第16話 マトリカリア -集う喜び-
辺りを見回すと、大人も子供も水着を着てキャッキャと騒いでいる。
ビーチバレー、浮き輪でプカプカ、日向ぼっこ、海で泳ぎ対決…この場にいる誰もが海と言えば、な事を楽しんでいる。
「いやー、やっぱ天気予報信じてよかったわー!ありがとう、天気予報の神様!」
戦吾は、わざわざ持ってきたらしい浮き輪やパラソルを砂浜に置き、手を合わせてそう言う。
「いや天気予報の神って何だよ…多分それ天気予報士だろ」
「あ、てしかに。つーかお前クマやばくね?そんなに海が楽しみだったのか?」
「俺は遠足の前日の園児か」
「ははっ、まぁ眠たくても日向ぼっこしてりゃいいしな」
「それ海来た意味なくないか?」
「全然あるだろ!こう…波の音を聞きながら太陽の陽に当たるなんて、海ならではだろ!熱けりゃパラソルん中行きゃいいんだし」
「みんなお待たせー!この水着着るのちょっと大変だったよー」
俺と戦吾が会話していると、海の家から水着に着替え終えた優璃が走ってきた。
白いフリルが可愛らしい、俺が選んだ水着だ。
「おお、似合ってるじゃん」
「えへへ!斗君が選んでくれた水着だもん、ちゃんと着こなさないと!」
優璃はえっへん、と手を腰に当ててドヤ顔でそう言う。
その身体は少し力を入れたら折れてしまうのではないかと思う程に細く、優璃の身体には日焼けという概念が無いのか?と勘違いしてしまうほどに白い肌。
…そして未熟故に小さい胸。
「んじゃ、みんな揃ったトコで…どこにパラソルぶっ刺すか…?」
戦吾がそう言う。
辺りを見渡すと、夏休み期間…しかも世間的にも休日という事でかなり人が多く、パラソルを刺せそうな…荷物を置けそうな場所はほぼ無いように見える。
俺も優璃も恐らくスマホと財布くらいしか持ってきて居ないだろうし、戦吾は人数分の浮き輪やビーチバレー用のボール等を持ってきている為、どこか荷物を置ける場所がないと困る。
「とりあえず探してみるか…最悪端っことかになるかもしれないが」
「端っこかぁ…まぁそこら辺に放り投げるよりかはマシか」
そう言うと俺達は、パラソルを刺せる場所を求めて辺りを見渡しながら歩く。
この海は俺達の住む都市から少し離れていて、どちらかというと都会寄りにある海だから、かなり人が多い。
俺達の住む都市の人口の半分以上は居るんじゃないか、と思ってしまう程だ。
いや流石にそれは大袈裟かもしれない。
見渡す限り“人”で、集合体恐怖症の人からしたらある意味地獄なんだろうなぁ、と自分が集合体恐怖症ではない事にありがたみを感じつつ…。
「人多いね…」
「まぁ夏休みと普通に休日だからな…更にここは都会寄りだから尚更」
「このままだと場所探して終わる可能性あるぞワンチャン」
戦吾の言う通り、こんなに人が多くてスペースが空いていないと本当に場所を探しているだけで結局見つかりませんでした、で終わる可能性がある。
「とりあえず、手分けして探そう。俺がパラソルを持つ」
「おう!じゃあいい場所見つかったら連絡してくれよ!」
「わかった」
そう言うと、戦吾と優璃は、それぞれ別方向に走っていった。
なんとしてもスペースを確保しなくては…って、海に行く事にあまり乗り気では無かった俺ですら、実際に来てみるとそんな事を考えるなんて…現地の力って恐ろしいな。
「おや、良いパラソルを持っているじゃないか…貸してくれないかい?」
人がギュウギュウにスペースを占領している中、明らかに俺達に向けたと思われる声が聞こえてくる。
「…お前は!」
俺はその声の方に顔を向けると、その正体に驚愕する。
「フフ、初対面の女性にお前だなんて…失礼だねえ」
その声の主は楽しげにそう笑うと、サングラスを下げて俺を見つめる。
そこに居たのは、前日に俺の夢に現れた少女だった。
少女はフリルのついた紺色の水着を着て、デフォルメされた猫の柄のレジャーシートを敷いており、そこに体育座りをしている。
「なんでお前がここにいるんだ!?お前は俺の夢の中の…!」
「ああそうだよ?そして、君にとって都合の良い女でもある」
「何ミステリアスな雰囲気醸し出してんだ」
「…あれ、興味そそられない?」
少女はきょとんとした顔をして、首を傾げながら俺にそう言う。
