第3話 根拠① 掃除を手伝ってくれる和水さん②
それはふわふわでムニュムニュで、まるで雲の上にいるかのような、夢みたいな心地よさ。
あまりの気持ちよさに僕は痛みを感じることなく天国に来てしまったのかと思って目を開けた。
「……あれ?」
なんてことはない。僕の視界に映るのは先ほどまでいた教室であり、全然天国ではなさそうだった。
けれど体の背面は相変わらずの気持ちよさに包まれている。
不思議に思った僕は振り返って、背後にあるものが何なのかを確認し――
――それが何かを理解すると同時に心臓が止まりかけた。
「ぁ、ぁぁ、ぁ……」
恐怖のあまり情けない声が漏れる。
それでも恥ずかしさなんて感じない。
それだけの緊急事態だった。
「……何してるの」
僕の後ろにあった柔らかいものは、人だった。
もっと言えば女の子で、もっと正確にいえばクラスメイト。
そしてもっと詳しく言えば、無口でクールで怖いとクラスで恐れられているギャルの和水さんが、間近で僕を見下ろしていたのだった。
無表情で見下ろしてくる和水さんは、僕から見るとまったく和んでいるようには見えなかった。
僕は和水さんを見上げる。
本当に文字通り見上げる。
和水さんはそれだけ背が高かいのだ。たぶん180近くあるんじゃないかと思う。僕は160ない。チビだ。だからまっすぐ視線を向けると、和水さんの胸を自然と見てしまうことになる。
一度は和水さんの胸に目が釘付けになってしまったわけだけど、その時僕はあることに気が付いた。
僕の背中や後頭部が感じていた、この世の何よりも柔らかな感触。
あれはもしかして、和水さんの大きな胸だったのではないだろうか。
その可能性を思いついた時、僕の額からは汗が流れて来た。
僕はさっきまで天国のような場所にいて、これから本当の天国へ旅立たなければならないかもしれない。
「ねぇ?」
恐怖で僕が固まっているとしびれを切らした和水さんが喋るように促してくる。
いつまでも黙っていたら余計にイライラさせてしまうと判断した僕は、その瞬間には土下座の体勢に移行していた。
「申し訳ありませんでした! わざとじゃないんです!」
渾身の土下座だ。
勢い、角度、額を地面にこすりつける強さ、どれをとっても完璧だと自信が持てる。
これならなんとか半殺し程度で、天国に行かなくても済むかもしれない。
そんな僕の楽観的な考えを、和水さんは予想以上の返答で覆してきたのだった。
「急に土下座なんかしてどうしたの? ほら、つかまって」
僕は耳を疑った。
あの和水さんが今僕に何と言ったのか。まるで都合のいい幻聴だ。
けれど顔を上げるとかがんだ和水さんが手を差し出してくれていて、どうやら聞き間違いではなかったらしいことがわかる。
信じられない光景だった。
あの無愛想でいつも眉間に皺を寄せて他人を威嚇している和水さんが、今はかがんで僕に手を差し伸べてくれている。
しかも和水さんの表情はいつものように鋭くない。困ったように眉を曇らせ、僕を心配してくれているようにすら見えるのだ。
そして何よりも僕が驚いたこと、それは――
――かがんでいる和水さんのスカートの中が、土下座している僕からはばっちり見えてしまっていることだった。
あれは、なんだろう。僕は小さい逆三角形の布から目が離せない。
「ぱ、ぱぱ、ぱ」
「パパ? 大丈夫? どうしたの?」
ハッとして我に返る。
危ない所だった。動揺してパンツと自分から言ってしまうところだった。
今は何故か普段とは違って怒っていないように見える和水さん。
きっと何かいいことでもあった直後なのだろう。僕は運がよかったけれど、もしパンツまで覗き見たとバレてしまったら、本当に天国行きが決まってしまうかもしれない。
「な、なんでもないですよありがとう」
僕は努めて平静を装いつつ、ひそかにパンツは見続けることにした。
「ほら、いつまでも床に手をついてたら汚いよ」
「あ、うん。ありがとう」
和水さんに手を引かれる。せっかくのパンツは名残惜しかったけれど、僕は鋼の意志で立ち上がった。
そこで意識する。今、和水さんと手を繋いでいるということを。
和水さんの手は信じられないほどスベスベで、ふにふにで気持ちよかった。
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