第21話 IF:Lydia√ -schau bitte nicht-

 リディア・シュヴェールト。


 何人と何人のハーフかはわからないが、彼女は俺達と同じ世界の住人とは思えないほど整った顔立ちをしており、アイボリー色の髪色と綺麗な碧眼も相まってとても綺麗な美少女だ。

 

 リディアとの出会いは、1学期の終わり頃、学校の登校中に信号無視して事故りそうな所を俺が引き止め、目的地が俺の通う高校だった為道案内も兼ねて同行したのがキッカケである。



「すいません、アナタの名前とは?」


 聖芽高校に向かう道中、まるで問題文のように助けた美少女が俺の名前を問う。


「俺は霜木しものぎはるかだ、ハルカで良いよ」

「ハルカ…ハルカ!それはとても良いと思います!」


 多分褒めてくれているのだろうけど、日本語の再翻訳のようで、少しわざとやっているんじゃないかと思ってしまう。


「そ、そうか…君は?えーっと、ユーアーネーム?」


 日本語で質問をしたが、もしわからなかったら…と思い、アジア全体で使われている英語で問い直す。

 その美少女が日本人ではないことは何となくわかっていたが、流石に顔だけでは何人か俺にはわからないからだ。

 とりあえずアジア英語言っておけば伝わるだろうし。


「アー…お、オレは、リディア!」


 美少女は元気よく自分の名前を名乗った。

 彼女の名前は、リディア。

 …今思い返せば、この時に名前“だけ”を名乗ったのにも理由があったのか。


「一人称“オレ”なの…?」

「ウー…?」


 名前よりもリディアの一人称が“オレ”という事に驚きを隠せなかった俺はついリディアにそう言う。

 しかし案の定リディアは俺の言葉の意味を理解出来ていないようで、首を傾げている。

 なので俺は、質問を変えてみる事にした。


「まぁいいや、何で日本に?あ、えーっと…」

「その質問わかるです!オレが日本に来ました理由は、り、リュゥ…ガック……です!」

「留学か?」

「正解です!オレ、日本が大好きでして、今日本語勉強しているのです!」

「日本語勉強の為に日本へ留学か…確かに、現地の人と話すのが一番覚えやすいかもな」


 確かに教材を用いて勉強するのも悪くないだろうし、現に学校では教科書や海外留学の経験のある先生が授業をしたりする。

 しかし俺と仲の良い英語教師が言うには“あくまで授業は文法の勉強、話せるようになりたいんなら留学して現地の人と実際に話してみるのが一番!全く英語わからなくても毎日話してりゃ勝手に覚えていくから!”との事。


