第30話 揺れる和水さんと流れる鼻血①


 和水さん観察日記。


 そんな気が狂ったような物を書き始めてから早数日が経過していた。


 この間の放課後のこと。和水さんをこっそりと尾行していた罰として、和水さん本人から書くように言われたこの日記。


 罰なら何故もっと観察させて日記まで書かせるのか、聞いているだけではまったく意味が分からないと思う。


 実際僕も初めは意味が分からなかったし、和水さんの趣向が心配になったりもしたけれど、今ではもうすっかりと和水さん観察日記は僕のライフワークになっていた。


 だってこれ、本当に和水さんを観察し放題で、僕にとっては良いことづくめな罰なのだ。


 じーっと和水さんを見ていても怒られないし、たまに目が合った時なんかは、何故か優しく微笑んでくれるという特大のサービスまでついている。


 こんなの罰でもなんでもない。毎日がボーナスステージのようなものだ。


 普通ならじっくりと女の子を観察するなんて変態と呼ばれても仕方ない行為だと思う。


 けど僕は和水さんから言われてやっているわけで、正当な理由がある。


 それに、きっかけは和水さんのことがもっと知りたいと言うピュアな心から始まったことだからたぶんセーフだ。


 少し前までは和水さんの胸をチラ見していただけだったけれど、これからはちゃんと和水さんの事を知るために観察する。


 そして、和水さんも何故かそれを望んでいる。それなら僕はしっかりとその期待に応えなければならない。


 今日も僕は、言われた通り和水さんをしっかりと観察していた。




 今日の観察の山場がやってきたのは、体育授業の時間だった。


 僕の学校では体育は男女に別れての授業で、男女それぞれ隣のクラスと合同で行われている。


 そのため球技なんかをする時は、軽いクラス対抗戦のようになるのが常だった。


 大抵は体育館とグランドで男女が別れることが多いけれど、今日はたまたまどちらもグランドで行う日だったらしい。校庭の離れたところでは女子が準備運動を始めていた。


 ジャージ姿の女子が気になるのは男子全員の共通意のようで、こちらも準備運動はしながらも皆がチラチラと女子の方を気にしているみたいだった。


 もちろん僕も例外ではない。


 露骨すぎない程度に女子の方をチラ見する。


 ただ周りの男子と一緒にしないでもらいたいのは、僕が和水さんしか見ていないということだ。


 こうしてチラ見しているのは、あくまでも和水さん観察日記のためであり、けして運動している女子を見たいからではない。


 僕が意味のない言い訳を自分に聞かせていると、いつの間にか女子の準備運動は終わってしまっていた。あまり和水さんを見られなくて少し後悔した。


 今日の男子の体育は最近やっていたソフトボールの続きだ。


 チームは例のごとく単純にクラスごとで分けられていて、隣のクラスが敵チームだ。


 ジャンケンで適当に決められた打順の一番になった僕は、三球できっちりと三振に打ち取られて一瞬でベンチに戻った。


「ぶふっ……ダッセェ」


 例え相手側から何かが聞こえても気にしない。


 僕が活躍できないことなんていつものことだし、今更子供みたいに運動で誰かと張り合うつもりもない……まぁ運動以外のことでも喧嘩はよくないからね。


 だったら気にしないのが一番平和だ。


 隣のクラスの人達なんて普段はまったく接点がないし、幸いうちのクラスの男子は体育の授業程度の勝ち負けにはこだわっていないようで、僕が無様に三振してベンチに戻っても「どんま~い」と軽く迎えてくれた。


 それに僕にはやらなければならない大切な使命がある。


 和水さんを観察するという何よりも重要な使命だ。


 下手に打って累に出てしまったらよそ見が出来ないから、僕が三振したのはそれを考慮した結果というわけだ……まぁ嘘だ。


 ベンチに戻る途中も相手チームからの笑い声が微かに聞こえてきたけれど僕は気にしない。


 流石に女の子に笑われたらショックだけど、遠くで短距離走をしている女子は僕なんかの打席に興味はないだろう。


 その証拠に僕が打席に入った時は何も聞こえなかったのに、次の打順のそこそこイケメンなクラスメイトが打席に立つとチラホラと応援するような声が聞こえてきた。


 ……分かってましたから別に気にしてないですよ。


 むしろ注目された中で三振する方が恥ずかしいから、ラッキーだったくらいだ。


 注目されていると、それだけ余計に緊張して打てなくなく確率も上がるし、むしろ他の男子が可哀そうに思えて来る。


 僕がベンチに座りながらそんな負け惜しみを心の中で唱えていると、2番のそこそこイケメンさんは見事にヒットを打って累に出た。


 打った瞬間に女子の方から黄色い歓声があがる。


 一塁で止まった彼はちょっと得意げな顔をしていた。


 ……正直羨ましい。僕も女の子から声援を送ってもらいたかった。


 そんな欲望にまみれた事を考えていると、和水さんのことが気になってきた。


 普段は誰に対しても無愛想で不機嫌な和水さんも、今みたいにカッコいいところを見せられたら他の女の子たちのようにキャー、とかカッコいいー、とか言っちゃうのだろうか。


 そんな事を考えながら僕は授業そっちのけで男子の応援をしている女性陣をボンヤリと眺めてみた。


 パッと見、はしゃいでいる一団に和水さんはいない。


 あんな明るいグループに和水さんがいるはずがないとは思いつつも、実際にいないことが分かると不思議とホッとした。


 そのまま和水さんの姿を探す。走っている女の子(主にゆれる胸)に見惚れそうになりながらも、鋼の意志で視線を動かし和水さんの姿を探した。


「……ぇ、ッ!?」


 見つけた。その瞬間には僕は驚いて目を見開いた。


 何故なら和水さんと目が合ったからだ。


 いつからかは知らないけれど、僕が和水さんを探して見つける前に、和水さんは僕を見ていてくれたらしい。


 いつも揺れる胸を追いかけているから視力には自信がある。


 和水さんは少し笑っているみたいだった。


 もしかしたら和水さんにさっきの三振をばっちりと見られてしまったのかもしれない。


 和水さんに笑われてしまったた。


 ただ何故だろう……僕は嫌な気分はしなかった。

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