第29話 和水さんを尾行する僕⑥
放課後に後をつけていたことが和水さんにバレてしまい、僕の人生はストーカーとして終わりを迎えようとしていた。
そのはずだった。
けれど、寛大な和水さんはある条件を僕に提示してきた。
それをすれば今回のことは許してきれいさっぱりと水に流してくれるらしい。
いったいどんなことを言われるのかと、戦々恐々として身構えていた僕に、和水さんはまったく予想もしていなかった、とんでもない条件を突きつけてきのだった。
「あの、出来ましたけど」
「ん、じゃあ見せてみ」
「はい。こんな感じでどうでしょうか?」
僕は手を出している和水さんに、ルーズリーフを渡す。それが和水さんから言われた条件にあたるものだ。僕はあのルーズリーフ一面をびっしりと使ってある事を書かされた。
反省文なんかじゃない。反省文ならむしろだいぶマシだった。
僕が和水さんに書かされたのはそんな事ではなくて、もっと信じられないようなもの。
和水さんは真剣な表情で僕がかいた物を読みふけっている。
なんであんなに熱心になれるのか、僕には意味が分からなかった。
「……ん、まぁまぁよくできてるじゃん」
全部読み終えたのだろう。顔をあげた和水さんはどこか満足感を漂わせていた。
「あの、本当にそんなもので許してくれるんですか?」
「私が満足する出来ならね」
「出来うんぬんより、根本的におかしくないですか?」
「どうして?」
「だって、その、普通じゃないですよそれ」
僕は自分で書いたものが恐ろしくて身体が震えて来た。
「よく書けてたけど?」
僕が言わんとしていることが、まるで伝わっていないかのような和水さんはルーズリーフをひらひらと揺らしている。
「その、言われた通り事細かに書きましたから」
「うんうん、これからもこの調子で頑張ってね」
「あの、和水さんはどうしてこんなことを? 普通に考えたらおかしいですよねこれ!」
「どうして? 私はどこかの恥ずかしがり屋さんのために、この条件を考えてあげたんだけど」
「ぼ、僕のためにですか!? それこそどうして?」
「だって私のことがもっと知りたいんでしょ? こうしてあげれば私公認だし、むしろ感謝してほしいくらいなんだけど」
さも当然だと言わんばかりの和水さん。一見僕のためにとまともそうなことを言っているように聞こえるけれど、実際は全然まともじゃない。
和水さんのことが知りたい僕のため。そうだとしても、自分でこんなことを言う和水さんがどんな神経をしているのか僕にはとても理解できそうになかった。
「いや、どんな理由にしてもこれは」
「不満? 私の観察日記を書くのはそんなに嫌なの?」
そうなのだ。僕が許されるために和水さんが出して来た条件は、なんと和水さんの観察日記を書くことだった。
最初に言われた時は意味が分からな過ぎて、耳と脳のどちらを疑えばいいのかも分からなかったくらいだ。
だってそうだろう? 和水さん自身から「私の観察日記を書いてくれたら許してあげる」なんて言われてもすぐに理解するのは到底無理というものだ。
しかも今日の僕が和水さんを観察していた分だけの話では終わらない。これからも和水さんを沢山観察して、毎日放課後に観察日記を提出しろというのだから、もう和水さんが何を考えているのかなんて、到底理解不能だった。
今の状況をまとめるとすれば、ストーカー行為を許してもらう代わりに、これからもストーカー行為をし続けるようにと、被害者本人から僕は言われたわけだ。
どこの世界にそんなストーカーに優しい条件を出す人がいるのだろうか……ここにいたわけだけど、絶対に和水さん以外にこんなことを言う人なんていないと思う。
「いや、不満というわけではなく、わけがわからなくて」
「そんな難しく考えることないのに、これからも存分にストーカーしていいよって言ってるだけ」
「それは分かるんですけど、なんでそんな、僕なんかにジロジロ見られて和水さんは嫌じゃないんですか?」
「別に平気。ていうかもっと観察していいし」
意味が分からなすぎて圧倒される。僕は自分がスケベで変態の童貞野郎だという自覚はあるけれど、和水さんもある意味違うベクトルで変態なのではないだろうか。
余計なお世話だとは思うけれど、僕は少しだけ和水さんの将来が心配になった。
「あの、和水さん、性癖は人それぞれですけど露出は危険が伴うといいますか」
「……何言ってんの?」
「あ、いえ、何でもありません」
「それより、条件は毎日だから忘れないでよ」
「毎日放課後になったら和水さんに日記を提出すればいいんですよね?」
「心配しなくても誰もいなくなるまで待っててあげる」
「いえ、そこを心配してるわけじゃなくて……和水さんはホントにいいんですか?」
「存分に観察して」
やっぱり見せびらかしたい人なのだろうか。僕はまた一つ新たな和水さんの一面を知れたような気がした。
「……いっぱい私を見て、ちゃんとおもい……て」
「え? 何ですか?」
「別に何でもない」
若干失礼なことを考えていた僕は、和水さんがなんと言ったのか聞き取れなかった。
珍しく恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう和水さん。
僕の気のせいかもしれないけれど、頬が少し赤く見える。
こんな和水さんの姿は新鮮で、僕はなんとしても、さっき和水さんが何と言っていたのかが知りたくなった。
「今度はちゃんと聞いてますから! 教えてください!」
「……ヤダ」
「え~いいじゃないですか! お願いします和水さん!」
「……それより、今日の日記に重要な事が書かれてない。書き足しておいて」
「え? なんですか、重要な事って?」
僕は少し調子に乗りすぎてしまったのかもしれない。珍しく恥ずかしがる和水さんを見てテンションをあげすぎてしまった。
不相応な行いには必ず報いを受ける。
和水さんがいつものニヤニヤとした悪い笑みを浮かべているのを見て、僕は自分の迂闊さを呪った。
「私のパンツ、見たんでしょ? ちゃんと書かなきゃダメじゃん」
「な、ななな、何言ってるんですか!? 見てませんよ!」
「ホントかなぁ?」
「ほ、ホントですって!」
「じゃあ観察不足。今日の事は許してあげない」
「えぇええ!? そんな!?」
「許して欲しいんだったらちゃんと私のことを見てないと……なんなら今から見せてあげようか?」
和水さんは妖艶に微笑んで、僕の目の前でスカートをたくし上げた。
元々も短いスカート。僕が何かを言う前に、和水さんのパンツが僕の前にさらけ出される。
僕の目は釘付けになってしまって、もう他の物が視界に入って来ない。
正面から見たのは初めてだった。
白。どこから見てもそれは変わらない。
「私の、何色に見える?」
「そ、それは……」
「あれ、ちゃんと見えない? もっと見せててあげようか?」
「ぇ、ぇえと、お願いします」
「ふふ、素直でかわいぃ。もっと近くで見ていいよ」
「え、ち、近くで?」
あまりの興奮で声が震えてしまう。それでも和水さんは笑うことなく頷いてくれた。
僕は引き寄せられるようにしゃがみ込む。
逆三角形の白い布と、それを挟んでいる気持ちよさそうな太ももがすぐ目の前にある。
夕日が差し込む放課後の教室。
今ここには、僕とスカートをたくし上げる和水さんしかいない。
夕日に照らされた和水さんは、きっとすごく綺麗なんだろうけれど、僕はそれでもパンツから目を離すことが出来なかった。
その後、僕は和水さんに見られながら、震える手でルーズリーフに白と書き足したのだった。
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