる。
「もう、呼び鈴で分かるから扉は叩かないでよ……」
「かーずくぅーーん!!!!」
やれやれと玄関を開けると、外で待っていた人物はいきなり勢いよく抱きついてくる。
その全身タックルのような勢いにバランスを崩すと、そのまま押し倒される形で玄関に倒れてしまう。
「いたたたっ、ちょっと落ち着いて」
「かずくぅーん!! お腹空いたぁー!!」
「はいはい、カレー出来てるから」
「クンクン……はっ! 本当だ!? これは絶対に美味しいやつの香りだねっ!」
そして飛びついてきた人物は、さっき作ったカレーの匂いに反応すると、嬉しそうに我が物顔で家の中へとあがってくるのであった。
――本当にこの人は、学校とのギャップありすぎないかな……。
そう、こんな風にドンドンと人の家の扉を叩き、そして嬉しそうに飛びついてきたかと思えば、カレーの香りに誘われて勝手に部屋に上がり込んでくる自由過ぎる人物——。
その人物の名を言ったところで、きっと誰も信じられないだろう。
何故なら彼女こそが、うちの高校で生徒会長――篠宮亜理紗その人なのである。
◇
「ごちそうさまでした! かずくん!」
「はいはい、どういたしまして」
ペロリとカレーを食べ終えた篠宮亜理紗ことあーちゃんは、ぐっと伸びをするとそのまま人のベッドで横になり、近くにあった漫画を手に取り読みだす。
何故、生徒会長がここでこんな事をしているのかというと、俺と会長は所謂幼馴染というやつで、そしてまぁ色々あるのだが会長もまたこのアパートの隣の部屋で一人暮らしをしているのである。
だからこうして、暇さえあれば幼馴染である俺の家に押しかけては、人の部屋で自由に羽を伸ばしていくのであった。
そもそも俺がこのアパートへ引っ越してきたのも、幼馴染のあーちゃんが暮らしているから安心だというのもあるのだ。
しかし実態はこの通り、学校では才色兼備の高嶺の花で通っていても、家ではこのように自由奔放な駄目人間なのである……。
「ねぇかずくん! ゲームしよ! この前のパズルのやつ!」
「駄目だよ、これから勉強するから」
「えー、勉強なんてしないでいいよー! 今日はせっかくの華金だよ? 大丈夫?」
大丈夫って、今朝朝礼で全校生徒に向かって勉学に勤しむようにと言っていたのはどこの誰だろうか。
全校生徒へ厳しい言葉を投げかけた張本人は、現在ベッドで横になりながら漫画を読んでいたかと思えば、それはもう分かりやすくぶーたれた顔で不満そうにしているのであった。
「中間テスト近いんでしょ?」
「そんなのどうでもいいよー、たかがテストでしょ?」
「いやいや、どの口が言うのさ」
「んー、それはあれだよ、本音と建て前ってやつ?」
そう言ってペロリと舌を出しながら、面白そうにお道化るあーちゃん。
駄目だこの人……。
「とりあえず俺は勉強するから、漫画でも読んでなよ」
「むー!」
とりあえず、こんな駄目生徒会長に付き合っていては成績が下がる一方なので、俺は無視して勉強をする事にした。
テーブルの上に教科書を広げて勉強を開始すると、ベッドから起き上がったあーちゃんがすすすっと近付いてくる。
そしてそのまま、肩と肩が触れ合う距離感で隣にちょこんと座る。
今度は一体何を企んでいるのかと少し警戒していると、あーちゃんはそのまま勉強する俺に抱き付いてくる。
「ごめん、これじゃ勉強出来ないんだけど」
「……酷いよかずくん、私がいるのに無視して勉強するなんてっ!」
ウソ泣きをしながら、ぎゅっと抱きついて離れようとしないあーちゃん。
これではどうしようもないため、俺はアプローチを変更することにした。
「じゃあさ、ここは頭の良いあーちゃんに勉強教えて貰いたいなぁ」
「やだ! 今日はゲームぅ!!」
「教えてくれたら、何でもお願い事を一つだけ聞いてあげようと思ったんだけどなぁ」
「で、どこが分からないのかな?」
俺の一言で、180度態度を変えるあーちゃん。
俺に抱き付くのを止めると、一瞬にして生徒会長モードへと切り替わる。
そしてそれからは、本当に分かりやすく勉強を教えて貰えたおかげで、苦手だったところもしっかりと学ぶことが出来た。
こんなでも、腐っても生徒会長。
これまでずっと学年で一位をキープしているだけあって、説明は物凄く分かりやすかった。
本人いわく、授業を聞いていれば分かるとの事で、どうやらそもそもの出来が平凡な俺とは全然違うようだ。
こうして二時間、みっちりとあーちゃん指導のもと勉強をした俺は、流石に疲れたし今日はここまでにしておく事にした。
「ありがとう、かなり勉強捗ったよ」
「ふふん、私直々に勉強を教えて貰えるのなんて、かずくんだけの特権だからね?」
素直に感謝を告げると、それはもう得意顔で偉ぶるあーちゃん。
しかし、それは本当にその通りなので、俺はもう感謝するしかなかった。
「ふぁー、勉強したら眠たくなってきちゃったな」
「ん? かずくんもう寝ちゃうの?」
「ああ、うん。ゲームやりたかった?」
俺が眠そうにすると、露骨に残念そうにするあーちゃん。
俺としても、今日は勉強を教えてくれたわけだし、ちょっとぐらいゲームに付き合ってあげたい気持ちもあったのだが、流石に眠気には勝てなかった。
しかし、あーちゃんは残念がっているのかと思えばそうでも無さそうで、何故か不敵な笑みを浮かべている。
「……じゃあ、さっそくさっきのお願い事使っちゃおうかな」
そしてあーちゃんは、完全に何か企んだ様子で手に入れたお願い事を早速発動させる。
「では――伊藤くん。その……なんだ。寝る前に、一緒にお風呂へ入ろうじゃないか」
「……あーちゃん? 会長モードで言っても、それは流石に却下だよ?」
何を言い出すかと思えば、とんでもないことを言い出すあーちゃん。
断られることを見越して生徒会長モードで言ってきたのだろうが、駄目なものは駄目だ。
「ひどいよ! 何でも良いって言ったじゃん!」
「はいはい、もう遅いからあーちゃんもそろそろお風呂入ってきたら」
俺の言葉に、話が違うとぶーたれるあーちゃん。
本当にこの人は、昼間とは別人すぎやしないだろうか……。
親に断りを入れて高校生が一人暮らしをしている以上、いくらなんでも節度というものがあるだろう。
「じゃ、じゃあ……お風呂入ってきたら、今日は一緒に寝たいです……」
「まぁ、それなら……分かったよ」
そして、代わりにあーちゃんは恥ずかしそうにそんなお願いをしてくる。
それもどうなのかと思わなくもないが、その申し出をオーケーする。
こうして、明日は土曜日で学校が休みな事もあり、今日あーちゃんはこのままうちに泊まっていく事となった。
……俺達の関係?
それは勿論、幼馴染の関係を越えて、今では彼氏と彼女の関係である。
けれどこの事は、あーちゃんは生徒会長という立場上、学校では当然秘密にしているのであった。
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