第15話 シラン -不吉な予感、美しい姿-

 リディアが帰った直後、まだ明るかった空が突如暗くなり、まるで狙ったかのように雷雨が降り始めた。

 俺はそんな外の様子を窓から覗きながら、戦吾に電話をかけてみる。


『モニモニバースデー』

「もしもし?あのさ」

『いやモニモニバースデーに突っ込んでくれよ!?…まぁ良いや、貴殿の言いたい事はわかるぞ。明日どうするかだろ』


 多分コイツ今ドヤ顔で言ってんだろーなー、なんて思う。

 しかし話が早くて正直助かる。


「ああ」

『でも天気予報だと明日快晴らしいぞ?今日降った分…』

「いや、今年の夏は梅雨入りが無かったから今頃梅雨時期になったんだと思う」

『マジかよ…よりによって何で今なんだよー!?』

「いや俺にキレられても…」

『そうだけどよ、でも俺の気持ちもわからなくは無いだろー?』

「ま、まぁ…な」


 俺は戦吾に顔が見えないのを良い事に、顔を引きつらせてそう答える。

 どちらかというと、戦吾のように“海に行けなくなって腹立つ”というよりも、せっかく優璃と一緒に水着を買ったというのに…という思いが込み上がってくる。

 何より、戦吾と同じくらい優璃も明日の海を楽しみにしているようだったし。


 こうして見ると、あまり乗り気では無いのは俺だけなんだな…と自覚させられる。


 別に海が嫌いという訳ではないが、少し前に“遭遇したら最後!?浜辺にいる危険生物!”みたいな動画を見てしまって以来、海に行くのが怖くなってしまったのだ。


 そんな情けない理由で“無理、行きたくない”と断れる訳が無く、今に至るのだ。

 だって怖いじゃん、浜辺歩いてたらたまたま砂の中に潜っていたエイを踏んでしまい毒針刺されてそのまま救急車とか。


 でも水着を買おうなんて言い出したのは俺なので、自業自得…という奴なのかもしれない。


『まぁ俺は天気予報信じて一応明日の準備しとくが、一応黒月優璃にも言っておいてくれ』

「わかった…てかお前、いい加減優璃をフルネームで呼ぶのやめたら?」

『いやーなんかさ、今までフルネームで呼んでたから急に名前で呼ぶの何か恥ずいっつーか、逆に違和感感じるっつーか』

「…そうか。とりあえず優璃に伝えとく、じゃあな」

『…あ、待ってくれ!』


 俺は通話を切ろうとしたその時、スマホから戦吾の真剣な声が聞こえてきた。

 戦吾のこんな声を聞いたのは初めてだったので、俺は驚きながらスマホを再度耳に当てる。


「…なんだよ急に」

『……いや、なんでもない』

「なんだよ!?」

『…へへ、アニメでこういうシーン良くあるよな!本当は言いたい事あるけど言えない理由がー、みたいな!』

「…んで、要件は?」

『あ?ただやりたかっ』


 内心そんな事だろうと気付いていた俺は、要件の最初の4文字が予想通りだった為、戦吾が喋っている途中で通話をブチっと切ってベッドに向かってスマホを叩きつける。

 ベッドの上なので画面が割れる心配もない。

 湧いてもいない苛立ちをスマホに八つ当たりした後、俺は優璃に通話する為に再度スマホを取る。

 優璃に電話を掛け、スマホを耳に当てると、有名なシンガーソングライターのクールな曲のサビが着信音として流れてくる。


『あ、もしもし斗君?』


 曲のサビのワンフレーズすらも聴けない速度で優璃が通話に出る。

 

「優璃、今凄い雨降ってるけどどうする?」

『うん…でも天気予報では明日快晴って言ってたし、念の為てるてる坊主もいっぱい作って吊るしておいたから大丈夫だよ!』


 無邪気な声で優璃はそう答える。

 ていうかてるてる坊主って…かなり懐かしいな。

 園児の頃、明日が遠足だったりした時とかはよく作ってたりしてたが、気がついたら親に捨てられていたり、そういうオマジナイのような物を信じなくなってからは作ってない。


「いやそこまでするか?」

『するよ!だって海…行きたいし、斗君が選んでくれた水着を着た僕も、見てほしいから』


 じゃあ今着てその写真を送れば良いじゃないか、なんてKYな事はわざわざ口には出さなかった。

 少しだけ思いはしたけど、多分そういう事では無いんだろうなと悟った。

 具体的にこう、とは言えないが例を挙げるとするならば“部屋の中で食べるより外で食べた方が美味しく感じる”的な奴だ、多分。


「そっか…楽しみにしてる。…それじゃまた明日」

『うん、またねー!』


 優璃の嬉々とした声を最後に、俺は通話を切る。

 その後、俺はため息を吐いてベッドに飛び込むように寝転がり、天井を見つめる。

 

