第3章 錯綜編

第20話 プリムラ -青春の始まりと悲しみ-

 夏休みが終わり、新学期が始まる。

 しかしまだ夏は終わらないと言わんばかりにうるさく鳴くセミが、いつにも増して耳障りだった。


「何で君、そんな厚着しているんだい?汗だくじゃないか…どうして脱がないんだい?」

「俺の学校すげーバカだから、夏休み明けからは冬服で登校しなきゃいけねーの。こんなクソ暑いのに…」


 俺がこんな朝っぱらからイライラしている理由、それは外がこんなに暑いのに、聖芽高は夏休み明けからはやたら分厚い冬服を着なければいけないのだ。

 聖芽高校の制服はこんなクソ分厚いというのに、冬になると防寒出来ないくらい寒く、薄く感じるという…本当に粗悪品である。


 涼しそうに夏服を着て、風に煽られながら自転車登校する他校の生徒を見ると、より一層腹が立ってくる。

 高一の頃は“こんなバカな高校にしか行けなかった自分が悪い”と思ってため息を吐いていたが、ある程度あの学校にいると校則に従うのもバカらしくなってくる。やむを得ず従うけどね。


「本当に人間というのはバカだね」

「いや、ウチの高校がバカなだけだからな」

「じゃあそんなバカな高校にしか行けない君も即ちバカという事か」

「わかってるからいちいち言うな」


 俺は玉のような汗を滝の如く流しながら言うと、リナリアは手のひらを素早く上下に動かして俺の顔に風を当てようとする。


「やめろそれ熱風だから」

「強欲だなぁ…」

「いやこれ強欲って言わなくねーか?とりあえず難しい単語言っておけばそれっぽくなるとか無いからな?」

「だって君、未だに私を神様だと思ってないだろう?なんならたまに幽霊扱いするし」

「神様的な雰囲気を出したくてそう言ってんなら逆効果だぞ」

「えぇーっ☆そんなぁ、ハルたんひっどーぃ☆わたちぃ、ちゃんとれっきとした神様なんだょぉっ☆」


 リナリアは握り拳で口元を隠して、ぶりっ子のような明らかに作っているであろう声色、そして口調で言う。

 普段凛々しい声で喋るリナリアの口から、こんな可愛い…訳では無いが萌えアニメみたいな声が出る事に驚いた。

 これが声優か…と思って、やはり自身に声優は無理だなと気付かされて勝手にため息を吐く。


「…何故ため息を吐く?一応君のツッコミ待ちだったのだけど…」

「いや…色々な」

「…?」


 リナリアは首を傾げる。

 いや、俺の心の中を読めるんじゃないのか。

 というよりこのツッコミ待ちというのも、リナリアにとっての存在証明…俺との関わりという事なのだろうか。

 いちいち考えてもどうしようもなく、別にリナリアの存在証明に付き合ったところで何の不都合も無いのであまり気にしなくてもいいのだが。


「ハルカーー!」


 汗を滝の如く流しながら歩いていると、遠くから聞き慣れたようなそうでもないような、聞いた事のある声が聞こえてくる。

 なんでこんな回りくどい言い方したんだろう。

 声の方向に顔を向けると、そこには冬服を着ているというのにとても涼しげな顔をしている…にも関わらず、やはり暑いからなのか顔を赤くしているリディアが手を振ってこちらに走ってくる。