「ウ…少しわかりません…しかし、いつか絶対完璧にしたいです!なのでもし宜しければ、オレに日本語、教えてください…ますか?」


 恐らくリディアは、現地の人…すなわち俺と話して日本語を話せるように勉強しようという考えなのだろう。


「あ、あぁ、良いけど…」

「ありがとうございます!大好きです!」


 大好きです、と言われてドキッとしていると、それに追い討ちをかけるようにリディアは俺に抱きつく。

 これが日本人には無い、海外特有のフレンドリーさという奴なのだろうか。

 周りに人は少ないが、こんな街中で美少女が男に抱きついているなんて、知らない気持ち悪いおじさんに恨まれかねない。


 リディアはどうやら日本が好きなようで、母国語でも無ければ日本人の血が混じっている訳でも無いのに日本語を話す。

 しかし、何が言いたいのか全く解読出来ないほどではないが、単刀直入に言うと、日本語が下手くそなのである。


 例えば俺の通う“聖芽高校”を“サーガハイスクール”と言い間違えたり“道案内をしてください”を“道案内をください”と言ったり。


 容姿端麗で一見勉強出来そうなのに、実際はポンコツで子供っぽいというギャップがある。


 リディアは2学期から俺が通う聖芽高校に転入するらしく、今日はその下見なのだそう。

 でも、こういうのって普通親が同伴していたりする筈だが…と多少の疑問はあったが、きっと両親共々仕事等で忙しいのだろう、と頭の中で解釈した。


 聖芽高校に着くと、リディアは英語教師によって校内へ案内され、俺から離れていった。

 当時はまだ出会って1日も経っていない事もあり、リディアが俺の隣から居なくなってからはまるで夢から覚めたような感覚だった。



 リディアに日本語を教えると約束してから数週間が経過した。

 気が付けば、聖芽高校は夏休み期間に入っており、俺はずっと家に居た。

 親友に突然“明日海へ行こう”なんて誘われ、もう使わないだろうと思って昔着ていた水着は捨ててしまったのでわざわざ買い直した帰りに、何者かに抱きつかれる。

 振り解こうと試みるも、中々離してくれない。


「ちょ、お前誰だ!?」

「リディアです!」

「リディアか…いや、何で!?」


 俺を背後から抱きついてきた者の正体は、かつて信号無視で事故りかけていたリディアだった。


「なぜならハルカは、オレに日本語を全く教えてくれないからです!」

「ごめん、色々忙しくて」


 リディアには申し訳ないが、たった今会うまで日本語を教えるという約束はおろか、リディアの存在すら忘れていた。

 リディアと別れてから、1学期末から夏休みの入りまで個人的な事情で色んな事が起こっていたのだ。


「女の子を待たせるのはとても最低だと思います!」

「いや本当にごめんって!ていうかそろそろ離れてくれないか!?」

「離れ…る…それは、とても悲しいです」


 リディアは、本当に悲しそうな声でそう言った。

 ずっと振り解こうと身体を動かしていた俺も、つい動きを止めてしまった。

 ふと俺はスマホを取り出し、日暮れまで時間がある事を確認する。


「わかった、待たせた分今日教えてあげるから、離してくれ」

「分かりました!」


 教えると約束してから実行するまでにかなり長かったが、ようやく教わる事が出来ると思ったリディアは、顔をぱあっと明るくして俺から離れた。

 ホント、待たせてごめん。



 “和”の雰囲気が漂う和室で俺とリディアは正座をして向かい合う。

 日本語を教えるとは言ったものの、実際教えた事が無い為どうやって教えたら理解して貰えるのかわからない。

 俺はリディアがどこまで日本語が書けるのかを試すため、紙に自己紹介を日本語で書かせてみる。

 そこからリディアが出来ていない所やリディア的にわからない箇所を俺が教える、というやり方を実行してみる。

 “、”や“。”といった句読点や、カタカナについてなど自分なりに教えてみるも、どうも上手くいかず、句読点は理解してくれたが、カタカナの説明に関しては上手く説明出来ずに終わってしまった。



 時は流れ、夏休みは終わりに差し掛かっていた。

 リディアはまたもややってきた。

 しかしどうやってもカタカナを説明するのは難しく、俺は投げやりになってしまい、リディアに宿題という体でカタカナ全暗記という暴挙に出た。

 リディアも最初はびっくりして母国語で話してしまっていたが、多分俺がリディアならブチギレるだろう。

 いや…マジでごめんな、俺先生向いてないわ。



 あれからカタカナの暗記に苦戦しているのかリディアは家に来なくなり、夏休みが終わり波乱の2学期が幕を開けた。

 登校中にリディアと再会したが、別に何の懐かしさもなくいつも通りで、一緒に学校へ行く事に。

 周りの生徒からの視線を感じながら、学校内へ入っていくのは、優越感と同時に劣等感を感じる。


 そして怠い始業式にて、転入生のリディアが校長によって紹介される。


「えー、では、2学期から我が校に転入する新しい生徒を紹介します。拍手で出迎えましょう!」


 校長がそういうと、やる気のない拍手の中ステージ裏から美少女リディアが登場する。

 するとやる気の無かった拍手がより一層強いものになる。

 あんな美少女が自分と同じ学校に転入してくるとなれば、普通の男子なら盛り上がるのは当たり前である。


「それでは自己紹介を」


 校長が手を上げて生徒達の拍手を止めさせると、リディアにマイクを渡す。


「こ…こんにちわっ…お…オレ…リディア…ですっ…に、日本…語をベンキョー…しているですっ、よろしいおねがいします!」


 相変わらずなのか緊張しているのか、下手な日本語で途切れ途切れながらも自己紹介を軽く済ませると、深くお辞儀をした。

 すると拍手大喝采。


「はい、ありがとうございます。えー、リディアさんはね、なんとあの海外でかなり有名な大物女優のアルクレア・シュヴェールトさんなんですよね!」


 校長が不意にそう言うと、体育館に集まっている生徒達がざわつき始める。

 しかし、一番動揺しているのはリディアのようだ。


 アルクレア・シュヴェールト。

 全世界で活躍する超が付くほど有名な大スターの現役女優で、聖芽高の生徒がざわついている事からわかるように、日本でも知名度はかなり高い。というより、寧ろ知らない人の方が少ないのでは、と思うほどだ。

