第24話 ユーカリ -再生-

「杏香を…更生?」


 突如現れた杏香の友達、暮内心愛に杏香を更生させてほしいと頼まれた。

 突如現れたって言い方すると特撮怪獣みたいだな…なんてどうでもいい事を考えた後、改めて心愛の頼み事に対する疑問を問う。


「何で俺なんだ」

「そ、それは…“今の”杏香ちゃんに対してあんな風に強く言えたの、君だけだから」

「あれは急いでたからその勢いっつーか」

「だとしてもあの杏香ちゃんに強く言えるって凄いよ」


 枢木杏香はかなりのヤンキーで、彼女に歯向かえる存在は彼氏とその不良グループか命知らずくらいだろう。

 現に杏香がリディアに突っかかった時も、誰もリディアを助けようとはしなかった。

 杏香が連んでいた不良グループが退学されて今は聖芽高に居ないとしても、元々ガラの悪い見た目と鋭い目つきによる威圧には、誰もが恐れるだろう。故に、誰も杏香に近寄らないし、逆らえない。


「見る感じ君は杏香の友達なんだろ?俺はアイツに恨まれてるっぽいし、俺が言うより君が言った方が良いんじゃないのか?」

「言ったよ…何度も。でももう今の杏香ちゃんはあたしの言葉を全く聞き入れてくれなくて」

「“今の”、“今の”って、杏香は昔はあんなじゃなかったのか?」

「…うん」


 俺は心の中で“だろうな”と呟く。

 見た目とか言動だけでの判断ではあるが、こんなに華奢な心愛があの杏香と友達になれる訳がない。それは学校にいた時も感じていた。

 恐らく杏香とは昔から友達だったが、高校に入って変わってしまった…という感じだろう。

 こんな感じで心愛と杏香の過去をなんとなく頭の中で考察していると、心愛はまるでその考察の答え合わせをするかのように語り始めた。


「保育園の時から、自分の名前がコンプレックスでさ…ほら、心愛なんて名前、いわゆるキラキラネームって奴じゃん」

「まぁ、そうだな…」

「だけど、そんなあたしの名前を可愛いって言ってくれたのが、杏香ちゃんだったの。で、あたしも杏香っていう普通の女の子の名前が羨ましいって言って、そこから仲良くなったの」

「名前、か…」


 そんな事もあるんだな、なんてふと思う。

 心愛はキラキラネームである自身の名前にコンプレックスを抱いていたが、杏香がその名前を褒めてくれた事で心愛は救われ、お互いがお互いの名前を羨ましがり、気がつけば仲良くなっていった…という感じだろうか。

 ここだけ聞くと“良い思い出だね”で終われるのだが。


「そこから小学も同じで、中学も同じで、一緒に受験勉強とかしたりもした。何回か喧嘩した事もあったけど、その度にお互い仲直りして、その度に絆が深まって、ずっと仲良しだった」

