第25話 ダンギク -忘れ得ぬ思い-
翌日、もしかしたらリディアが何事も無かったかのように俺と合流してくる事を期待していたが、そんな期待は簡単に裏切られてしまった。
概ね予想通りだったとはいえ、やはり良い気分ではない。
普通に考えて、登校初日にあんな目に遭えば学校になんて行きたくなくなる。
正直俺の今の立場も危うい。
杏香は俺が彼氏を退学させた事に既に気付いているようだし、心愛の件も結局引き受けずにいる訳だし、もしかしたら杏香と心愛のダブルコンボで俺を潰しに来るかもしれない…そんなネガティブな事を考えながら、重い足取りで学校に登校した。
〜
昇降口から校舎に入り、靴箱で上靴に履き替えていた時、ふと隣に心愛が来る。
別に俺に昨日の話の続きをしに来たという訳ではなく、単に靴箱の位置が近いというだけだ。
「…あ」
心愛は俺に何かを言いかけて、すぐに長い前髪で目元を隠してどこかへ行ってしまった。
やっぱり、気まずいのだろうか。
しかし、いつもなら寄生虫みたいに杏香に付いているのに、登校の際は杏香と一緒という訳ではないようだ。
当たり前か。今の杏香はきっと彼氏と…って、そういえば俺が退学させたんだったわ。
なんとなく心愛の事が気にかかったが、俺は上靴に履き終えると教室に向かっていった。
〜
まだ朝のホームルームには早いからか、教室にはまだ全然人が居ない。
大体この時間はスマホでゲームの攻略サイトを見たりして時間を潰している。
俺には友達が居ないし、ましてや共通の話題で盛り上がれる同級生も居ないだろう。
教室には俺を含めて4人。この4人の中にもちろん心愛は含まれている。
なんとなく俺は心愛に話しかけてみようと思い、席を立って心愛の席にの前に立つ。
「っ…」
心愛は気まずくて顔を見せたくないのか、下を向いた。
「杏香は?」
「杏香ちゃんは…多分サボリ」
「そうか。その…あれだ、昨日の件は」
「…その事で、話があるんだけど」
「…?」
「やっぱり…君にお願いしたいの」
そう言うと、心愛は顔を上げて俺の目を見る。
俺は心愛の顔に軽い衝撃を受け、言葉が詰まってしまった。
心愛の顔は片目は眼帯で覆われており、頬には割と目立つ青い痣。
ファンデーション?とかで隠せるのだろうが、この学校では化粧を禁止している為無理だろう。
「…心愛、どうしたんだ…それ」
あまりの衝撃に、質問を質問で返してしまう。
やっぱりそうなるよね…と言わんばかりに心愛は何とも言えない笑みを浮かべた。
「…昨日、君と別れた後に杏香ちゃん達に遭遇しちゃってさ。ほら、杏香ちゃんは君を恨んでるじゃない?だから君と繋がってるんじゃないかって疑いをかけられてさ」
「それでそんな傷を…まさか、杏香が」
「うん…目にかけられた時は痛かったよ…はじめても…取られちゃった」
何をかけられたんだ…と思ったが、“はじめてを取られた”という発言で察してしまった。
どうやら杏香は一人ではなくあの不良グループと一緒に心愛をレイプしたようだ。
もう、そこまで行くと不良グループというより犯罪グループと言っても過言ではない。
だが、そんな目に遭っても学校には来れる心愛のメンタルはもはや尊敬に値する。
「…わかっただろ。心愛の知ってる杏香はもう居ない。更生…前の関係に戻るなんて無理だ」
「そうでもないよ」
「そんな目に遭わされたのにか」
「だって、杏香ちゃんは私に何もしなかったから」
「言い換えりゃ助けもせずただ見てるだけだったんだろ」
「…そうだね」
杏香に直接された訳ではないが、ただの言いがかりでここまでされているのにも関わらず、まだ杏香を信じれるのは…当初は讃えるべき友情なんて言ったが、ここまで来るともはや病気だ。
唯一の友達を意地でも失いたくないという思いから来る信頼なのかもしれないが…それでも限度というものがある。
「でも杏香ちゃんもきっと、あの場で“やめて”なんて言えなかったんだと思う」
「…それで、警察には言ったのか?流石に警察も動くと思うが」