 なんか、リナリアとリディアって語感似てるな…もしこれがファンタジー小説なら、実は同一人物だった…みたいな伏線にでもなりそうなものだが。

 そんでもって本名は“リア”とかね、クソどうでもいいしわかりやすすぎるなオイ。


「リディア…そうか、2学期から聖芽高に来るんだったっけか」

「その通りです!オレもサーガコー、行くです!」

「聖芽高ね」

「うっ…間違えました」


 えへへ、と舌を出しながらリディアは言う。


「じゃあ、行くか」

「はい!」


 リディアは頷くと、俺の隣を歩き始める。

 この時、リナリアが少し羨ましそうにリディアを睨んでいた事なんて、知らない。知らない。



 リディアと一緒に来たからと言って、夏休み明けだからといって、別に学校に対して懐かしさも無ければ雰囲気が違って見える事も無い。

 一方、リディアはというと、夏休みに入る前に一度来ているはずなのにあたかも初めて来たかのように目を輝かせている。


「ほう、これが君たちの通う学校か…」


 リディアと行動を共にしてから、ずっと黙り込んでいたリナリアはここぞとばかりに喋った。

 しかしここは学校で、人が多い。ましてや隣にはリディアがいる。

 こんな場所で誰もいない方向に向かって喋ったら変な目で見られるのは確実だ…と思ったが、周りを見渡すとどうやらもう既に俺達は通り過ぎる生徒全員に注目されているようだった。

 恐らく理由はリナリアではなく俺でもなく、リディアというこの学校において異質な存在だろう。


 当たり前だがこの学校の生徒は殆どが黒髪に黒い瞳で、たまにイキって金髪に染めているアホもいるが、基本的には黒だ。

 そんな場所に少し黄色がかったアイボリー色の髪に綺麗な碧眼、かなり整った顔立ちの美少女がいれば、自ずと注目は集まるものだ。

 ましてやその隣に何の変哲も無いただの男子が居たら“何でこんな奴と?”的な感じになる故に更に注目が集まる。そんな気がする。

 リナリアに反応したいのは山々だが、ただでさえあまり良くない注目を浴びている今反応したら変な奴だと思われるのは確実…なので、察してくれと心の中で思いつつリナリアを無視する。


「おお、初登校で一緒とは…随分仲がよろしい事で」

「あ…洲崎すざき先生」


 俺達の姿を見るや否や、ニヤニヤと笑う女教師の姿があった。

 この女教師の名前は洲崎すざき愛子まなこ

 俺がリディアに日本語を教える際の参考にしたあの英語教師である。

 担任の先生という訳ではないが、何故か仲が良い。

 ちなみに間違えたりわざとナマコって呼んだりするとめっちゃ怒られるよ。俺は間違えた事無いけど。

 別に否定する訳ではないけど、どうして洲崎先生の名付け親は愛子を“あいこ”とせず“まなこ”にしたのか不思議で仕方がない。

 洲崎先生曰く“それは永遠の謎だよ”との事。

 どうやら洲崎先生は昇降口の前で挨拶運動をしていたようで、俺達を見かけると仕事そっちのけで俺達に近づいてきた。


「霜木、お前夏休み前のリディアの下見の時も一緒だったよな、どういう関係だ?もしかして恋人かぁ?」


 洲崎先生はまるで弄ぶようにニヤニヤ笑いながら俺の肩を軽く叩く。

 そういえばあの時リディアを校内に案内していったのも洲崎先生だった気がする。


「こ、恋っ…!?」

「違いますよ、あん時は道案内してただけです。で、今日は一緒に来ただけですから」

「なぁんだ、ただのツンデレか!でも知ってるか、男のツンデレって…」

「需要無いんでしょ知ってますよ、ていうか事実ですから!」

「ツンデレは皆そう言うんだ」

「もう俺ツンデレって事で良いです」

「ようやく認めたか」


 はぁ、とため息を混じりに頷く。

 これで俺は正式にツンデレ認定されたらしい。

 一応話す時に敬語を使うとはいえ、洲崎先生と話すと先生と生徒という立場というより友達同士のようなノリになり、そして少し向こうのテンションについていけずに途中で面倒くさくなって俺が諦めて大体会話が終わる。


 ちなみに自分で言うのもアレだが、俺は洲崎先生に相当好かれているらしく、「霜木、お前早く成人してくれよ…一緒に酒飲みたい」と言われた事もある。…女教師が言うとなんかエロくね?