 ふと自分が、漫画でよくいるクズ主人公と重なった。

 俺の中のクズ主人公というのは、交際している女性が数名…いわゆる浮気をしていて、その女性の前では甘い言葉吹っかけて好感度を上げているが、実際はただ身体と金目当てで…みたいな。


 別に優璃と関わる理由が身体や金が目当てとかそういう訳では無いが、なんというか甘い言葉に関しては、少し似通ったものを感じて自身に吐き気がした。

 優璃の水着姿は、確かに自分の選んだ水着を着ているのなら見てみたい気もするが、楽しみかと言われると正直そうでもない。


 ましてや優璃が純粋過ぎる故に、半ば思ってもいない事を言ってしまった事への罪悪感が更に増す。

 いや、思っていない訳では無いが…なんというか…。


 この、自分の思いを上手く言葉に出来ないもどかしさが、俺自身を余計に苛立たせる。

 俺は、自身の語彙力の無さを久々に恨んだ。


 でも内に秘めたる思いというのは誰しもあるもので、別に誰に向かってそれを言う訳でもないのに、それをわざわざ頭の中で文字起こしする必要なんて無いのでは?

 そうだよ、誰だって嘘は付いている。

 でも何も知らない人にはそれが嘘だってわからない。


 そんなクズみたいな思考をしている時、ふと戦吾のあの言葉が頭をよぎった。


 “…あ、待ってくれ!……いや、なんでもない…へへ、アニメでこういうシーン良くあるよな!本当は言いたい事あるけど言えない理由がー、みたいな!”


 あれって、もしかして本当に言いたいことがあったけど、それを言えない理由が…言ってはダメな理由があるのか?

 そう考えてしまうと、戦吾によるただのおふざけという可能性の方が高いのに、もし本当に何か伝えたい事があったのだとしたら、あの時戦吾は俺は何を伝えようとしていたのかが気になって仕方なくなってくる。


 今から本人に直接電話を掛けて聞きたいが、理由を言えないワケがあるのなら、敢えて聞かないほうがいいのかもしれないと思ったりする。

 知らぬが仏、という奴だ。


 俺は忘れる為、そのまま布団代わりのタオルを被って目を瞑って、いつの間にか眠ってしまい夢の中に現実逃避…なんて古典的でくだらない事をする。


「教えてあげよっか」

「!?」


 それからある程度時間が経った頃、突然耳元でそんな声が聞こえてくる。

 その声は空耳というにはあまりにもハッキリし過ぎていた為、俺はタオルから勢いよく顔を出して辺りを見渡す。

 今はゲームソフトのパッケージ置きと化している机の椅子に、綺麗な黒髪に紫色のドレス、そして何を見ているのかわからない真っ黒な瞳…まるでアニメの世界から出てきてしまったかのような、それくらい現実離れしているレベルに可憐で、大人びた少女が座っていた。

 俺は目を擦ってみたり、頬を引っ叩いてみたり、夢なのではないかと思いそんな奇行をする。


「ウフフ…安心して?これは君が見ているただの夢だよ」


 可憐で大人びた少女は、まるで掌の上で転がされている人形を嘲笑うような微笑みをしながらそう言う。


「だろうな!じゃなきゃ君どっから入ってきたのってなるし、こんな現実離れした人リアルに居ないしな!」


 俺は半ばヤケクソになってそう言う。

 別に現実であって欲しかったとかそういう事ではない。

 ほ、ほら…分かりきっている事をいちいち言われると何か嫌な気分になるだろ?