作り出されたニセモノのミステリアスには何もそそられねぇよと心の中で思いつつ、それを言ったら俺は多分ミステリー小説とかを一生楽しめないな、とも思う。
どちらにせよ、この少女の存在そのものがミステリアスだから、その上から無理やりミステリアスを上乗せしなくてもいいのに…と思う。
「…とにかく俺にとって都合の良いヤツなら、お前が使ってるスペースを使わしてくれ」
俺は少女を無視してそう問いかける。
「強欲だねぇ…でも良いよ。その為にわざわざレジャーシートを持ってきて確保しておいたんだからね…んっ」
少女はそう言うと、俺に手を差し伸べる。
パラソルを貸してほしいのかと思いパラソルを差し出すと少女は顔をムッとさせると首を横に振り、ため息を吐く。
「なんだよ、何を求めてんだ」
「君を」
「そういうのいいから」
「自分の要望ばかり…私の要望は聞いてくれないんだね」
「だったら何を求めてるのか言ってくれよ」
「…単に手を貸してほしかっただけさ。あ、レジャーシートは返さなくてもいいからね」
つまらなそうに答えると、少女は立ち上がり、俺の横を通り過ぎる。
何故だろうか。
あの少女とは確かに過去に面識は無い筈なのに、どうしてこんなに親しみやすいのだろうか。
それに、俺はまだ少女の名前を知らない。
俺はせめて名前だけでもと振り返ってみると、そこにはもう既に少女の姿は無かった。
果たして人混みに紛れたのか、それとも…。
〜
「いやー、まさかこんな良い所が空いてるとはなー」
戦吾はパラソルの下に座り、海を眺めながらそう言う。
悔しいが、確かにここは海を眺めるのも遊ぶのにも適しており、ビーチバレー場が目の前にあり、海から少し離れている故に波が迫って荷物が濡れる心配も無さそうだ。
「しっかし、何でこんな良い場所を誰も使おうとしなかったんだ?」
戦吾は顎に手を当て、考えているような素振りを見せる。
普通の人なら、何故このような適した場所を誰も取らなかったのだろう、と疑問に思うのも無理はない。
何故なら、俺はあの少女がこのスペースを確保してくれていた事を戦吾にも、優璃にも説明していないからだ。
相手は名前すらも知らない謎の少女。
名も知らない少女がスペースを確保してくれていたと説明したところで、まず信じてもらえるかという話になるし、仮に信じてもらったとしても、戦吾の対応や優璃の対応が面倒になる。
戦吾なら“誰だそんな男の理想みたいな女!?お前女に恵まれすぎだろ!”とか言ってきたり、優璃なら…具体的にはわからないが、あまり良い反応はしないだろう。
「まぁ何でもいいじゃないか。とりあえずスペース確保出来たんだし」
「そうだね、じゃあみんなで遊ぼう!」
「よぉうし、ならまずはビーチバレーだ!」
戦吾と優璃は、パラソルの下から元気よく飛び出し、浜辺に向かって走り出す。
戦吾はビーチバレー用の紙ボールを取り出し、息を勢いよく吹いて膨らませる。
…一方、俺はそんな戦吾達をパラソルの下からバカだなーアイツらと、ただただ見つめているだけだった。
「どうしたの斗君?一緒にビーチバレーしようよー!」
「…お前ら、2対1でビーチバレーするつもりか?」
「…あ、確かに」
「そういや俺達奇数で来ちまってたな」
「お前は遂に数字すらも数えられなくなったのか?」
「いやー、すっかり忘れてた…まぁ、斗達と俺で対戦しても悪くなさそうだな!」
戦吾は運動部であり、それ故に運動神経が良い。
それに比べ、俺は運動出来ないという程ではなく、人並み程度…より少し下くらい。
俺にとっても、恐らく戦吾にとっても、優璃の実力は計り知れない。
もし仮に優璃が運動が苦手だとしても、俺と一緒に組む事によってお互いの短所を穴埋めし、動ける戦吾を一人にさせる事によってハンデになる。
無茶苦茶な理論だが、これでwin-winである。
「まぁそれなら良いが…」
「ハルカー!」
俺がパラソルから出てビーチバレーに参加しようとした途端、聞き慣れた声が遠くから聞こえてくる。
声のした方に顔を向け、声の主を探す。
アイボリー色の髪色に、整った顔…そしてスク水に書かれた“りでぃあ”という名前…。
…うん、言わずもがなリディアだねあれは。
「おお、リディアちゃん!リディアちゃんも海に来てたんだな!」
「…アナタ…誰ですか?」
「俺の名前は枢木戦吾!よろしくな、リディアちゃん!」
