第16話 根拠④ お昼を一緒に食べてくれる和水さん③


「おかず分けてあげる」

「……え?」


和水さんからそう言われて僕は焦った。同情はいらないからご飯をください、なんてふざけて考えていたことが、無意識のうちに口から出てしまったのかと思ったからだ。


 和水さんはわざわざご褒美で、僕なんかと一緒にお昼を食べてくれているというのに、そんな生意気な事を言ってしまったら、せっかくのご褒美タイムがなくなってしまうかもしれない。


 そうなったら大事件だ。僕は自分の手でみすみす幸せを逃してしまうことになる。


 けれど、恐る恐る和水さんの反応を見るに、どうやらそんなことにはならなそうだと思った。


 何故なら、和水さんがまたあの笑みを浮かべていたからだ。なまめかしく、見ているだけで心臓の鼓動が早くなってしまうあの笑顔だ。


 二人きりになって僕を揶揄う時、和水さんは決まっていつもあの表情になる。


 もうあの目で見られるだけで、僕の身体がゾクゾクっと反応するようになってしまった。


「あ、お気になさらず」


僕は一応遠慮する。和水さんの顔を見て内心ではいろいろなことを想像してしまっているけれど、口だけでもなんとか意地を張ってみる。


「遠慮しなくていいよ。だって、これはご褒美なんだから」


無駄な努力をしている僕に、和水さんはそう言って身体を寄せて来た。肩と肩が触れ合う。和水さんの太ももが僕の脚にくっついてきて、温かい和水さんの体温を感じた。


 そして、伊刈さんとはまったく違う、和水さんの匂いが僕を包み込む。


 ここが外だなんて信じられないくらいに、和水さんのいい匂いが鼻を突き抜けて脳天にささる。


 僕はこれだけでもう頭がクラクラしてしまっていた。


「い、いえ、大丈夫ですよ。和水さんの食べる分が少なくなっちゃいますから」


手作りかどうかは知らないけれど、女の子のお弁当を食べれるというこれまた夢みたいなシチュエーション。ただ上手く思考できない頭でも、流石に人の分を食べてしまうのはよくないと考えることはできた。


 僕は鋼の意志で和水さんの提案を断ってみせる。自分で言っておいてすぐに後悔したけれど、これでよかったんだと自分に言い聞かせて必死に慰めた。


 お弁当を差し出してくれていた和水さんは、手を出さない僕を見て余計にニヤニヤと笑い出す。それから彼女は驚きの行動にでた。


「……じゃあこれならどう?」

「あ、そ、そんな!?」


今どういう状況かというと、僕の目の前に和水さんが箸で掴んだおかずが差し出してくれていた。美味しそうな卵焼きを掴んでいる箸は、もちろん和水さんが使うお箸だ。そしてこの状況はまさしく――。


「はい、あ~ん」


 まさしく、あ~んだ!今僕は、美少女ギャルの手であ~んをされていた。


「ぁ、ぁあ、あ」


信じられなかった。その間にもどんどん卵焼きが僕の顔に近づいてくる。僕は驚きと緊張で半開きになったままの口を閉じることはできず、先ほどの言葉なんてなかったかのように、むしろ少しずつ口を開けてしまう。


 和水さんからしてもらえるあ~んには、それほどの魔力があった。これこそ、本当に人生で一度きりしかないチャンスだろう。女の子からご飯を食べさせてもらえるという状況に、僕は抗うことなんてできなくなっていた。


「はい、召し上がれ」


結局、僕の鋼の意志は秒で砕け散る。和水さんがくれた卵焼きは、信じられないほど美味しいような気もしたし、緊張しすぎて味がよく分からないような気もした。


「どう?」

「お、おいひぃです」

「ならよかった」


卵焼きを咀嚼しつつ、僕はそこでどうしても気になっていたことを聞いてみることにした。


「あの、このお弁当は、その、ご家族が?」


僕が気になったのはもちろん、このお弁当が和水さんの手作りかどうかというところだった。まぁたぶんご家族が作ったのだと思うけれど、ギャルの手作り弁当という夢を少しだけ見たくなったのだ。


「自分で作ったけど」

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