第19話 ?????? -??-
その日は雨が降っていて、まるで俺と親族の心を表しているようだった。
まだアイツは17歳と俺と同い年で、死ぬには早過ぎたが、別に病気を患っていたり、もちろん寿命で死んだ訳ではない。
だって急に頭から血が出て、脳の損傷と出血多量で死ぬ訳が無ぇし、仮にそれが頭をぶつけて当たり所が悪かったとしても全身に痣があるのは明らかにおかしい。
それにアイツは護身術が身についている為、相手は絶対に一人ではなく、かなり大人数だった筈だ。
でもアイツに対してあんなになるまで痛めつけるほど憎んで…もしくは恨んでいるヤツらなんて、心当たりが無い。
俺の知らないところで誰かの恨みを買っていたのかもしれないが。
涙は、出なかった。
…もしアイツが幽霊になって俺の事を見ていたのだとしたら、“おいおい、親友が死んだってのに何で泣かねえんだよ!お前にとって俺はその程度の女だったのかよ!酷い!あたち悲ちい!”とか言ってきそうだな。
いやお前は男だろ…って、俺は言うのかな。
人って本当に絶望すると、涙も感情も無になって、逆に何も感じなくなる。
「あ、斗?!塩やらないとダメよ!?」
葬式から帰ってきた俺は、そんな母親の声を無視してすぐに自分の部屋に逃げるように入って、ベッドに座り込んだ。
本当は葬式から帰ってきたら体に塩を巻かなければいけない。何でかはわからない。多分幽霊を祓う為…とかそんな感じなんだろうが、もし仮に幽霊が憑いてきているのだとすれば、それはきっとアイツだろう。
それならいっその事…
「ほれ」
そんな声と共に、背中に砂のようなものをぶっかけられる。
多分…塩だ。
「…リナリア」
振り返ると、ベッドにはリナリアがあぐらをかいて座っており、手のひらには盛り塩があった。
リナリアは自身の左手に盛られた塩をひとつまみする。
「葬式の帰りに粗塩を体にかけるんだろう?えいっ」
塩を顔にかけられそうだったので、俺は顔を正面に戻してまた背中に塩を浴びる。
「…お前は大丈夫なのかよ」
「だから私は幽霊ではないからね、神様だからね。敬え敬え」
リナリアはまるで今の俺の気持ちを一切考えていないのか、くだらない事を言いながら俺の背中に塩を何度も浴びてせてくる。まるでかまってちゃんのように。
そりゃそうだ…リナリアは俺と関わって自身の存在証明をしていたいだけなのだ。
だから、俺が悲しんでいようが怒っていようが、どんな感情を抱いていようがリナリアは関係無いのだ。
「…無理をするな」
ある程度塩をかけても俺が反応を示さないからか、リナリアは少し声のトーンを下げて怒り口調でそう呟く。が、その言葉には優しさがあった。
「じゃあ話しかけるな」
「なら私を無視をすればいい」
「…」
「君は無意識に誰かに助けてほしいんだよ。こうやって誰かに話しかけてほしいんだ。それは果たして絶望を紛らわせたいからなのか…居なくなった友達の代わりをしてほしいのかはわからないがね」
「少なくともその役目はお前じゃない」
俺はリナリアの方に顔を向けてそう言う。
何故リナリアを無視せず、言い返しているのかは自分でもわからない。
もしかしたら彼女の言う通り、無意識に俺は誰かに…リナリアに助けを求めてしまっているのかもしれない。
「じゃあ何だ?あの黒月優璃なる者にでも縋るのか?」
「女子に縋るなんて、そんなん恥ずかしくて出来ねえよ」
「だろう?でもほら、私は神様だし、今ここには実質君しかいない。だから誰かに見られるなんて事は無い…今なら、というかいつでも私の胸を貸してやるぞ?」
そう言うと、リナリアは優しく微笑みながら両手を広げる。
その顔には何の悪意も無いようで、俺を思う優しさが滲み出ている。…と思ったが、数秒毎に身体を揺らしながら“ほれ?”やら“どうした?”やら言って誘ってくる為、元から無かったが縋ろうとはせず正面を向いて俯いた。
「…お前も一応女の子だ」
「強情だなあ。それに私は見た目程若くないぞ?君よりも何万倍も生きてる。君からしたら…君からしたら!…お婆ちゃんである私には強欲であってもいいんじゃないか?」
リナリアは俺の背中にピタッと身体を密着させてきて、耳元でそう囁いた。2回目の“君からしたら”はやたら声が大きかった。
リナリアの囁きはまるで悪魔の囁きにしか聞こえない。
甘い誘惑、という奴だろうか。
今日のリナリアはやたら押しが強い。
親友を亡くして、誰かに助けてほしい…という心の穴に漬け込んで自身に依存させたい…そんな事を裏で考えているんじゃないか、そういう風に感じ取れてしまう。
まるで親友の死を利用しているように思えて、とても不快だった。