戦吾はまるで下心しかないようにニヤニヤと気持ち悪く笑いながら、リディアに手を差し伸べ握手を求める。
「はい!よろしくおねがいします!くるくる!」
「く、くるくる!?」
「ブフッ…」
リディアにくるくると呼ばれた戦吾のリアクションに、俺は思わず吹いてしまう。
多分、リディアにとって
しかし“くるくる”は面白すぎる。
「ところで、何をしているのですか?」
「俺達はビーチバレーをしようとしてたんだ、一緒にやろうぜ!」
「ビーチバレー!それはとても良いと思います!」
「だろ!?ちょうど一人足りなかったんだ」
「ではオレも参加します…あっ」
リディアはふと、優璃の方に顔を向ける。
その時の空気ほど、気まずいものは無いと思う。
戦吾にはわからないだろうが、俺はなんとかしてこの二人を離そうと思ったが、そうすると更に空気は悪くなる。
「リディア…ちゃん」
「…すいません、逃げます」
「ちょっ、リディアちゃん!?」
リディアはその場から逃げるべく走り出す。
戦吾はリディアを追いかけようとしたが、俺はある事に気付いて手を握って引き止める。
…いや、きっと気付いてなかったとしても俺は戦吾を止めていただろう。
「ちょ、離せ!何で止める!?」
「いいから見てろ」
「だから何でっ…」
戦吾がその続きを言おうとした途端、優璃が俺達の横を走って横切る。
優璃がリディアを追いかける様子を見て、戦吾は完璧にとまではいかなくても、何故俺が自身を引き止めたのかだけは察したようで、抵抗をやめた。
「そういう事か…確かにあの場合は俺邪魔だな」
「ああ」
俺達はただ逃げるリディアと、それを追いかける優璃を見つめていた。
それから数分くらい経過し、和解したのか二人は戻ってくる。
「仲直りはしたのか?」
俺は二人にそう確認をする。
「ううん、ビーチバレーで決着をつける事にしたの」
「はい!」
「まぁ、良いんじゃないか?じゃあ俺達は見てるから…」
そう言い、俺と戦吾はパラソルに戻ろうとしたその時、優璃とリディアに引き止められる。
「ハルカもくるくるもやるのです!」
「何でだ!?二人の戦いなら俺達は必要ないだろ!」
「いいの!とりあえず、斗君はリディアちゃんと、えーっと…くるくる君は僕とね!」
「は…はは…遂に黒月優璃にまでくるくる呼び…なぁ、斗…お前だけは、俺の事“戦吾”って呼んでね」
今にも死にそうな声で俺にすがるようにそう言う。
「お、おう」
いや、お前いつも優璃の事フルネームで呼んでるからお互い様なんじゃないのか?と内心思ったが、その時の戦吾が見ていられなかったので何も言わず、慈悲として頷いてやった。
ビーチバレー場に移動し、俺達はそれぞれの位置に立つ。
俺の真正面には戦吾が、隣にはリディア。
「あのさ、文句は無いんだけど何でこんなチーム構成に?」
ふと思った疑問を、口に出す。
語弊を生む言い方をしてしまうが、俺と優璃、戦吾とリディアというチーム構成ならまだわかるが、何故俺とリディア、優璃と戦吾という構図にしたのかがシンプルに気になったのだ。
別に、優璃と同じチームが良かった、なんて思っているわけではない。
「ハルカにボール、当てたくないです」
「俺には当てても良いってのかよ!?」
「くるくるは打たれ強そうだからです!」
「そうなると俺が打たれ弱いってなるんだけど…まぁ事実だし良いか」
一応、ビーチバレーのルールはある。
これは優璃とリディアの真剣勝負とはいえあくまで遊びなので、そこまでルールに厳しくはしない。
ボールを返せず地面に落としてしまったらアウト、枠からボールが出たらアウト…その程度である。
「それじゃ、始めるよ!はじめーっ!」
そう言うと、優璃は紙ボールを上に軽く投げてリディア目掛けてボールを打つ。
「しね!」
リディアは物騒な掛け声と共に、優璃が打ったボールをかなりの勢いで打ち返すと、ボールはあらぬ方向に飛んでいき、戦吾の顔面に直撃した。
「痛えッ!」
「あ!打ち返してよ!もーっ!」
戦吾の顔面に直撃して、そのまま落下していくボールを打ち返すべく、優璃は戦吾の近くまで走り、戦吾を上手く避けながらギリギリでボールを打ち返す。
「いや打ち返せるか!」
戦吾の少し遅いツッコミ。
割と感情がこもっていたのに、誰も触れてくれずに戦吾は少し不機嫌そうな顔をして俺の方を見つめた。