ただでさえ性的暴行というだけでも充分犯罪だというのに、奴らの場合殺人まで犯している。
昨日心愛が不良グループに遭遇しているという事は、まだ奴らは捕まっていないどころか、そもそも疑われてすらいないという事。
「通報なんてしたら、杏香ちゃんから恨まれて更に関係が悪くなるじゃん」
「…既に恨まれてる俺の前でそれを言うか」
「だってそれは退学させた君が悪いんじゃん」
「そもそも退学させられる時点でそいつが悪いだろ。それだけ日頃の行いが悪いって事なんだから」
「うーん…」
「それに、実際彼氏が居なくなったお陰で杏香との関わりも増えただろ」
心愛は杏香に依存している。
それに反するように杏香は彼氏に依存している。
つまり、必然的に杏香は彼氏との関わりを優先する…という事は、心愛との関わりを減らしているのだ。
依存していた彼氏が学校から居なくなった事で、その穴に入り込む事で杏香との関わりを増やした…という事だろう。
「…確かに。そういう面では、君に感謝しないといけないね」
「そんな感謝しないといけない奴に汚れ役やらせようってんだろ」
「でも…お願い。杏香ちゃんと彼氏を別れさせるだけで良いから」
「それが難しいって言ってんだけどなぁ」
俺は頭を掻きながら言う。
実を言うと方法はある。
出来る事ならあまりやりたくはないのだが、リナリアに彼氏の体に憑依してもらって杏香を振るか、自殺でもさせるかだ。
だが、リナリアの力をあまり借りたくはない。故に、これはあくまで最後の最後で使う切り札のようなものだ。
「…お願い。」
「…出来たらやるよ」
勢いで依頼を引き受けてしまい、俺は逃げるように心愛の席から離れて自分の席に戻った。
あんな縋るような目をされたら、断る事なんてできなかった。
人がまだ少ない教室での俺達の会話は響いていたのだろう。心愛を除いた教室にいた生徒は俺を悪者を見るような目で見ていた。
どんな理由であれ、男VS女は大体どちらが勝っても男が悪いという事にさせられるのか。
まぁ、今回に至っては誰が悪いとかそういうものではないが。
〜
朝のホームルームを終え、そのまま1〜6時限を終え、帰りのホームルームが済むと、俺は一目散に下校していった。
今日はただひたすらに引き受けてしまった“杏香の更生”、すなわち杏香と不良グループのリーダーを別れさせる方法について考えていた。
…が、正直リナリアの手を借りる以外に良い方法が思いつかなかった。
直接「杏香を更生させる為に別れてくれ」なんて言える訳がないし、それ以前に相手は人も平気で殺すような連中のリーダー。
まぁ、言ってしまうと面と向き合うのが怖いんだが。
そんな事を考えているうちに、校門前まで来てしまった。
そこにはいつものように優璃が俺を待ってくれていた。
「ごめん、昨日は付き合わせちゃって」
「ううん、構わないよ。寧ろもっと利用しても良いんだぞ?」
優璃は、いつもと違う雰囲気で俺にそう言った。
だが、俺は知っている。
こんな口調で喋る奴を、ただ一人。
「…なんだリナリアかよ」
「なんだいその反応。久々にこの喋り方をしてあげたというのに」
「いつもそんな感じだろ」
「フフ…そうだったね?」
何か企んでいるように、優璃の顔で不敵に笑うリナリア。
…どことなく、初めて会った時の優璃に似ているような気がした。
「とにかく帰るぞ、優璃の家が近くなったらその身体から出てけよ」
「当たり前だ、そこは君の言う通りにするよ?だって私は」
「はいはい俺にとって都合のいい女、だろ」
「むー…」
決め台詞を先に言われ、機嫌を悪くしたのかムスッとした顔で俺を睨みつける優璃…じゃなくてリナリア。
「オカルト月刊誌?」
「違う!早く行くよ!」
そう言うとドシドシと露骨に足音を立てて優璃(リナリア)は歩き出した。
「珍しく怒ってんな…アイツ」
「怒ってないから!」
「聞こえてんのかよ…てかやっぱ怒っ」
「…てないから!」
「…はい」
〜
