第28話 和水さんを尾行する僕⑤
和水さんとしても、僕がこんなにはっきりと言うなんて思っていなかったのかもしれない。
貴重な和水さんの驚いた顔を、僕は一瞬のうちに目に焼き付けた。
案の定和水さんはすぐに元の表情に戻ってしまい、僕を見ながらニヤニヤと笑い出す。
その笑みを見て、僕は今更ながら馬鹿正直に言ったことを後悔していた。
「へぇ~私のことが知りたいから、コソコソ追いかけてきてたんだ?」
「いえ、何と言いますか、これには深いわけが」
「わけも何も、今自分でそう言ったじゃん」
「……はい」
やっぱり言い逃れはできそうにない。
腕組をして胸を張る和水さん。ただでさえ大きな胸が強調されて、僕の顔の数ミリ前まで迫って来る。
壁に背中を付けている僕は大きな胸に圧迫されて、物理的にも逃げ道がどこにもない。
鼻の先数ミリにある和水さんの胸からは、とってもいい匂いがした。
「そうやって素直に答えればいいの、わかった?」
「わ、わかりました」
ナデナデされるともうダメだった。
僕は素直に言われたことを答える機械に成り下がる。
僕が従順になったのを見て和水さんは少し満足そうだった。
「どうしてそんなに私のことが知りたかったの?」
「それは、最近和水さんに優しくしてもらえてたから、何でかなって」
「それって、私のことが気になるってことだよね?」
「まぁ、はい。でも、あくまでも優しくしてくれる理由が気になったということで、けしてやましい気持ちがあったわけじゃないんです」
「ふ~ん、でもさっき階段で私のスカート覗こうとして必死になってなかった」
「……記憶にございません」
和水さんの尋問を受けていると冷や汗が止まらなくなってきた。
いったいどこからバレていたのだろうか。とりあえず中庭でもパンツを見ていたことはバレていませんようにと神に祈っていおいた。
「ふふ、まぁいいけどね。でも私のことが知りたいなら直接私に聞けばよかったんじゃないの?」
ごもっともすぎて何も言えない。
というか普通の思考をしている常人なら誰でもそうするはずだ。
僕がそうしなかった……いや、出来なかったのはひとえに僕が意気地なしの変態だからだ。
「ご、ごめんなさい。その、和水さんに声をかけられなくて」
「どうして? 隣の席なんだからいつでもできたよね?」
「うっ……そうなんですけど、なんというか」
「私が怖かったの?」
「いえ、違いますよ!」
僕は慌てて否定した。
和水さんに声をかけて拒絶されるのが怖かったという気持ちもあるにはあるのだが、一番の理由はそこじゃない。それに怖かったからなんて失礼なことも言えるわけがない。
ただ過剰に反応しすぎてしまったからか、和水さんはクスクスと笑っていて、あまり僕の言葉を信じてくれていなさそうだった。
このままでは本気で怖がっていると思われてしまう。それで和水さんから距離をおかれてしまったら、それこそ本末転倒だ。
こうなったら、恥ずかしいけれど本当の事を伝えるしかない。
決心した僕は自分の本心を和水さんにさらけ出すことにした。
「和水さんに声をかけられなかったのは、その、女の子に声をかけるなんて、恥ずかしかったからです」
言ってしまった。
言ってからどんどんを羞恥心が湧き上がってきて、もう僕は顔を上げられない。
「どうして女の子に声をかけるのが恥ずかしいの?」
もういっぱいいっぱいの僕に、それでも和水さんは容赦ない質問を続けて来る。
正直そんなに深く突っ込まないで欲しい、けれど答えないわけにもいかなかった。
「それは、女の子と話したことなんてあまりないから」
「ふ~ん、そうなんだぁ」
僕の答えに満足したのか、和水さんはニヤニヤとした笑みを強める。
「じゃあ、私のことを意識してくれてたってわけだ」
「え、い、いや、意識っていうか、そんな」
「違うの? でも意識してるから恥ずかしくなっちゃったんでしょ?」
「そ、そうなんですかね? たぶん」
僕はもう自分が何を言わされているのかも分からなくなってきた。
脳に負荷がかかりすぎてもうパンク寸前だ。
「ふふ、かわいぃね」
「か、かわいいって! 何言ってるんですか!?」
「ただの感想だけど?」
「いや、僕は男ですし、かわいいだなんて言われても困りますよ」
「そう? でも顔は嬉しそうに見えるけど?」
「なっ!?」
「真っ赤だよ、ふふ」
言われてみれば顔が熱い。
たぶん真っ赤になっているというのは嘘じゃないのだろう。
口では強がっていたくせに余計恥ずかしい。でも女の子から褒められるなら、何でも嬉しいのが童貞の本音だ。
赤くなっていた僕を和水さんはどこかうっとりとした様子で見ていたけれど、不意に少し意地の悪そうな顔になった。
「じゃあ、声をかけるのが恥ずかしかったから、私のことを陰から見てたんだ?」
「……そう、です」
「コソコソと隠れながら、私に気付かれないように覗いてたんでしょ?」
「うっ……………そう、です」
もう羞恥心を限界まで感じていた僕は、ちょっと泣きそうだった。
「いつから見てたのかなぁ?」
「それは、中庭のあたりから、です」
「放課後になってすぐじゃん。それからずっと私のことを見てたわけね」
自分がしていたことをこうして事細かに言葉にされると、流石に心にくるものがある。穴があったら入りたいとはこのことだと思った。
「声をかけるのが恥ずかしいから付け回すってさぁ、完璧ストーカーだよ?」
「ご、ごめんなさい! もうしませんから許してください!」
ここまでくるともう謝るしかやれることはない。僕は誠心誠意頭を下げた。
「う~ん、許してあげようかなぁ、でもどうしよっかなぁ」
「あ、ぁぁ、お願いします! 何でもしますから!」
「今、何でもするって言ったよね?」
瞬時に切り返されて言葉につまる。
確かに何でもするとは言ったけれど、そうやって聞き返されると急に怖くなるから止めてほしい。
僕は嫌な予感がして、冷や汗が出てくるのを感じた。
「じゃあ許してあげる代わりに、私の言うことを聞いてもらおうかな」
「あ、あの、僕ってあまり役には立たないといいますか」
「何でもするって言ったよね?」
「……言いました」
どうやらもう後戻りはできないらしい。
こうなったら覚悟を決めるしか僕に残された道はなかった。
「私が言うことをちゃんとやってくれたら、今日の事は許してあげるから」
「ぼ、僕は、いったい何をすればいいんですか?」
「それはね……」
この後、僕は和水さんから言われたことに、予想外の衝撃を受けることになった。
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