第18話 根拠⑤ 傷の手当をしてくれる和水さん①
「手伝ってくれてありがとう馬締君! いつも頼っちゃってごめんね」
「いえそんな、伊刈さんのためならいつでも力になりますから」
「え~そんなこと言われたらぁ、レミもっと馬締君に頼っちゃうかも~」
「遠慮なくどうぞ! 僕にできることなら何でもしますから」
「や~ん、馬締君ってホントやさし~ね」
「あは、あはは、そ、そうですかね」
放課後の教室に僕の間抜けな笑い声が響く。
今僕が何をしているかといえば、小柄で華奢なギャルの伊刈さんと一緒に書類作成の真っ最中だ。
なんでも近々行われる生徒会と各クラス委員の会議で使用される資料になるらしい。
クラス委員でもある伊刈さんは、担任の先生から頼りにされることが多い。よくいろいろな案件を任されているようで、今回もまた例にもれず先生から頼まれたそうだ。
そんなに先生から頼りにされているのは伊刈さんの人柄が素晴らしいことも影響しているのだろう。伊刈さんの内申点はかなりいいに違いない。
「あのねあのね、レミ今ちょっと困ってて、馬締君に助けて欲しいの!」
いつものように声をかけてくれた伊刈さんに、僕はすぐに頷いた。
伊刈さんは明るくて友達も多いクラスの人気ものだ。それなのにこうして非モテ童貞の僕にも気さくに声をかけてくれる優しい人で、僕はそんな伊刈さんの力になれるのが素直に嬉しかった。
どれくらい嬉しいかと言えば、あのねあのね、と伊刈さんが声をかけてくれるのを、今か今かと密かに待ち望んでいるくらい。
伊刈さんのような可愛い女の子に頼ってもらえるのは、男としては鼻高々というわけだ。
そうして伊刈さんの代わりに職員室まで書類を取りに行ってきた僕は、今は伊刈さんと二人で印刷されたバラバラの紙をページ順に重ねて、一冊の本にしていく作業をしている。
「これを全部まとめてしまえば終わりですね」
「うん、でもそれが大変なんだよね~」
「確かに、結構な数になりますよねこれ?」
「うん。生徒会の分でしょ、全部のクラス委員の分に、監督する先生の分もだからね」
「ま、まぁ二人でやればきっとすぐですよ。頑張りましょう!」
「そうだね~。ホント馬締君がいてよかったぁ。レミ一人だったら途中で諦めてたかも」
「いやぁ、僕はそんな特別なことはなにも」
伊刈さんに褒めてもらえて僕は有頂天だ。なんなら伊刈さんのために僕が一人で全てやっておきますと言ってあげたかったくらいだ。
けれど、そんな必要はすぐになくなった。
「お~いレミ、待たせたな」
不意に知らない男子生徒が教室に入ってきて伊刈さんに声をかけたのだ。
「あ、せんぱ~い! 迎えに来てくれたんですね!」
「あぁ、これくらい当たり前だろ」
「でもぉ、迎えに来てくれるの遅いですよ~。レミ待ちくたびれちゃいました」
「悪い悪い。これでも急いで来たんだぜ。部活の奴らに休むの説明するのに手こずってさ」
「ふふ、レミと一緒にいるために部活サボっちゃっていいんですかぁ?」
「別にいいだろ、元々適当にやってただけだし、お前の方が大切だよ」
「もぅ先輩ッたら、悪い人ですね」
「おいおい、お前のためだぜレミ。ほら、そろそろ行こうぜ」
「はい! すぐ準備しますね先輩」
唐突に目の前で繰り広げられる何か。
僕はそれをただ見ていることしかできず、当然のように帰り支度を初めてしまった伊刈さんに「あ、あの……」と呼びかけるだけでも精一杯だった。
かろうじてでた声は無駄にならず、それまでまるで僕のことなんて眼中に入っていなかった二人が、今になってやっと僕の存在に気が付いてくれたみたいだった。
「ん? 誰だこいつ?」
「あ、クラスメイトの馬締君ですよ」
「ま、真面目君? ぷふっ、おいおいレミ、ちょっとその呼び方はかわいそすぎるんじゃね?」
「そうですかね? 普通じゃないです?」
「普通ってお前、真面目君って……ブフッ、アハハハ! ダメだろそれ! 真面目君って、見た目そのまますぎだろ!」
なんだか二人の会話が致命的に噛み合っていないような気がしたし、先輩らしい人からはかなり馬鹿にされているような気もした。
もちろんここで僕は「人の名前を笑ってんじゃねー!」と先輩の胸倉を掴んで睨みつけてやる……なんてことはできないから「あはは」とただ愛想笑いを浮かべるだけで、今日のところは勘弁してやることにした。
だって、相手は先輩だし、後輩の僕が失礼なことをするわけにはいかないじゃん?
それにバカにされたのだってただの勘違いなわけだし、それくらいで腹を立てるのも恥ずかしいじゃん?
どんなことでも、些細な事だと笑って許してあげるのが大人の男って感じじゃん?
別に先輩がめっちゃデカくて、顔がいかつくて、髪も金髪で怖そうだからビビって何も言えないわけじゃないし……。
あと僕が童貞で自分に自信のないチビだからってことも関係ない。
「ねぇねぇ馬締君。ちょっとレミのお願いを聞いて欲しいんだけど、ダメ?」
必死になって自分は弱くないと言い聞かせていた僕は、伊刈さんに手を握られて我に返った。
「あ、な、なんですか?」
「あのねあのね、レミこれから先輩のためにと~っても大事なことをしなきゃいけなくてね。どうしても今すぐ帰らなきゃいけないの」
「そ、そうなんですか?」
「でね、この残りを馬締君にお願いしたいんだけど、レミのためにもやってくれないかな?」
レミさんにギュッと手を握られて、上目遣いで見つめられたその瞬間、僕はもう反射的に頷いていた。
だってこんなの反則だ。可愛い女の子に手を握られてお願いされたら、男なら誰だって聞いちゃうはずだ……たぶん。
「ありがとう馬締君! ホントいつも頼りになるなぁ」
「あは、ははは、こっちは気にしないで行ってきてね」
「うん! じゃよろしくね、できたら先生に持って行ってね」
そう言い残したレミさんは一度も振り返ることなく、先輩と腕を組んで楽しそうに教室を出て行った。
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