「一緒に受験勉強したのに行けた高校が聖芽高かよ…」

「聖芽高は併願で受けたの!でも本願の進学校が後少しってところで落ちちゃって」

「まぁこの高校自体、高校受験に落ちた人への救済みたいなもんだからな…」


 とか言っておきながら、そんな偏差値が低過ぎる聖芽学校を本願で受けた男がここに一人居るんだが。


「でも、杏香ちゃんは本願の高校に受かったの」

「マジかよ」


 あの杏香が偏差値が高いであろう進学校に受かったというだけでも個人的にかなりの衝撃だった。

 それなのにどうして杏香は聖芽高に来てしまったのか…なんて事は、すぐにわかったがそれでも心愛の返答を待った。


「でもね…あたしと高校生活送りたいからって言って、わざわざ進学校諦めてこっちに来てくれたの」

「凄いな…褒め称えるべき友情だな…」


 俺は、半ば皮肉のようにそう言う。

 しかしよく考えたら俺と戦吾も似たような感じだったな。まぁ心愛と杏香との違う点といえば、お互い馬鹿だったから聖芽高にしか行けなかったという点だろうか。


「でも聖芽高に来て、彼氏が出来てから杏香ちゃんは変わっちゃったの」

「そんな事だろうと思ったよ」


 どんなに長い時間をかけて積み上げてきた絆も、褒め称えるべき友情も、異性が絡んでしまうと一瞬にして崩壊してしまうものなのだ。

 絆や友情を氷柱つららと例えるなら、異性は熱だ。

 氷柱だって長い時間をかけて作り上げられるものだが、そこに何かしらで熱を加えるとすぐに溶けてしまうのと同じようなものだ。

 しかも友情又は絆という名の氷柱を溶かす熱の役割を担う異性の存在が、よりにもよって不良グループのリーダーなのだからタチが悪い。

 どうでもいいが異性=熱という例えは捉えようによってはエロくなるな…。


「だから正直…杏香ちゃんがあんな風になっちゃったのも…あたしのせいでもあるんだ」


 あ、これこの後泣く奴だ。

 泣いて同情させてから協力を持ち込むパターンだ。

 でもさ…なんか、心愛の気持ちも正直わからなくは無いんだよ。

 保育園の時から仲の良い友達を、彼氏が出来たからとはいえ、その出会うキッカケというか場所を与えてしまったのは…性格を歪めてしまったのは自分のせいだと思うのも無理はない。

 だから何とかして昔のような仲に戻りたい…でも相手は聞く耳を持たないし、相手に対して強く言える人もいない。

 そんな時に現れたのが、俺だ。

 縋りたいというか、頼りたい気持ちもわかる。


 そして、案の定心愛は泣き始めた。


「あたしがっ…もっとちゃんと勉強してれば…!杏香ちゃんがあんなんになる事も無かったのにっ…!杏香ちゃんの優しさを…あんな形で…!」


 何だろう、本人は本心で言っているんだろうが、俺が捻くれた事を先に言ってしまったせいで、まるで心愛が俺に協力してほしいから同情を買おうとして嘘泣きしているみたいに見えてしまって仕方がない。


「…君の気持ちはよくわかる」

「だったら…!」


 心愛は顔を涙で濡らしながらも、表情を少しだけ明るくして…まるで希望の光を見たような顔で俺を見つめる。

 だが、そんな希望に満ちた顔を裏切ってしまうことを言う事に、罪悪感が芽生えてくる。

 俺は深呼吸してから、答える。


「俺、杏香の彼氏に親友殺されてるんだわ」

「え…?」


 心愛の希望に満ちた表情が、一瞬にして困惑と絶望に満ちた表情に変わる。

 その顔はまさしく、目の前で仲間を殺された主人公のようだった。


「だから例え、杏香が直接手を下していなかったとしても…その場に居なかったとしても、俺の親友を殺した不良グループの関係者なら助けたくないんだよ…!」

「もしかして…今日校長が言ってた、夏休みに起こった聖芽高の生徒が殺害された事件の被害者って…君の…?」

「ああ…そうだ」


 俺は怒りの混じった声で心愛に言う。

 まるで八つ当たりのようになってしまっている事に気付いた俺は、もう少し落ち着こうとまた深呼吸をする。


「でもまだ犯人ってわかってないんじゃ」

「…!」


 そういえば、そうだった。

 まだ世間は戦吾を殺した人物をまだわかっていないんだ。

 つい勢いで言ってしまったが、なんて言い訳をすれば良いのだろうか。

 せっかく深呼吸をして落ち着いたというのに、今度は言い訳を考えて焦って動悸が荒くなる。


「何で…杏香ちゃんの彼氏が殺したって知ってるの…?」

「それは…」


 どうする…なんて言い訳をする?


 “殺される寸前に戦吾から電話が来た”?

 “殺害予告された”?

 

 …そもそも、リナリアの言っていた事は本当に正しいのか?

 一応動機はあるし、完全にそうだと思い込んでいたが、まず前提としてリナリアが真実を言っているとは限らない。

 そうなると、仮に“殺される寸前に戦吾から電話が来た”とか“殺害予告された”とか言い訳をしたとしても、もし実は戦吾を殺したのがあの不良グループではないとしたら、俺の立場が危うくなる。