 そんないつもの感じで洲崎先生と会話をしていると、リディアが俺の裾をぎゅっと引っ張る。


「ハルカ…いこ」

「え…あぁ…うん」


 上目遣いをしてリディアにそう言われ、俺は思わずドキッとしてしまう。

 顔立ちの良い美少女にそんな事されたら誰だってドキッとしてしまうだろう。

 しない奴は捻くれた奴かもしくはそいつは男じゃない。


「うほっ、こりゃいいね」

「洲崎先生うるさいっす」



 生徒達は体育館に集められ、始業式という先生や校長による長ったらしい半ば説教じみた話を聞かされる地獄のような時間が始まる。

 始業式中は、体育館内に睡眠薬でもばら撒かれているのではないかと思う程に眠くなるのだが、寝てはいけないのだから本当に地獄である。

 確かに人の話を聞く時に寝るなんて失礼だというのはわかるが、先生はともかく、校長の話なんて“結局何が言いたいんだよ”と言いたくなる程よくわからない話をするし、挙げ句の果てには生徒に耳を傾けさせるためなのかは知らないが、無理矢理最近の流行のアニメやらドラマやらを取り入れるため尚更何が言いたいのかわからなくなる。

 そして、話は変わり。


「えー、皆さんも深く記憶に残っているかと思いますが、夏休みの間、我が校の生徒が路地裏で何者かに殺害されるという事件が起きました」

「…!」


 戦吾の件だ。

 俺は無意識に、話を淡々と進める校長を睨みつけていた。いや、もしかしたら無意識では無くて故意にしていたのかもしれない。

 ちなみに周りは無関心なのか、所々でひそひそ話が聞こえてきた。


「まだ犯人は捕まっていませんが、皆さんも夜に出歩く際は気をつけ…いや、出歩かないようにしましょう」


 …は?なんだよ、その言い方。

 この事件の犯人を知らなくて、それ故に動機もわかってないとはいえ、それじゃまるで夜に出歩いていた戦吾が悪いみたいじゃないかよ。

 そもそも夜に殺されたかどうかもわからないくせに、犯人が戦吾に対して殺意を持っていたかも知らないくせに…身近に起こった誰かが死んだ事件を話に持ち込んで、生徒に注意喚起するなんて、いくらなんでも無神経過ぎる。


「えー、では、2学期から我が校に転入する新しい生徒を紹介します。拍手で出迎えましょう!」


 前の話が割と暗い内容だったからか、全校生徒の気力が地に落ちかけたその時、校長からそんな知らせをされると、辺りの生徒達がざわざわし始める。

 俺は転入生がリディアだという事を既に知っている為、何とも思わなかった。

 するとステージの横からリディアが出てきて、拍手が巻き起こる。

 気のせいかもしれないが、男子の拍手がやたら大きい気がする。確かにあんな美少女が同じ学校に転入するとなったら、そりゃテンション上がるだろうな…。


「それでは自己紹介を」


 校長が手を上げて生徒達の拍手を止めさせると、リディアにマイクを渡す。


「こ…こんにちわっ…お…オレ…リディア…です」


 緊張しているのか、リディアは途切れ途切れに言葉を発する。

 すると“頑張れ”だの“諦めるな”だのそんな男子の大声が聞こえてくる。


「に、日本…語をベンキョー…しているですっ、よろしいおねがいします!」


 リディアは勇気を出してそう言い切ると、勢いよく頭を下げる。

 するとあら不思議、拍手喝采だった。

 日本語がわからないハーフの美少女だなんて、ラブコメにしか存在しなさそうな者だし、男子からしたら“日本語を教えてあげたい”とか“守ってあげたい”的な風に思ってしまうのかもしれない。

 あれ俺ってリディアに日本語を教えているし、初めて出会った時も助けてあげたよな。

 …ここにいる男子達、ごめんな。


「はい、ありがとうございます。えー、リディアさんはね、なんとあの海外でかなり有名な大物女優のアルクレア・シュヴェールトさんなんですよね!」

「えっ…!?あ、あの…その…」


 校長がそう言うと、リディアはどこか慌てているようになり、あたふたしている。

 一方生徒達はというと、今自分達の目の前にいる美少女が有名な女優の娘だと知り、騒めき始めている。


 アルクレア・シュヴェールト。

 普段海外ドラマも映画も見ない俺でも、“アルクレア”という名前くらいは知っている。まぁ、シュヴェールトという苗字なのは知らなかったが。

 

