第2話 根拠① 掃除を手伝ってくれる和水さん①


「ねぇ馬締まじめ君、聞いて聞いて!」


チビで童貞でイケメンでもない僕、馬締まじめなおに、そんな気さくな感じで話しかけてくれたのは一つ前の席に座っている女の子だった。


 彼女の名前は伊刈いかりレミさん。


 ゆるふわな髪をした小柄で可愛らしい女の子で、彼女も立派なギャルだ。


 髪は眩しいくらいの金色に染めていて、クリーム色のカーディガンをいつも羽織っている。


 小柄な伊刈さんはカーディガンの袖が長すぎるのか、いつも指先だけ出しているのだけど、それがなんとも可愛らしくて仕方ない。


 誰にでも気さくで明るく、伊刈さんがいるだけで場の空気をふわふわとした安らげるものに変えてくれる。それはきっと伊刈さんの天性の才能なんだと思う。


 僕も伊刈さんに話しかけてもらえると自然と頬が緩んでしまうのだ。


 それもこれも伊刈さんが可愛いから仕方ない。


 胸は小さいけれど、なんというか守ってあげたくなるような可愛らしさがあるのだ。胸は小さいけれど……。


「どうしたの伊刈さん?」

「あのねあのね、実はレミちょ~と困ってて、優しい馬締君なら助けてくれるかと思って」


うるうると瞳に涙をためて訴えて来る伊刈さん。


 いつも明るい彼女が泣きそうになっているなんてよほどのことだ。


 とても放っておくことなんかできなかった僕はすぐに頷いた。


「僕にできることなら何でもするよ」

「ホント!? うれしー! 馬締君はホントに優しいね」

「ハハハ、いやぁ、これくらいは普通だよ」

「わぁ、流石馬締君! 得意にならないところがかっこいいなぁ」


伊刈さんがこれでもかと褒めてくれるものだから僕はもう鼻高々だ。何を頼まれるのかも分からずに引き受けてしまうくらいには浅はかだったわけだ。


「それで、僕はいったい何をすればいいの?」

「あのね、実は今日の掃除当番レミなんだけど、と~っても大切な用事ができちゃって急いで帰らないといけないの。だからね……」

「僕が伊刈さんの代わりに掃除をすればいいんだね?」

「うん。実は他の掃除当番のみんなも用事があるから、馬締君一人に任せることになっちゃうんだけど、大丈夫?」

「もちろん大丈夫だよ僕に任せて!」

「流石馬締くん! ホントありがと~」

「う、うん……」


僕みたいな童貞には、伊刈さんみたいな可愛い女の子が笑って話しかけてくれるだけでもご褒美だというのに、あろうことか伊刈さんは感謝のしるしに軽くハグまでしてくれた。


 伊刈さんはと~ってもいい匂いだった。


 胸はちょっと固かったけど、それでも僕は天にも昇るような心地だった。


「じゃ、放課後の掃除はよろしくね~」

「お任せください!」


最高のご褒美をもらった僕は、一人でもしっかりと掃除をやりきることを誓った。




「皆早くいこ~!」


放課後になると、伊刈さんは大半のクラスメイトたちを連れてすぐに教室を出て行った。


 まるでクラス会でもするかのような大所帯で、伊刈さんの大切な用事はどんなことなのか気になった。


 けれど僕はジェントルマンだ。女の子の予定を勝手に詮索なんてしない。僕は伊刈さんのためにも掃除を頑張ることにした。


「……あれ、結構広いな」


伊刈さんがほとんどのクラスメイトを連れて出て行った教室は、酷くがらんどうで人がいる時よりも圧倒的に広く見えた。


 僕にはこの時になってやっと大変なことを引き受けてしまったことを自覚していた。


 うちの学校では教室の掃除は掃き掃除だけなのだが、それでも全員分の机を動かして教室の床全体のゴミを集めなければいけない。


 クラスメイトの数の分ある机を全て一人で動かすという時点でもう辛いのは確定だった。


 少しだけ後悔という気持ちが忍び寄って来る気配がする。


 けれどもう誰も教室には残っていないし、誰かが残っていたとしても、僕は恥ずかしくて声をかけれないから一緒のことだ。


「よし、頑張ろう」


そうして気合を入れたところまではよかった。けれどそこからはダメ。


 さっそく机を動かそうと歩き出してすぐ、手に持っていた箒を机に引っ掛けて落としてしまう。


 運動神経の悪い僕がその箒を踏まないように避けるなんてこともできるはずがなく、ばっちり箒を踏んで挙句の果てには見事に足をぐねってバランスを崩し、仰向けに倒れそうになってしまった。


 これは転んだ! そう思った時には僕はきつく目を閉じていた。


 受け身をとるとか頭を守るなんて咄嗟の判断力がない人間は、こうしてただ目を瞑るしかできないのだ。


 あとはただ、思ったよりも痛くない神展開を願うだけ……。


 あまり痛くないようにお願いします。


 そう心で祈っていた僕は、いつまでたっても痛みがやってこないことに気が付いた。


 それどころか床に強打するはずだった後頭部は、何か柔らかな感触に包まれているようでむしろ心地良い。


 いや、後頭部だけじゃない。


 どういうわけか背中全体が柔らかいクッションにでも包まれているようだった。

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