混沌の支配者……。
私たちは整備された街道を、2頭の馬で引っ張る馬車に乗りながら進んでいる。
荷台は、食料でいっぱいだ。
次の目的地に着いたら真っ先に売って、旅の資金にする予定しようと思っている。
どうやらレペンス帝国の兵士の目的は、本当に人間だけだったようで、馬や、家畜などに被害は一切なかったので、馬2頭と荷台を使わせてもらっている。
手綱を握っている私の隣には盗賊から盗んだ片刃の刀を腰に携えている雷武がいる。
せめて武器ぐらいはいいものを、と思い私が雷武に渡したのだ。
私は、使い慣れた両刃の剣のほうがいい。
それにしても、雷武が記憶喪失になったことについてのことが少し気になる。
記憶喪失って重度だと、自分の名前を忘れることがあるって聞いたことがあるような気もするし……まぁ本人に訊けばいっか。
「今更だけど、どうして雷武は、自分の名前を知ってるの?」
と、その重度のうちに雷武が入るのか気になって訊いてみる。
「あぁ、それなら、元ご主人様が教えてくれました。僕は記憶がないので訊いたら『寝ぼけてんのか‼』って怒られちゃいましたけど……」
と、頭を掻きながら答える。
なるほど。どうやら名前を忘れるほど重度だったらしい。
そんな軽いことじゃないと思うけど……。
ていうか、名前を訊いたら怒鳴られたってことは奴隷になった後に記憶を失くしたってこと⁉︎
しかも主人の知らないところで⁉︎
………えぇ……。
そうなると、寝返りして頭を打って記憶喪失っていうアホみたいな理由ぐらいしか思いつかないんだけど……。
そのご主人様(村長)が雷武の名前を知っていたのなら他のことも知っているかもしれないと思い、
「他には何を教えてくれたの?」
と訊くと、
「外の世界のことですね。僕を殴りながらでしたけど、それ以上にワクワクしました」
と雷武が言う。
殴られながらでもワクワクする……ね……。
半ば狂気じみてる……。
「そういえば、ここら辺では、雷武みたいな東の方の国の出身者は差別を受けているの」
と話そうとしてたことを思い出し話を切り出す。
他の国のことは知らないが、レペンス帝国では東の方の国との文化の違いでそこの出身者たちを差別している。
文化の違いと言っても、東の方の国は天照大御神を、レペンス帝国は女神・エリスを信仰していることと、あとは単純な生活の違いが原因らしい。
私はずっと前から、「しょーもない理由……」とか思っていたりする。
「そうなんですか⁉」
雷武が驚いた顔をしている。
だが、この差別、簡単な回避方法がある。
「差別といっても、要は東の方の国出身だってバレないようにすればいいだけだし、雷武みたいな容姿の人も少なくないから、偽名を使うだけで差別されなくなると思う。偽名、考えておいてね」
と、いうことだ。
ばれたらまずいけど差別を避けるために遠くの国に行く気にはなれない。
それに、私には「復讐」という目的があるし……。
「俺、カトレアさんが考えた名前がいいです」
と雷武がつぶやいた。
「え? いいの? 偽名っていってもこれから名乗っていく名前だよ?」
と言うと、
「どうせ名乗るなら、カトレアさんがつけた名前を名乗りたいです。カトレアさんは、昨日、僕に外の世界を教えてくれました。カトレアさんが来なかったら、僕は餓死していたでしょう……この理由だけでは不十分でしょうか?」
雷武……。
言うようになったじゃない……。
「しょうがないなぁ。気に入らなくても文句言わないでよ?」
そう言いながらその場で私は考えだした。
正直、自分で考えるのにはあんまり自信はない。
だから、私が好きな小説からヒントをもらった。
「ルゥ……あなたはこれからルゥと名乗りなさい!」
我ながらいい出来だったので、少し大きな声を出してしまった。
「ルゥ……いい名前ですね! 由来は何ですか?」
どうやら、雷武も気に入ってくれたようだ。
「私の好きな小説の主人公の名前を少し変えてみたのよ」
「それはどんな主人公なんです?」
と顔を近づけて訊いてくる。
「いろんな物に興味をもっていて、初対面の人でも命を懸けて助けようとする正義感の強い人よ。あなたにピッタリでしょ?」
と言うと、
「ありがとうございます! ルゥ……いい名前です!」
勢いよく頭を下げてきた。
そこで一つ頼みがあった。
「ねぇ、名前を付けた代わりと言っちゃなんだけど、一つお願いがあるの」
と私が言うと、
「お願い? なんですか?」
と訊いてきた。
「それ! その敬語! あなたはもう奴隷ではなく、私と身分は同じなの! だから、敬語は必要ないわ」
と言うと、
「そうですね……いや、そうだね……。こんな感じ?」
しばらく敬語を使っていなかった所為か、なれない様子だった。
そんな話をしていると、
『グオォォォ!』
と、大きな声がした。
急だったのでびっくりして声のした斜め右後ろを見ようとするが荷台で見えない。
馬が鳴き声を上げて怯えだしたので、先に馬をなでると落ち着いたようで、おとなしくなった。
「何事⁉」
馬車から降りて、声がした方を見ると、体長5メートルぐらいの大きい黒いクマような生き物がいた。
「グレイベアー」だ。
ここら辺に出てくる魔物の中では結構強い部類に入る。
だが、「ここら辺では」というだけで、魔物全般を見ればたいして強くない。
それに、こいつなら何度も自衛団の仕事で戦っている。
だから、今回もいつも通りに、グレイベアーを倒そうと思い、手を前にかざす。
グレイベアーに向けて、
「≪
私の特技を使おうとすると、
「ねぇ、俺、戦ってみたい!」
と目を輝かせながらルゥが言ってきた。
その好奇心がダメとは言わないが戦ったら間違いなく死ぬだろうね。
だから私は、
「絶対にダメよ」
と、きっぱり断った。
さすがに開放したばかりの奴隷をグレイベアーと戦わせたところで勝てるはずがない。
「えぇー」
何かルゥが言っている気がしたが無視して歩き出す。
グレイベアーに近づくと、
「≪
と小さく呟いた。
その後、グレイベアーの陰から黒い影の塊のような大きな棘が飛び出し、グレイベアーを串刺しにした。
すると、後ろから、
「カトレアさん……」
とルゥが呼んできた。
魔物が串刺しになる瞬間を見たんだ。
吐いても仕方がない。
「なに?」
私が振り返ると、そこには下を向いて頭を地面にこすりつけているルゥがいた。
「大丈夫?」
さすがに心配になった私は声をかけた。
「お……」
「お?」
「俺を弟子にしてください!」
なーんだ土下座かよ。
心配して損したじゃんか。
「はぁ……」
とため息を吐きながら土下座しているどっかのだれかさんを無視して私は馬車に乗った。
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