 どうしてそんな名誉…と言って良いのかはわからないが、そんな事を俺にも言わなかったのか…なんて事は考えなくてもわかった。

 故に、校長の発言に俺はため息を吐いた。


「いやー、我が校にそんな素晴らしい方が転入してくれるとはね!私、校長として誇らしいですよ!ええ!」

「いや…ちょっと…約束が違います!」

「いやいや、そんな名誉をどうして隠す必要があるんですか!こういうのはしっかり公表していかないと!」

「で、でも…!」


 ここまで校長が察しの悪い馬鹿だと、その生徒である俺達…いや、俺がとても恥ずかしい。

 しかし辺りの生徒を見る感じ、どうやらリディアの少し嫌そうな様子に気付いていないようで、大女優の娘という話題で目の前が見えていないようだった。


 これは俺の推測でしかない…とはいえ多分当たってるが、リディアが自身が大女優アルクレア・シュヴェールトの娘だと明かさない理由…。

 それは大女優の娘として接されるのが、リディアにとっては嫌なのだろう。

 だから明かさない事で、大女優の娘としてではなく、ただのリディアとして接してほしかったんだと思う。

 きっと、母国でそういった関係で苦労した過去があるのだろう。

 そう思うとリディアの日本留学も、留学を理由に母国から抜け出してきたのかもしれない、なんて深読みをしてしまう。


「リディアさんは2年のクラスに編入されますので、同じクラスになった生徒はもしかしたらサインが貰えるかもしれませんね!」

「あ…うっ…」


 遠くからでもわかるが、自身の明かされたくなかった秘密を大々的にバラされたリディアは目が涙ぐんでいて、今にも泣き崩れてしまいそうだった。

 ここまで来ると、もはやリディアが可哀想過ぎて見ていられない。

 今すぐにでも立ち上がって助けに行きたいが、俺にそんな度胸は無く、ただ見て歯軋りをする事しかできなかった。


「…クソが」


 ただでさえ嫌いだった校長の無神経さによって更に嫌いになった始業式だった。



 リディアは俺と同じクラスになった。

 よくあるラブコメみたいな展開だが、これは偶然という訳ではなく、洲崎先生が俺とリディアが知り合いだと知り、裏で仕組んだらしい。

 ちなみに席は同じ横の列で、近いと言えば近いが、ギリギリ話せないくらいの距離である。

 だから、横を向くと男女に囲まれて困惑しているリディアの姿がある。その間に仲良くもない生徒がいるが。

 …そもそもこのクラスで仲良い奴居なかったわ。


「ねぇ!君あのアルクレアさんの娘さんなんでしょ!?」

「凄いよね!あたしはよくわからないんだけど、一応サイン貰っておこうかな!?」

「おれはそんなの関係なしにリディアちゃんと仲良くしたいと思ってるけどなー!」

「それは絶対嘘!お前もどうせサイン目当てだろ?俺は違うけど」

「あっ…あ…」


 あの校長マジで暗殺されてくんねーかな。

 露骨にサインを貰おうとする女子や、美少女と仲良くしようとわざと馴れ馴れしくする男子の攻めに、リディアは困っているようだった。

 ふと、リディアと目が合った。


「ハ…ハル…」

「え?!ハルって誰?!」

「もしかして彼氏ー?!流石ハーフ、もう彼氏とかいるんだねー!」

「なんだよー彼氏持ちかよー!」

「でも俺はそんなん関係無しにリディアちゃんと仲良くしたいけどな!」


 ハルという名前を出して、彼氏持ちだと勘違いしたのか、数人の男子が退場していった。

 まぁ…俺の名前はハルカだし、“ハル”に対して“誰?”ってなるのは普通…普通だ。


「あのさぁ、大女優の娘だかなんだか知らないけど、あんま調子乗んないでくれる?」

「え…え?」


 和気藹々…してるかどうかはわからないが、まるで某有名ゲームの“いてつくはどう”のような言葉がそんな空気感を破壊し、リディアの周りにいた生徒達はビビって黙り込んだ。