 20年前に大手企業の社長と結婚したらしく、その間に生まれた子供がリディア…という訳だ。


「えっ…!?あ、あの…その…」

「いやー、我が校にそんな素晴らしい方が転入してくれるとはね!私、校長として誇らしいですよ!ええ!」

「いや…ちょっと…約束が違います!」


 リディアの動揺ぶりや、校長に放った一言から察するに、リディアは自身がアルクレア・シュヴェールトの娘だという事は公言してほしくないし、本来はしないはずだったようだ。


「いやいや、そんな名誉をどうして隠す必要があるんですか!こういうのはしっかり公表していかないと!」

「で、でも…!」


 確かに、学校側からすれば超有名な女優の娘が転入してきた事は名誉なのかもしれない。

 でも、本人が公言してほしくないという事をわざわざ人が集まっている始業式という場で公表する校長に腹が立ってくる。

 

「…クソが」


 周りがアルクレア・シュヴェールトの娘が転入生だという話題で持ちきりな中、俺はそう呟いて、舌打ちをした。



 俺と初めて出会った時、リディアが自身の名前だけを名乗ったのは、“シュヴェールト”という苗字で自身がアルクレアの娘だとバレてしまうと考えたからだろう。

 

 そしてリディアが、自身がアルクレアの娘だと公言されたくない理由。

 これは、あくまで俺の推測でしかないが、恐らく母国でアルクレアの娘という事で過去に何かしらの事件…とまではいかないにしろ、大変な思いをしたのだろう。

 だから日本へ留学に来たのは、半ば“逃げ”なんだろう。


 リディアがアルクレアの娘という事を踏まえると、聖芽高の下見の際に親が同伴していないのにも納得がいく。

 アルクレア・シュヴェールトは世界中で活躍する現役女優…故に、娘の留学先の学校の下見の為に仕事を休む余裕すら無かったのだろう。

 父親の方も…そもそも大手企業の社長って普段何してんだ?…まぁ、自分の子供の留学に付き合えるほど暇じゃないんだろう、きっと。



 どうやらリディアは俺と同じクラスらしい。

 始業式が終わり、俺や生徒達は教室に戻ってくると、担任から改めてリディアがクラスの一員となった事を報告すると、リディアが俺のクラスの教室に暗い顔で入ってくる。

 その暗い顔は、緊張しているとも取れるし、恥ずかしいとも取れるし、怯えているようにも見える。


 小さく弱々しい声で軽い自己紹介を済ませると、指定された席に座っていった。

 リディアの座った席は、俺の席からそこまで遠い訳ではないが、ギリギリ話せないくらいの微妙な位置だ。

 その後は特に用事もなく、自由時間(本当は清掃の時間だが誰もやらない為自由時間と化している)になると、クラスの殆どの生徒達がリディアの席に群がる。


「ねぇ!君あのアルクレアさんの娘さんなんでしょ!?」

「凄いよね!あたしはよくわからないんだけど、一応サイン貰っておこうかな!?」

「おれはそんなの関係なしにリディアちゃんと仲良くしたいと思ってるけどなー!」

「それは絶対嘘!お前もどうせサイン目当てだろ?俺は違うけど」

「あっ…あ…」


 怒涛の質問攻めをしてくる女子や半ば強引にでも仲良くなろうと変に馴れ馴れしく接する男子に囲まれ、リディアは言葉を発せない程困惑しているようだった。

 俺はそんなリディアの様子を横目で見ていると、リディアとふと目が合ってしまい、つい目を逸らしてしまう。

 

「ハ…ハル…」

「え?!ハルって誰?!」

「もしかして彼氏ー?!流石ハーフ、もう彼氏とかいるんだねー!」

「なんだよー彼氏持ちかよー!」

「でも俺はそんなん関係無しにリディアちゃんと仲良くしたいけどな!」


 リディアが俺の助けを求める声も、生徒(主に女子)達の誤解の声によって掻き消されてしまう。

 “ハル”という彼氏がいると誤解したのか、数名の男子がリディアの席から離れていくのを見て、なんだか嫌な気分になる。

 そんな離れていく男子達を勢いよく退かしながらリディアに近づいて来る金髪の女子が一人。と、黒髪で眼鏡をかけている地味目な女子が一人。


「あのさぁ、大女優の娘だかなんだか知らないけど、あんま調子乗んないでくれる?」

「え…え?」


 金髪の女はリディアを見下しながら、機嫌が悪いのかキレ気味かつ大きな声でそう言う。

 ちなみにコイツの名前は枢木くるるぎ杏香きょうか

 その言葉はとても冷たくて恐ろしく鋭く、群がっていた生徒達全員を黙らせた。

 一方リディアはというと、突然現れたヤンキーっぽい見た目をした厳つい女子にそう言われ、目に涙を浮かべながら怯えるばかりだ。

 そりゃ転入初日であんな事言われたら誰だってビビる。

 

