第2章 夏休編
第13話 スミレ -小さな幸せ-
蒸し暑い部屋で、俺は扇風機の風にあたりながらぼーっと天井を見つめる。
終業式を終え、今は夏休みの期間である。
他の学校がどうなのかは知らないが、約1ヶ月半の休みにも関わらず宿題がゼロという素晴らしい環境である。
…まぁ宿題に関しては期末の成績によってあるか無いかが決まるのだが、俺は赤点を免れた為、宿題は無い…が。
「おい斗宿題手伝ってくれよこれじゃ一生終わんねぇ!」
俺の机に座って、戦吾が自身に課せられた課題を文句を言いながら取り組んでいた。
「勉強しなかったお前の自業自得だろ」
「じゃあチミは勉強したから赤点回避出来たのかね?」
「いや…全く勉強してないけど」
「それがおかしいんだよまず!お互い勉強一切してねーのに何でこんなにも成績に差が出るんだよ?!理不尽だ!」
「いやまぁ…確かにな」
言われてみれば確かに。
俺と戦吾の勉強の比率は同じはずなのに、どうしてここまで成績に差が出るんだろうか。
やる気の問題、と言われるかもしれないが、俺は勉強嫌いでやる気なんてゼロに等しいし、それは戦吾も同じ筈だ。
「ていうか斗君ばかりずるい!僕も!」
すると、俺に向けられていた扇風機の風が突如別の方向に向く。
優璃が扇風機の向きを変えたのだ。
「あ、おい」
「うーん、そもそも気温が高いから扇風機の風も熱風になっちゃってるね」
「じゃ扇風機の後ろに氷置いてみりゃ涼しくなるんじゃね!?」
戦吾がそんな提案をする。
もう優璃と戦吾の…というより、戦吾の一方的なものではあったが、この二人の間にある蟠りは無くなり、今となってはただの友達同士という関係になっている。
「いや意味無いだろ、知らんけど」
「ていうかさ、せっかく俺達集まったんだからどっか行こうぜ!海とか!」
「じゃあまずお前は宿題終わらせろ」
「これ多分終わんねぇから逆にやんなくてもいいだろ」
「どんな理論だよ」
「そんで先生に言われたら“やったけど忘れました”って言えばいいんだよ」
「それ、僕も小学校の頃やってたなー」
「だろ!?」
「…いや、遠回しに“お前小学生レベルの事してるよ”って意味だぞ」
「じゃあお前ら二度とジャンケンすんなよ!あんなん幼稚園レベルじゃねぇか!」
「極論過ぎだなオイ!?」
というかジャンケンと言い訳を一緒に考える事自体違う気がするが。
「でも確かに、せっかく僕達いるんだし何処かには行きたいよね」
「だよな!やっぱ海!?海しかないよな!よし水着じゃぁぁぁあ!」
「最後本心漏れてんぞ」
「いや男たるもの、やっぱそういうのに興味持たねぇと!」
戦吾はガッツポーズをしてそう言う。
ゴミを見るような目でそんな戦吾を見つめた後、ふと優璃の方に視線を向ける。
「は、斗君も…その…興味あるの?」
優璃は自身の胸元を隠し、顔を赤くしながらそう言った。
「え、いや全くではないけど」
「そ…そっか…そうだよね、斗君も男の子だもんね」
優璃はもじもじしながら、恥ずかしそうにそう答える。
その時の優璃の仕草は、とても…なんというか、まぁ…少しエロかったです。はい!