俺とリナリアは、二人だけで街を歩く。
俺は依頼の解決について考えていて終始無言だったし、リナリアも気を遣っているのか珍しく大人しくしている。
「…あ、あのファミレスでポテトでも食べながら時間潰そうじゃないか」
リナリアが突然近くのファミレスを指差してそう言う。
あれは、出会ってまだ1日も経っていなかった時の優璃と来たあのファミレスだ。
あれからそろそろ2ヶ月…月日はそんなに経っていないはずなのに、何故かとても懐かしく思える。
今思えばこの約2ヶ月間、色んな事が起こり過ぎた。
優璃との出会い、リディアとの出会いに優璃との和解…リナリアの出現に戦吾の死。
そして今は杏香更生の件で頭がいっぱいいっぱいだ。
久々に気晴らしに行ってみるのも悪くないだろう。
「あぁ」
俺はリナリアの提案に頷くと、ファミレスに赴いた。
入店と同時に、やる気のないバイトの「いらっしゃいませー」や「空いてる席どーぞー」が聞こえてくる。
いや、ちゃんと何名様か聞いてこいよ。
俺はやる気のないバイトに少しだけ腹を立てながら空いている席に着く。
ここは聖芽高校から近かったり、学生(部活に入ってない生徒)が下校する時間帯という事で、店内の半数の席が聖芽高生徒で埋まっていた。
「いやぁ、懐かしいね…かつて君とここで何かのセットを頼んで分け合って食べていたねぇ」
「優璃とな」
「フフ、そうだったねぇ」
リナリアはどこか楽しそうだった。
俺はあの時と同じく、ハンバーガーセットを注文する。
前回来た時と違ったのは、注文がタッチパネル式になったところか。
お陰で接客する店員に腹を立てなくて済む。
俺がバイトをしていた時、真面目になっていたのにも関わらず、理不尽な扱いを受けた経験がある為、俺よりも真面目になっていない奴が居ると「何でお前は良くて俺は…」と思ってしまうのだ。…半ば、嫉妬のようなものだ。
「あー、どうすれば良いんだよ…」
「何でそんな無理難題を引き受けたんだい?」
リナリアは膝をついて、偉そうな態度で聞いてくる。
「あのまま断ってもまた頼んでくるからだ、現に昨日断ってんだぞ」
「引き受けるまで頼む…ねちっこいやり方だねぇ。で、君はその策にまんまと嵌ってしまったわけだ」
「だが、どちらにせよアイツの彼氏に用はあるし、ついでみたいなもんだけどな」
「その“ついで”をそんな真面目に考えちゃってるんだ?」
リナリアはそう言うと、いつの間にか届いていたポテトをとって一口食べる。
…たく、“お待たせしました”の一言くらい言えよ店員。おたくの教育どうなってんのよ。
…なんだろう、俺が間違ってんのかな。それとも俺ってクレーマー気質なのかな。
誰か教えて神様。
誰かって言ってんのに神様って言っちゃったじゃん。
ちなみに目の前の神様には絶対教えてもらわない。
「…聞いてる?」
クソほどどうでも良い事を考えていると、リナリアが俺の顔を覗き込んだ。
それでようやくリナリアが何か言っていた事に気付く。
「え、なんだ?」
「もう…本当に更生云々はついでなのかい?ほら、君も食べなよ」
「…グレープソーダじゃねぇか」
「ちなみに僕はコーヒーだ、もう間違えないからな?」
リナリアは蓋を開けて、黒い液体…コーヒーを俺に見せつけると、それをストローで飲む。
「…何なんだ、さっきから」
「ウフフ、ただの思い出話さ」
くすくすと嘲笑うようにリナリアは口を吊り上げる。
このファミレスに入ってから、リナリアは少し様子がおかしい。
急に人が変わったとかそういう訳ではなく、なんというか…俺と優璃が初めて会った日の出来事を、あたかも自分が経験してきたかのような発言をよくする。
単にふざけてそうしているのか、それとも優璃の体に憑依しているから真似事でもしたいのか…。
まぁ、こいつの事だ。
どうせ俺と関わりたいから真似事して心揺さぶろうとか思っているんだろう。
…なんかここだけ聞くとナルシストみたいだな俺。
まぁ世の中の人間なんて自分大好きですから(?)
