第20話 根拠⑤ 傷の手当をしてくれる和水さん③


「……どうしたの?」

「あ、いえ、なんといいますか、えっと」


 挙動不審になっている僕が何を考えていたかというと、単純に和水さんが手伝ってくれるかもと少し期待していたわけだ。


 最近、僕にとっては都合よく最高のタイミングでやってきてくれる和水さん。


 今日もまさに今が最高のタイミングで、どうしても期待してしまうのは仕方ないだろう。


 そんな僕の薄汚れた心が見えたのか、和水さんはニヤリと不敵に笑った。


「もしかして……手伝ってほしいの?」


 やっぱり和水さんは本当にエスパーかもしれない。


 嫌らしい笑みを浮かべて、彼女は僕を見下ろしている。


「あ、いえ、そういうわけでは」

「ふ~ん……じゃ帰ろうかなぁ」

「えぇえ!?」


 予想外の返答に思わず声を上げてしまった。


 だって、いつもならここで和水さんから「手伝ってあげる」と言ってもらえるはずだったのに、どうして今日に限って帰ってしまうだなんて言うのだろうか。


 慌てる僕を見て和水さんはニヤニヤと笑っている。


 しかもそのまま僕の傍を通りすぎて行ってしまいそうになり……僕はとっさに彼女の制服のすそを掴んでいた。


「ふふ、どうしたの?」

「あ、すみません」

「謝るだけなら、離してくれる?」

「えっと、それだけじゃなくて、ですね」

「なぁに? 私に言いたいことでもあるの?」


 本当は手伝ってほしいと言いたい。


 けれどそれは図々しいような気もして言いずらい。いつまでも迷っている僕の耳元で和水さんが囁いた。


「ちゃんとお願いできる? ほら、頑張って」


 まるで小さな子供に言い聞かせるような口調。


 実際に僕と和水さんの身長差だとそう見えるかもしれないけれど、僕と和水さんはこれでも同級生だ。


 それなのに、一方的にこんな子供みたいな扱いをされて僕は、僕は……。




「ぁ、ぁの……僕を手伝ってください、お願いします」

「ふふ、よくできました」


 僕は和水さんにならこども扱いされてもいいと思った。


 むしろ頭を撫でられながら褒められて、子供扱いされることにゾクゾクとした快感すら覚える。


「お願いできてえらいね。頑張ったね」

「ぁ、ぁあ、ありがとう、ございます」


 頭を撫でてくれる温かい手。


 僕を見守ってくれる優しさにあふれた笑顔。


 母性の象徴たる大きな胸。


 和水さんの全てに僕は凄まじい包容力を感じた。


 まるで自分が本当の子供に、いや、もっともっと幼児退行して、赤ちゃんにまで戻ってしまったような気分だった。




「えっと、では僕がページ順に書類を重ねてくるので、和水さんはそれをホチキスで止めて冊子にしてください」

「ん、りょーかい」


 存分にバブみを味わったあと、僕は和水さんと役割分担をして書類作成を始めた。


 伊刈さんが帰ってしまった後、僕は一人で残り全ての作業をしなければと覚悟していたけれど、和水さんが手伝いに来てくれたのは本当に運が良かった。


 僕は覚悟していた分得をしたというか、大幅に作業が楽になったように感じた。


 だからこそ、手伝ってくれる和水さんには少しでも楽な作業をしてもらいたい。


 そう考えた僕は和水さんには座ってもらって、僕が纏めたものをホチキスで止めてもらうことにしたのだ。


「お願いします」

「ん、おっけ」

「はい、次です」

「はいはい」


 流れるような連携作業で冊子の作成はどんどんと進んで行く。


 分厚かったバラの紙束も、冊子が一枚出来上がるごとに薄くなっていき、今ではもう残り僅かのところまで減ってきていた。


 あと数冊で全て完成する。これならそんなに遅くなることなく帰れそうだ……などと、そんなことを考えながら作業をしていたのがよくなかった。


 気が抜けていたのだろう。


 まとめた書類を和水さんに渡す時、僕は手を滑らせて書類の束を床に落としてしまったのだ。


「あっと、すいません」

「別にいいよ。拾うの手伝うから」

「いえいえ、僕が拾いますから大丈夫ですよ」


 わざわざ立ち上がろうとしてくれる優しい和水さんを手で制して、僕はかがんで床に散らばった書類を一つ一つ拾い集めた。


 何ページ分もある書類はバラバラに散らばってしまっていて、集めるのは少し面倒だったけれど、これ以上和水さんに負担をかけるわけにもいかない。


「えっと、次はあれか、な……」


 なるべくなら少しでも手間を省きたくて、ページ順になるように書類を拾う。その途中で、僕はあるものに目を奪われた。


 落ちた書類を拾い、顔を上げた時、僕の目の前には和水さんのムチムチとした太ももがあったのだ。

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