「…って、外人だから日本語わかんないか」


 杏香は軽蔑するように笑う。


「はい…わかりません」


 …が、リディアは明らかな煽りに対して純粋に反応する。

 想定していたリアクションと違った事に腹を立てたのか、杏香はリディアの胸ぐらを掴んで顔を近づける。


「わかんないんなら日本に来んじゃねぇよ、なんでウチらがお前に合わせなきゃいけねーんだよ」

「ま、まぁそこまでにしよーよきょ…くるるん、新学期早々問題起こしたら退学になっちゃうよ」


 リディアの胸ぐらを掴んで怒りを露わにする杏香を黒髪眼鏡の女子…暮内くれない心愛ここあが宥めると、舌打ちをしながらリディアから手を離した。


「そうね…ウチが退学せずに済んだのもコーチョーのお陰だもんね。それに、ウチの彼氏退学させたヤツも探さないとだし」


 爪を噛みながら杏香はそう言うと、俺は冷や汗をダラダラと流しながらゆっくりと下を向く。


 杏香の言っていた“彼氏を退学させたヤツ”とは、俺のことである。

 だが誤解しないでほしいのが、杏香の彼氏が退学処分を喰らったのは、そいつが警察にお世話になるかもしれないレベルで日々の素行が悪かったからであって、俺はただ先生達にそいつを退学処分を下すように促しただけなのである。


 つまり、悪いのは杏香の彼氏である。

 だって何も不祥事を起こしてない真面目な奴を退学させるように促しても退学させる事は出来ないだろう?

 先生が退学処分を下すという事はそれだけ日頃の行いが悪いという事だ。

 つまり、自分で自分の首を絞めたのだ。


 そう開き直ると、寧ろ下を向いていたりする方が怪しまれるのでは?と思い、俺は堂々と前を向いた。

 チラッと杏香を見ると、もうリディアからは距離を置いており、心愛と話しているようだった。

 最も、会話というより心愛が杏香に無理して合わせているように見えるが。

 それはさておき、どうやら俺の方を睨んでいる訳では無さそうだ。という事はつまり杏香は彼氏を退学させたヤツの顔も名前も知らないようだ。

 俺はホッと胸を撫で下ろし、リディアの方もチラッと目を向けると相変わらず生徒からの質問攻めに遭っていた。が、リディアが杏香に目をつけられたからなのか当初より人がかなり減っている。特に男子が。



 始業式という事もあり、昼頃には下校する日程だった。

 帰りのHRを終えると、リディアはこの場にいるのが嫌だったのか、真っ先に教室から出て行った。


「あっ…ちょっ…!」


 俺は学生鞄に何も入れず、持ってきた教科書は机に突っ込んだまま置き勉をして教室から出てリディアを追いかける。

 しかし廊下には既にかなりの数の生徒がおり、まるで朝の駅前のような人混みになっていた。

 それでもリディアは目立つ。

 俺はリディアに追いつく為、邪魔な生徒達を華麗に避けながら徐々にリディアとの距離を縮めていく…が、わざと邪魔をしてくる生徒のせいでリディアとの距離は一向に縮まらない。

 急いでるのがわからねぇのかこのゴミ野郎!とキレ散らかしたくなったが、急いでるのをわかってて邪魔するのだろう。

 そして邪魔された奴のリアクションを嘲笑うのだ。本当性格悪い。社会のゴミ。生きる価値の無いクズ。白いお玉杓子からやり直せ。それか雑魚敵に転生して勇者パーティに真っ先に嬲るように倒されろ。