「あ…あの…うぐっ!?」


 突然、心愛が苦しみだした。


「…心愛?」

「んぅうぅ!なに…これぇっ…!何かがぁっ…ぁああああ!!!」


 顔を赤らめ、喘いだ後に心愛は膝をついた後に倒れ気絶した。

 俺は心愛に駆け寄り、身体を揺らす。

 すると、心愛は何事もなかったかのようにむくりと起き上がる…が、俺を見る目が完全に別人で、あろう事か俺に抱きついてきた。


「危なかったねぇ…私がこの女に憑依しなければ君の立場が危うかったぞ?」

「リナリアか…」


 俺は全身の力を抜く。

 リナリアと話していると急に実家のような安心感が出てくるのはなぜだろうか。


「なんだいその反応。君の為にわざわざこの女に憑依したというのに…全く、初めて憑依する際は少し面倒なのだからな?」

「わかったわかった、これに関しては…アリガトウ」

「また棒読み…でもちゃんと感謝を伝えられるのは偉いぞ」


 リナリアは心愛の顔で微笑むと、俺の頭をまるで母親のように優しく撫でる。

 しかし、華奢で弱気だった心愛が偉そうでミステリアスな態度になると、まるで別人のようになる…これがギャップ萌えという奴か。萌えてないけど。


「なぁ、戦吾を殺した犯人が俺達が退学させた不良グループって、本当なのか?」

「どうして疑うんだい?私が君に嘘をついて何の得がある?」


 そう言われると、確かに嘘をついた所でリナリアに何の利益も無い。

 逆にどうして真実を教えてくれるんだ、と問うたとしても、返答はきっと“君にとって都合の良い女だから”と返されておしまいだろう。


「…信じていいんだな」

「ああもちろん。寧ろ信じてほしいな」

「わかった…じゃあ心愛の身体から出ていってくれ」

「えー、もう少し君を感じていたいのだが…まぁいい。わかったよ」


 そう言うと心愛は首をかくんと下ろし、俺の身体に密着していた腕ははらりと離れた。

 その仕草はまるで死んだかのようで、一瞬だけ焦る。

 俺が心愛の身体を抱きかかえた瞬間、目が開く。


「あれ…あたし…」

「あ、あぁ。急にぶっ倒れたから焦ったぞ」


 俺は何の躊躇もなく嘘をつく。

 俺に取り憑いてる神様が憑依したなんて真実を言ったところで信じてくれる訳が無いし。


「あたし…何か君に言おうとしたんだけど…何だったっけ?」

「分からん。でも忘れたって事はどうでもいい事だったんじゃないか?」

「うーん…そうなのかなぁ…っていうか、いつまで抱きかかえてんの」

「じゃあ起き上がれよ…地味に重いんだよ」

「はぁ!?重いとか酷すぎ!!これでも減量してるんですけど!」


 俺は禁句を言ってしまったようで、心愛はブチギレて俺の下から離れて、怒りを露わにするかのように睨みつける。

 まぁ、どこかで女子に体重関係の話をしたりブッ殺されるという話を聞いた事がある。

 すなわち、悪いのは俺だ。


「あぁ…悪い、口が滑った」

「はぁ…まぁ良いよ…ちゃんと減量出来てないあたしが悪いんだし」


 驚いた。

 普通の女子ならここから逆ギレが始まったりするのだが、心愛は意外にもそんな事は無かった…というか、俺はある事に気付く。


「…なんか、いつもと違うな」

「え?」

「いつも、杏香と一緒にいる時はなんつーか…杏香の機嫌取りみたいになってるからさ」

「あぁ…今の杏香ちゃんに君と同じようなっていうか、普通の態度取ったらキレられるから…」

「…そうか」


 俺はため息混じりにそう言う。

 高校に入るまでは対等な関係だったのに、異性というイレギュラーが混じるだけでその対等な関係すらも歪んでしまうモノなのか。

 昔と同じ呼び方で呼ぶのも、昔と同じように絡むのも、“昔と同じ”の全てが無効になって、友達同士という関係にもいつの間にか上下関係みたいなのが出来て…それは本当に友達と言えるのか?


「正直異性によって歪んでしまった友達を更生させるよりもいっその事、縁を切った方が早いんじゃないか?」


 そもそも杏香と心愛との関係があんな風になってしまったのは杏香が不良グループのリーダーと関係を持つようになったからだ。

 1番の理想は杏香が彼氏と別れる事だが、当然それを向こうが承諾する訳が無い。例え理由を説明したとしてもだ。

 極論ではあるが、もう杏香との縁を切って向こうも心愛も自由にすればいい。


「嫌だよ…あたしの友達、杏香ちゃんしかいないもん」


 俺はもう居ないんだよ。

 その杏香ってヤツの彼氏の不良グループに唯一親友と呼べる存在を消されて、面識のあるリディアも多分杏香のせいでおかしくなってしまったんだよ!!