 奴の名前は枢木杏香くるるぎきょうか。不運偶然にも戦吾と同じ苗字である。

 髪を金髪に染めており、制服も校則に背いて夏服を着ており、胸元が解放感があってだらしない。いわゆるヤンキーという奴だ。

 噂によると俺達が退学させた不良グループのリーダーと付き合っている…らしい。

 スクールカーストとやらがあるのだとしたら、多分最上位に位置する女王的存在だろう。


「…って、外人だから日本語わかんないか」

「はい…わかりません」


 煽り口調で言った言葉を、煽りと捉えず純粋に返したリディアに腹が立ったのか、杏香はリディアの胸ぐらを掴んだ。


「わかんないんなら日本に来んじゃねぇよ、なんでウチらがお前に合わせなきゃいけねーんだよ」

「ま、まぁそこまでにしよーよきょ…くるるん、新学期早々問題起こしたら退学になっちゃうよ」


 仲間らしき人物(名前は知らん)がそう言うと、杏香は舌打ちをしながらリディアから手を離す。

 どうやらあの女子生徒は杏香のしもべというよりかは、純粋な友達のようだ。

 言っちゃ悪いが、見た目も杏香に比べて地味だし。それは関係無いか。


「そうね…ウチが退学せずに済んだのもコーチョーのお陰だもんね。それに、ウチの彼氏退学させたヤツも探さないとだし」


 途端、俺は冷や汗をダラダラ流した。

 その退学させたヤツ、かなり近くに鎮座してますよ!?

 でもそれでも気付かないということは、退学させたヤツの顔と名前まではわからないようだ。じゃあどうやって探すつもりなんだろうか。

 にしてもさっき、杏香が退学にならずに済んだのは校長のお陰って言ってなかったか?

 あの校長、マジでロクな人間じゃねえな。


 その日は始業式という事もあり、昼頃には下校となったが、その間リディアと話すことは無かった。

 リディアは登校初日という事もあり、同じクラスの生徒にずっと囲まれて質問攻めされていたりと俺が入っていける雰囲気では無かった。

 

 俺は近くでただリディアを見ていただけだったが、初日から杏香というヤンキーに絡まれ、胸ぐらまで掴まれてもなお泣かずにいれたのは凄いと思う。

 はっきり言って、リディアは何でこの高校に来たのか謎過ぎる。

 大女優の娘なら当然だが金もあるし、それなりに良い高校に行くはずだ。

 なのにこんな社会のクズみたいな奴が集まるような学校に来る理由が、俺にはわからなかった。


 …なんだろう、この学校を否定すればするほど何故か自分を貶している気分になってくる。



 下校時。

 帰りのホームルームが終わると、リディアは颯爽と準備を済ませて教室を出ていった。


「あっ…ちょっ…!」


 俺は乱雑に支度を済ませると、リディアを追いかけ廊下を飛び出す。

 しかしリディアを追いかけようにも下校の時間という事もあり、廊下には生徒が沢山いて邪魔だった。

 とはいえリディアは目立つ。

 こんな人混みの中でもすぐにリディアを見つけると、俺は邪魔な生徒達を避けながらリディアと距離を近づけていく。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 背後でそんな声が聞こえる。