「…まぁ…ドンマイ」
「俺お前と友達になれて良かったよ」
「俺もだ、よっと」
優璃が打ち返してきたボールがたまたま俺の頭上に落下してきていたので、俺はボールを戦吾目掛けて軽く打ち返す。
「うぉおおおお日頃の恨みぃいい全然無ぇけどぉおおおお!!!」
「さっきと真逆の事…って無いんかい!?」
戦吾は自分に回ってきたボールを打ち返すべく、意味もなく叫んでジャンプし、スパイクショットを決める。
せっかく気を遣って軽くボールを返したのに、なんだか恩を仇で返されたような気分になった。いや、返されたのか。
スパイクショットによって地面に向かって急降下していくボールを、リディアは砂の上を滑って打ち返す。
その姿は完全にアスリートそのものであった。
何となく察してはいたけど、リディアってめっちゃ運動できる子なのね。
なんだか戦吾と組ませてなくて良かった、と思ったのであった。
その後もしばらく戦いは続き、後半に至っては俺と戦吾はこっそり居なくなっても大丈夫なんじゃないか、と思う程空気的な存在と化し、完全に優璃とリディアの対決となっていた。
優璃とリディアのスーパープレイによってなのか、いつの間にかビーチバレー場の周りには人が集っており、みんながビーチバレーをする俺達を見つめていた。
空気になっている俺たちは、余計に恥ずかしくなってくる。
「なかなかやるね…!」
「あなたもです!」
ちなみにこの時点で何回か点数を取ったり取られたりで、結局同点になっている。
まだ時間はあるが、流石にもう1時間もやっている。しかもその内の半分以上がもはや二人で戦っているようなものだったし。
そんなこんなで、二人の戦いを見ていると、突然俺の目の前…足下に紙ボールが落ちてきた。
「…あ」
「いっ…」
「…う?」
「え…」
「お、終わった」
優璃とリディアの白熱した決戦は、あまりにも突然で、あまりにも呆気なく終わったのだった。
〜
「あー、負けてしまいました…」
リディアは本気で悔しそうにそう言う。
「いやあれは斗君が悪いよー」
「ごめん、つい見惚れてた」
あればかりは何も言い返せない程に確かに俺が悪い。責められても何も文句言えない。
ただ強いて言えばあの時俺が打ち返していたら、恐らくまだ優璃とリディアはビーチバレーをしていただろう。
だからこれで良いのだ…多分。
「次は必ず勝ちたいと思います!」
「うん!いつでも来てね」
優璃とリディアは、お互いをライバル視していながらも、側から見ると仲良さそうにしている。
現に、あの時の蟠りは無くなっているようだった。
「…いつの間にか、和解してるみたいだな」
「そうだな…とにかく丸く収まってよかったわ…」
戦吾は伸びをして、んー、と唸り声を上げた後、深呼吸をする。
「俺さ、昨日電話してる時お前に何か言おうとしてたじゃん?」
「そうだな」
「あん時は勇気が無くて嘘ついちまったけど…本当はちゃんと言いたい事があったんだ」
珍しく戦吾が真面目なトーンで話す。
正直もう内容は知っているから、この後戦吾が何を言うのかもわかってはいたが、敢えて俺は知らないフリをした。
「やっぱりな…それで、言いたい事って?」
「凪葉のトラック事故…あれは、凪葉が自分で頼んでた事がわかったんだ」
「そうか」
「思ってたよりリアクション薄いな」
まぁ知ってるし。…とはもちろん言えないので、適当に返す事にする。
「逆に俺が“えぇ〜なんだって!?シンジラレナーイ!”なんてリアクション取ると思うか?」
「いや…でもあの事故は、凪葉が自分で仕組んでたんだぞ!?」
「そうだな…でも、お前はそれを俺に言わなかった。それって、俺に言えない理由があったんだろ?」
「…」
「でもこうして言ってくれたんなら、それで十分だと俺は思う。まぁ、何で自作自演したんだって疑問は生まれたけど、それを解明する手段が無いからな」
「…本当に、お前が友達で良かったよ」
ビーチバレーの時にも似たような台詞を言われたが、戦吾の表情も台詞自体もさほど変わりはないはずなのに、あの時とは何かが違った。
心の底からの、本音…みたいな。
「そうかい」
俺は戦吾の本音に対して、軽く返答した。
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