 …そう、言いたい衝動に駆られた。


 でも、それは心愛の内心とは関係ない。

 心愛は杏香をこの高校に来させてしまった自分に対して、責任感を感じている故にこういった行動に出ているのだろう。


 本当に心愛の気持ちは経験した訳では無いが、それでも痛いほどわかる。


「でも、かと言って変わってしまった友達と無理に関わる必要もないだろ」

「…あたし、きっと杏香ちゃんにめっちゃ依存しちゃってるんだろうね…杏香ちゃん以外の人と仲良くってあんま考えられないっていうか」

「そんなのわがままだろ」

「わがままかもしれないけど、でも杏香ちゃんが更生したら周りの人も杏香ちゃんを見直すっていうかさ!」

「君、さっきから更生更生って言ってるけど、どうやって杏香を更生させるつもりなんだ?まさか更生手段も俺に任せる気か?」


 俺はふと疑問に思ったことを心愛に告げる。

 まさか考え無しに俺に頼み込んできたというのなら無責任過ぎるし、卑怯だ。都合が良すぎる。

 悪く言えば、自分の手を汚さずに他人の力で友達との仲を戻そうという事なのだから。


「うーん、杏香ちゃんが変わった原因は彼氏が出来てからだから…別れさせるとか?」


 うーん、って考えている時点で考え無しだったという事が証明されたが、それで捻り出した案が何の捻りもない案で俺はついため息を吐いてしまった。


「あのさ、彼氏を別れさせるなんて簡単に言うけど」

「わかってる!別れさせるのは難しいかもしれないけど…」

「違う、それもそうだが俺が言ってるのは別れた後の話をしてんだ」

「別れた…後?」

「そもそも彼氏が出来て変わったって事は、人格が変わっちまうほど彼氏に依存してるって事だ。依存しまくってる相手と別れさせたら、どうなると思う?」

「…あ」


 心愛は気付いたのか、目を見開いて口を押さえる。

 というか、ここまで言ってようやく気付く時点で相当ヤバいけどね。


「…そう、何とかして関係を戻そうとするんだ。今の君と同じようにな。要するに君と杏香は良くも悪くも似た者同士って事だ」

「…っ」


 心愛は絶句している。

 心愛にとって杏香が依存してしまう程かけがえのない存在なのと同じように、杏香にとって今の彼氏はかけがえのない存在なのだ。

 恐らく彼氏にとって理想の彼女でありたいという理由で髪を染めたり服装を変えたりするほど、杏香は彼氏に依存しているのだ。


 まぁこれの悲しい点は、杏香にとってかけがえのない存在が“心愛”ではなく“彼氏”になってしまっているという点だが。

 心愛は結局、今彼氏が座っている“杏香のかけがえのない存在”という枠を取り戻したいだけなのだ。

 それを悪い事だとは思わないが、そうやって枠を無理矢理取り戻したところで、昔と同じような関係に戻れるとは限らないのだ。


「幼馴染との関係を戻したいって気持ちはわかるが、それを果たして杏香は望んでるのか?」

「ち、違う…あたしは、杏香ちゃんを更生させたくて…!」

「更生すれば昔と同じような仲に戻れるって信じたいだけだろ」

「…っ」

「でもそれが難しいし、それをやったとしたら杏香との仲はもっと悪くなるだろうな」

「…そろそろ日が暮れるし…何か話聞いてもらっちゃってごめんね、また後日!」


 俺が喋っている途中、心愛は日が暮れる事を口実にこの場から逃げるように去っていった。

 確かに気がつくと辺りは少し暗かったが、多分本心を見抜かれたと思ったのだろう。

 

 多分、心愛は全てわかっていたのだろう。

 杏香が更生…いや、心愛と関係を戻したいと思っていない事も、仮に彼氏を別れさせたとしても関係は戻るどころか悪くなる事も。

 

 心愛は、杏香と彼氏を別れさせるという言わば汚れ仕事を俺にやらせようとしていたのだろう。

 そうすれば心愛は自分の手を汚す事も無く、更に依存しまくってた彼氏が居なくなった所に自分がその枠に入る事で、杏香を自身に依存させようとしたのだろう。


 ひぃっ、女って怖いなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る