「あの時の優璃って凪葉を演じてたんだよな…今思えば、ほんっと似てねぇ…」
「凪葉はもっと、可愛くて元気で、何より可愛い女の子だからね。あんなクーデレ紛いとは違うさ」
「お前は凪葉の何を知ってるんだ…」
「君だって4割くらいしか知らないくせに」
「4割…微妙に現実的な割合だな…」
確かに俺は、凪葉に関して何でもかんでも知っている訳ではない。
知っているのは俺と一緒にいる時の凪葉くらいで、家での凪葉も休日での凪葉も知らない。
それに一緒にいたとしても心の内まではわからないし、残りの6割は俺の見えない所の凪葉と心の内側なのだろう。
てか知ってたらキモいし怖くね?俺メンヘラかよ。男のメンヘラは需要無いって洲崎先生に教わったぞ。
「…で、それだけ考えておきながら、結局手段は一つしか思いついていないんだろう?」
リナリアは何か企んでいるような顔で俺を覗き込む。
そうだ。コイツ俺の心を読めるんだった。
唯一思いついている手段は、リナリアを利用する事…だが、それはあくまで最後の手段…極力使いたくはない。
「そもそもあの女とリーダーを別れさせたところで、更生なんて出来ないと思うが?あの女は彼氏に依存している…仮に私が彼氏に憑依して振ったら、あの女は壊れてしまう。自殺に一目散…というくらいにね」
「心愛はそれが狙いなんだ」
「友達が壊れたところに寄り添って依存させる、ね…大人しそうな見た目に反して随分惨いこと考えるね」
神様ですら感心してしまう案を思いつく心愛とは。
それによく考えてみれば、杏香には多分…心愛以外に友達はいないだろう。
不良グループと連んでいると言っても、不良グループ的にはただ都合が良いメス女としか見ていない。
恐らく彼氏であるリーダーが居なくなったら、杏香は不良グループという居場所を失うだろう。
心愛がどこまで考えているのかはわからないが、もしここまでが計算通りなら末恐ろしい。
「世の中の女なんてそんなもんだろ」
「…凪葉の事も、そう思ってたんだ?」
その時に発したリナリアの声は、いつもニヤニヤ嬉しそうに楽しそうに笑っているリナリアからは想像出来ないくらいに冷めた声で、俺は背筋が凍る。
リナリアの“怒らせたらヤバい”感は凄まじく、改めてリナリアは神様なのだと気付かされる。
しかし、何故自分でも優璃でもなく、敢えて凪葉を選んだのだろう?
「いや…凪葉と優璃は例外だ。だって俺と仲良くしてくれるし」
「心愛は?」
「心愛は仲良くっていうか、ただ俺を都合よく利用したいだけだろ」
「ふーん…ま、凪葉と優璃だけが君にとって特別ならいいか」
「何か変な言い方するな…お前」
…何故、その“俺にとって特別”に自身が含まれていないのだろうか。
リナリアに対する疑問は残り、俺はモヤモヤしながら殆ど口にしていないグレープソーダを飲む。
「…あ、それ僕の…」
「え」
途端、口の中に深みのある(かどうかは知らん)苦味が広がる。
それから俺が飲んだのは、グレープソーダではなくコーヒーだと気付いたのは間もなかった。
まさか…グレープソーダとコーヒーを間違える日が来るとは思ってなかった。
あれ…過去の俺“グレープソーダとコーヒー間違える奴ヤバすぎワロス”とか言ってないよね…
色が全然違くても、わざとじゃなくても、人は間違えるもんは間違えるのである。
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