俺はふと、ある事を思い出す。
「なぁリナリア」
「なんだい?」
「お前、俺にとって都合が良い女なんだろ」
「ああそうだよ?してほしい事気になる事なんでも答えてあげるよ」
リナリアは早口でそう答えた。
正直今の状況でリナリアを利用するのは癪だったが、この状況を打開するにはどうしてもリナリアの力が必要だ。
この一件は、時間が解決してくれるとは思えなかったから。
「…戦吾を殺したのは、誰だ?」
「ふふ、君は強情にして強欲…自分勝手なくせに私の意見は聞き入れない。でも良いよ?私は、君にとって都合の良い女だからね」
声だけでわかる。
リナリアは嬉しそうにそんな長文をペラペラと早口で言うと、正面に瞬間移動して、俺の顔を覗き込む。
…やっぱり、嬉しそうな顔をしている。
「君の親友を殺したのは…ある不良グループのようだよ?彼に相当恨みを持っていたようだ…ちなみに、君に対しても、だ」
「俺にも…?」
俺の親友を殺した不良グループとやらは、どうやら俺にも恨みを持っているらしい。
という事は、俺も会った事のある人物…そして、俺達が奴らに何かをした…という事になる。
そもそも不良グループなんて、俺も親友も苦手な集団だし関わろうとはしない。
ましてやそんな集団に対して恨まれる程の何かをする勇気は無い…と思ったが、不良グループなんて本当しょうもない理由で…例えば廊下を歩いている時に肩がぶつかってしまっただけで恨んだりするからわからない。
「何故俺達を恨む?」
「その不良グループは、どうやら君達に人生をめちゃくちゃにされたそうだ」
そもそも不良グループに入ってる時点で人生終わってるようなもんだろ…と心の中で思った。
多分そいつらは、“お前達に人生めちゃくちゃにされたからお前らもめちゃくちゃにしてやる”とかそんな感じだろう。
人を殺したら人生めちゃくちゃどころじゃ済まされない事もわからないのか。
しかもよりにもよって警察の息子を。
「俺達はどうやってその不良グループをめちゃくちゃにした?」
「君と親友でその不良グループを退学させたから…かな」
「………はぁぁぁ」
その不良グループの正体がわかった途端、俺は頭を抱えて深くため息を吐いた。
本当に頭の悪い不良グループって、どうしてどうしようもないバカばっかりなんだろうか。
それに自身らが退学をさせられた理由は俺達が原因ではなく自身の素行が退学レベルで悪かったからであって、自分で自分の首を絞めていることがわかっていない。
本当…バカだ、あの生ゴミ共。
心底腹が立った。
一人じゃ何にも出来ないくせに、大勢で寄って集って、敵が1人の時を狙って…狡猾で気持ち悪い。
俺はぎりぎりと音が部屋に響き渡る程の歯軋りをした。
「どうする?私なら不良グループを潰せるが」
「どんな?」
「不良グループの誰かに憑依して自首するか、裏切って同士討ち…からの自滅、なんて事もできるよ。もちろん、どんな手を使おうとも君の手は一切汚れない」
「いや…流石にそこまでしなくていい」
リナリアの提案が割とエグかった為、俺は引きながらそう言う。
なんでリナリアはそんな提案しておきながらなんでもない顔が出来るんだ。
「でも不良グループは君の親友を殺したんだぞ?本当は復讐でもしてやりたいんじゃないのか?」
「そうだけど…」
リナリアの言葉で、俺の心が少し揺らいだ。奴らは人を…親友を殺しているのに今ものうのうと生きていると思うとはらわたが煮え繰り返るような感情になる。
リナリアの言葉は本当に悪魔の囁きのようだ。
仮に捕まったとして、死刑判決が下されたとしても、執行までは例えどんな地獄のような生活だとしても刑務所で生き延びていられているのだから。
「正直になれ。君は口ではそう言っているが、私には全てお見通しさ。本当は復讐したいんだろう?」
「でも…奴らを殺したいと思うのは…奴らと同じだから」
「本当に君は強情だねえ…まぁ私は別に君を強制する訳じゃない。でも不良グループを生かすも殺すも君次第だからね…君がその気になれば私はすぐに動く」
そう言うと、リナリアはすっ、と姿を消した。
姿を消す寸前のリナリアの顔はとても恐ろしく、まるで殺人鬼のようだった。
俺は自分の部屋の床を見つめたまま、しばらく動かなかった。
俺は、不良グループを許さない。
敢えて殺さず、生き地獄を味わわせてやる。
俺の夏休みは、親友の死に対しての絶望と、親友を殺した不良グループに対しての憎悪で終わった。
【第19話 オレンジユリ -憎悪-】
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