 振り返るとそこには杏香が俺を睨みつけていた。

 どうやら、俺が退学させた奴だと気付いていたようだった。


「今お前に構ってる暇は無いんだ!」

「はぁ?そんなの知らないし」

「じゃあ俺もお前の用事知らねぇよ!」


 杏香の声によって周りから見られていたりと、何とかしてこの状況から逃れるために俺はリディアを追いかける為に前を向いて走る。


「はぁ!?アイツマジふざけんな!クソ陰キャのくせに!」

「き、杏香ちゃ…」

「お前もお前だよ!ウチの事、杏香って呼ぶなっつっただろ!?」

「ご、ごめん!昔からの癖で…」

「あーもう…ホントどいつもこいつもイライラする!!」


 背後でそんな怒声が聞こえる。

 彼氏が彼氏なら、彼女も彼女…という事か。

 確かに“類は友を呼ぶ”とも言うし…まぁ、アイツらの場合“友”では無いのだけど。

 でも、もし類は友を呼ぶというのなら、何故いつも杏香の隣にいるあの女子生徒は、杏香の友達なのだろうか。俺なら絶交するんだけど。

 果たして“友達で居たいから”なのか、“友達でいさせられている”のか…。



 杏香によって時間を取られ、リディアを完全に見失ってしまった。

 探しているうちに校門前まで来てしまった。


「あ、斗君」

「おお優璃、リディアを見なかったか?」

「リディアちゃんならさっきここを通ったよ」

「ありがとう優璃!」

「ちょ、ちょっと待って斗君…!何かあったの?」

「時間が惜しいんだ、後で説明するから…あ、いや…一緒に来てくれ!」

「ひゃっ!?」


 俺は優璃の手を掴んで、リディアを追いかける。

 優璃を連れて行く理由は特に無かったが、せっかく優璃はここまで足を運んできてくれたというのに、一人でリディアを追いかけたら優璃が可哀想だと思ったのだ。

 リディアはあまり優璃を好いていないという事なんて、その時の俺は頭に無かった。



 リディアの住んでいる場所がわからない為、優璃と一緒に街を走り回ってリディアを探す。

 流石にもう家に帰ってしまったか…と、俺達は諦めて自分達も家に帰る事にした。


「ありがとう優璃、リディア探すの手伝ってもらって」

「ううん、全然大丈夫。でも…意外と平気そうでよかった」

「え?何が…」

「ほら…戦吾君の件でさ…」


 優璃は少し俯いてそう言った。

 その話題を優璃が切り出した途端、その場には静寂が訪れた。

 正直あまりその話題には触れてほしくはなかったが、多分それは優璃も気付いていただろう。

 何が?と聞いてしまった俺が悪いのだ。


「戦吾に関しては…実のところ結構心に深くきてる。だから他の事をして気分を逸らそうとしてる自分がいる。だから今こうやってリディアを探そうとしてるのも、多分それ」

「でも…それだと1人の時辛くない?僕と毎晩電話する?」

「いや、家ではゲームしてれば大丈夫だから」


 そう、強がる。

 実はゲームはあまり現実逃避出来ないものであり、ゲーム内のストーリーで重要キャラが死ぬといつも戦吾とリンクしてしまい、その後の虚無感が完全にそれと同じなのだ。

 ゲームの移動中ですら、思い詰めてしまう。感情移入といえば綺麗な言い方だが。


「そう…辛くなったら僕に電話してね。いつでも話に乗るから」

「ありがとう…優璃」

「うんっ、じゃあまた明日」

「おう」


 優璃は手を振って、自宅へと帰っていった。

 今日、俺は優璃に感謝しっぱなしだった。

 ああやって気遣ってくれる人中々居ないんじゃないか?


「あ、そうだ…電話」


 俺は思い出したようにスマホを取り出す。

 現代人だというのに通話するという手段を忘れるなんて、俺は本当に現代人なのか?

 俺はリディアとの通話を試みる。


 プルルルルル。プルルルルル。


 スマホから無機質な着信音が聞こえてくる。

 …ただ、それだけだった。


「何があったんだよ…リディア…」


 口ではそう言ったが、実際何があったかはわかる。

 きっと杏香に胸ぐらを掴まれた事と、校長によって大々的に明かされた大女優の娘という件だろう。

 しかし電話にすら出ないので、直接会って話さなければいけない…が、明日リディアが学校に来るとも限らない。そりゃ初日からこんな事が起これば不登校になっても不思議ではない。

 とりあえず今自分には何もしてやれないので、仕方なく家に帰る事にした。


「待って」

「ん…なんだ?」


 今日はやたら呼び止められるな。

 俺は振り返ると、そこには杏香の隣にいたあの女子生徒が居た。

 廊下での出来事に関して何か言われるのではないか、と俺は身構える。


「あっ、違うの!別にあたしはそういうので来たんじゃないの!」

「え?…まぁいいや、俺になんか用か?」


 俺は警戒を解き、話を聞く体勢になる。

 にしてもやはりこの女、あの杏香とは正反対の人物である。

 尚更どうして友達なのか不思議だ。


「う、うん…あ、あたし暮内心愛くれないここあって言うんだけど…君にお願いがあるの」

「お願い?」


 コイツ心愛って言うんだ、キラキラネームの被害者がここにも…なんてどうでもいい事を考えながらお願いという単語に疑問を抱く。


「そ、そうなの。で、お願いっていうのは…杏香ちゃんを、更生させてほしいの!」

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