 結局、リディアには追いつけず、校門前まで来てしまった。

 そこにはいつものように優璃が俺を待ってくれていた。


「あ、斗君」

「おお、優璃!リディア見なかったか!?」

「リディアちゃんなら今さっきここを通ったよ?」

「そっか、ありがとう優璃!」

「ちょ、ちょっと待って斗君…!何かあったの?」

「時間が惜しいんだ、後で説明するから…ごめんわざわざ来てくれたのに!」

「ううん、全然大丈夫だよ!」

「ああ、じゃあまた明日!」


 優璃は聖芽高校の生徒ではない。

 それだというのに放課後わざわざ優璃は自身の通う高校から聖芽高校まで来て俺を校門前で待ってくれるのだ。

 しかし今回ばかりは急いでいる為、優璃には申し訳ないなと思いつつも俺は駆け出す。



「ちょっと待ってくれよリディア!」


 ようやくリディアに追いつき、俺は街中で息を荒くしながら美少女の背中に言う。

 リディアは足を止め、俺の方に振り向く。

 その顔は泣いていた。そして怯えていた。


「…来ないでください…オレを…見ないでください」


 リディアは弱々しく震えている声でそう言うと、制服の胸をギュッと握る。

 

「何でだよ…!?まさかアルクレアの娘云々の件じゃないだろうな…!?」

「…その通りです」

「だったら気にすんな…!俺は別に、リディアが大物女優の娘だろうが関係なしに」

「そんなもの信じられません!!」

「…!?」


 未だかつて聞いたことの無かったリディアの怒声に、俺は声を詰まらせる。

 それと同時に、俺は辺りを見渡す。

 リディアの怒声はあまりにも大きい声量だった為に、周りの昼休憩と思われる社会人達から変な視線を浴びる。


「信じられません…ハルカの事も…みんな…」


 リディアは俯く。

 正直に言うと、大物女優の娘だと公言されただけで俺に対してもここまで人間不信になるのか、と思ってしまう。

 俺がそう思い込んでいるだけなのかもしれないが、俺とリディアはそれなりに関わりがあるし、大物女優の娘だという事を知らなかったとはいえ、普通に接していた。

 どうして俺すらも信じてくれないんだ、と思ってしまった。


 でも、ここまで捻くれてしまう程の何かが、過去にリディアの身に起こったのだろう。


「…何が、あったんだ」

「…ここでは話せません。オレの家に案内します」

「お、おう…」


 確かにここだと人の目に触れる。

 というか現に色んな大人にめっちゃ見られていたし。

 リディアは俺に背中を向け、歩き出す。

 俺はリディアの背中を追って歩き出す。


 ああ、周りから俺喧嘩した奴だと思われてたりするよな…。

 まぁ…あながち間違いではないんだけど…

 

 そんなどうでもいい事を思いながら歩いていると急にリディアが足を止める。

 それと同時にリディアの前に黒光りした見覚えのあるリムジンが停まる。


 当時はなんとも思わなかったが、今思えば普通の留学生がリムジンになんて乗れる訳ないよな…。

 仮に見栄張って借りたとしても一般人には普通に借りられない額だし。知らんけど。


「乗ってください」

「あ、あぁ…」


 人生初めてのリムジンが、こんなにも複雑な心境で乗ることになるとは思わなかった。


 リムジンの中は、まだ昼なのにも関わらず薄暗い。

 どうやら窓にシャッターが付いているようで、現在は閉まっている。いかにも有名人御用達らしい仕様だ。

 だが車の中とは思えないお洒落な内装に気を向けず、俺はふかふかなソファに座る。

 すると意外にもリディアは俺の隣に座ってきた。

 しかし、目は合わせてくれなかった。

 先程からずっと、俺と目を合わせてくれない。ずっと俯いているか、俺に背中を向けるかだった。

 リディアは露骨に目を合わせない為、俺自身も合わせにいこうとはしなかった。


「…で、何があったんだ」


 声を出してはいけないような雰囲気の中、俺は捻り出すようにリディアに同じ質問をする。

 公共の場では言えないような、こんな個室でしか言えないような内容なのだろうと軽い覚悟を決める。


 しかし、ふと思った。

 リディアの過去を聞いて、俺はどうすれば良いのだろうか。

 どうすれば良いのだろうかとか、多分関係無いな。

 どんな過去があったとしても俺は多分リディアと疎遠になろうとは思わないだろうし、しないだろう。

 俺は卑怯だ。


「…オレの母親は、ハルカも知っていると思いますが、アルクレア・シュヴェールトという大物女優です」


 俺は無言で頷く。

 相槌くらい打った方がいいのかもしれないが、リディアは自身がアルクレアの娘という事をあまり触れてほしくない。

 だから変に相槌を打ったらそれを強調してしまうかもしれない、と考えた。


「…話聞いてます?」

「聞いてるぞ?!」


 どうやら相槌は打った方がよろしいようだ。

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