 例えば“宿題やれ”って言われるとやる気失せる的な…。

 

 …正直に言うと、なんだか手のひらの上で転がされているような気分になっていた俺の口頭での全力の抵抗だ。

 “俺はお前のお人形ではない”という。


「私は君のその言葉を褒め言葉と捉えることにするよ。」

「どうぞご勝手に」


 俺は腕を組んで、少女から目を逸らしながらそう言う。

 側から見たらきっと、俺はただの素直じゃないツンデレのように見えるだろう。

 だから男のツンデレは需要が…。


「なぜ君は反抗的な態度をとるんだい?」

「そんな事は良いから…とりあえず俺の知りたい事を教えてほしい」

「ふふ、強欲だなぁ…ま、良いけど」

「…」


 俺は何とかしてこの場の“流れ”を自分のものにしたいと抵抗するが、この少女は常に冷静で余裕がある。

 流れを掴もうと抵抗する俺と、何があろうと冷静沈着で余裕のある少女…どちらが流れを掴んでいるかなんて言うまでもない。


 少しメタい話になってしまうが、何で急に夢の中の話とか、その夢の中に現れる少女とか、ファンタジーチックな展開になっているんだ?

 え、大丈夫?読者さん話ついてこれてる?


「枢木戦吾があの時伝えたかった事…だろう?君が知りたい事は」

「…ああ」


 そういえばアイツの苗字“枢木”だったな、なんてどうでも良い事を考えて軽く現実逃避しながらも、やっぱりあの時何かを伝えようとしていたのか…とも思う。


「枢木戦吾が言いたかった事は君の元カノ、椎名凪葉についてだ」

「凪葉?戦吾が何を今更…ていうか、何で君がそんな事知ってるんだ?」

「さぁね?」

「さぁねって…」

「最初から何もかも明かしてしまうより、少しミステリアスな方が魅力的だろう?」

「この場合その“少し”がかなり重要なんだがな」

「まぁそれは良いとして本題に戻ろう。なぜ枢木戦吾が今になって椎名凪葉の事を伝えようとしたのか…それは、あの時の事故の陰謀説については憶えているかい?」


 それはかつて凪葉を轢いたトラックの運転手が言っていた言葉。

 その場に居た戦吾の父親曰く、当時でいうと中高生くらいの女子に頼まれた…トラックの運転手は確かにそう言っていたらしい。

 当初は消化不十分によってウソだと判断されていたらしいが、一時期は優璃が疑われたりなどしていた。


「ああ…あの“頼まれてやった”って奴か」

「そう。どうやら枢木戦吾の父親は椎名凪葉を轢くように頼んだ真犯人を突き止め、真相を息子である枢木戦吾に伝えたらしい」

「え…?どうやって…って、それはとりあえずいいか」


 確かにどうやって戦吾の父親が真相に辿り着いたのかとか、戦吾は何故その真相を俺に伝えるのをやめたのか、色々と疑問が残る。


「椎名凪葉を轢いてほしい…そんなお願いを したのは、椎名凪葉本人なんだよ」

「は…?」


 少女に言われた事を聞き、俺は一瞬思考が停止した。

 凪葉を轢いてほしいと頼んだのが、凪葉を本人…?何を言っているんだ?


「フフ…」


 この時の俺の顔はきっと情けない顔をしていたのだろう、俺のリアクションを見て少女はどこか楽しげな表情で口角を吊り上げて笑っていた。

 何かを言おうとしたその時、視界が真っ白になった後、反転して真っ黒になる。

 ぐるぐると視界が回って、俺は気を失う。



「どういうことだよ!」


 目を開け、ベッドから勢いよく起き上がって早々そう叫んだ。

 が、そこにはもうあの少女の姿は無かった。

 季節が夏だからなのか、それとも湿気が凄いのか又は両方なのかはわからないが、俺の身体は汗だくだった。

 ふと外を見ると、空は暗くはなっていたが雨は嘘だと思う程止んでいた。


 まるで、あの雷雨が少女を呼び寄せた、そんな気がした。

 果たしてあの少女の言った事は本当だったのか。

 そもそも戦吾は本当にあんな事を伝えたかったのか。

 そして。


「凪葉は…事故に見せかけた自殺をしたって事か…?」


 少女がこの部屋に、そして俺の心に残していった“疑問”の真偽は、誰にもわからない。

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