「よーしそうと決まれば早速準備だー!」
「いや行くって決まってないしまずお前まだ宿題…」
「はいはい細かい事気にしない気にしないーじゃあ明日行こう!準備しとけよー!」
そう言うと、俺の言葉に耳を傾けずに戦吾はそのまま帰ってしまった。
…俺の机に宿題を残して。
「あの野郎」
「ねぇ、斗君」
「ん、何だ?」
「僕スク水しかないんだけど…大丈夫かな」
「うん絶対アウトだね買いに行こうか。俺も新しいの買わないといけないかもだし」
海となると大体ビキニとか着てくる人が殆どだろうし、そんな中でスク水なんて着てきたら色んな意味で目立つ。
場合によっては変態に絡まれかねない。
…まぁ、スク水の優璃も見てみたい気もするが。
「あ…じゃあちょっと待ってて。僕家から財布取ってくる」
「おう、じゃああの最近出来たショッピングモールで待ち合わせな!」
「うん、わかったー!」
〜
とあるショッピングモールにて、俺は優璃を待っていた。
余談だが、俺が最後に水着を着たのは中学2年の水泳授業以来である。
3年生の時はプールの機械が故障して出来なかった為、水着を着るのは実に2年振りだ。
中学の時は水着はスク水以外禁止だったり、友達と海に行ったりなどはしなかった為、水着を買うのは初めてだ。
普通の水着って言っても、どんなのがあるんだろう…少し気になる。
そんな事を考えていた時、着替えたのか服装が変わっている優璃が走ってきた。
「おまたせ!じゃあ行こっか」
「おう」
俺達は、ショッピングモールの中に入り、水着が売っている場所へと向かう。
「わぁ…色んなのがあるんだね!」
水着が売っている店に入るや否や、優璃は目を輝かせてそう言う。
優璃も、スク水以外水着を着た事が無かったのだろう。
「そうだな」
俺は男なので、もちろんビキニが置いてあるエリアには行ったことがなかったり、女子と一緒にいるとはいえ男なのにここに居ると変な目で見られるのではないか、と思ってしまったりする。
要するに、めっちゃ恥ずかしい。
「うーん、やっぱりスク水の方が良いかな」
「何で?!」
「だってこれどう見ても下着とおんなじだよ!下着で外に出てるようなもんじゃん!」
「でも流石にスク水はどうかと思うぞ…」
「えー…じゃあ斗君が選んで。斗君が選んでくれた水着だったら…着れるかも」
それはどういう意味で言ってるんだ?
単純に俺の選んだ水着なら着れるという意味なのか、俺が下着っぽくない水着を選んでくれるかもと思われてるのか…って、流石に捻くれ過ぎか。
「とは言ってもなぁ…男の俺からすれば色が違うだけで全部同じに見えるんだよな…」
優璃に付いてきてもらい、ビキニを見渡しながらそう言う。
男の水着の場合、柄とかで割とそれぞれに個性がある為決めやすいが、女の水着は布の面積が少ない為柄とか無い上、どうも全てが同じに見えて仕方がない。
かと言って、適当に決めるのは優璃に申し訳ないし…わからない。
「やっぱりスク水…」
「何で優璃はスク水に拘るんだ?」
「だって…ビキニ恥ずかしいんだもん…」
「俺達の歳でスク水着る方が恥ずかしい気がするんだが…」
「え、斗君も着るの?」
「着ねぇわ」
俺がスク水着たら…気持ち悪いな。
多分シュールストレミングとかと同レベルだろうな。あの周囲に迷惑かけるヤツ。
…自分で言っておいてアレだけど、スク水着た俺って特級呪物か何かなのか?
「うふふ」
「なんだよ」
「いや…ようやく普通になったなって」
「え?俺はいつも普通だろ」
「違うよ。ついこの間までなんていうかさ…異様に優しくしてたみたいな…そんな感じだった」
「まぁ…そうだな…そう思うと確かに、俺って変わったかも。それこそ凪葉と話してた時みたいな…」
俺はその続きを言いかけて、止めた。
優璃の顔を見ると、やっぱり俯いてしまっていた。
もう優璃は演じるのを…“凪葉”という存在を断ち切って、自身…“黒月優璃”として俺と関わりを持つ事にした。
俺は…なんて無神経だ。
「ごめん、つい…」
「ううん、いいの。寧ろ変に優しくされる方が…僕的には嫌」
「そっか…あ、これとか良いんじゃないか!?」
俺はその空気を紛らわすために、適当に指を指す。
さっきまで適当に決めるのは申し訳ないとか言ってたくせに。
俺が指を指した先にあったのは、フリルのついた紺色の水着で、あくまで個人的な意見だが、フリルは比較的若々しいイメージのものに、紺色という少し大人っぽいカラーを使っているのは、いかがなものかと思う。
見た目は若々しい、色は大人…うーん、クールな女の子とかには似合いそうではあるが、果たしてこれが優璃に似合うかどうか…。
「あ…可愛い」
え、可愛いの?これが?
いや、適当にとはいえ選んでくれた俺に遠慮しているのかもしれない…と思ったが、その時の優璃は目を輝かせて、心の底から嬉しそうに笑っていた。
…心の底から、なんて言ったが、実際どうなのかはわからない。優璃は演技が得意だから。
「そ、そうか?」
「うん!なんかウェディングドレスみたいで!」
ウェディングドレス要素は何処に?
まぁ強いていうならフリルがそれっぽいか…?
ていうか紺色のウェディングドレスなんて見た事無いけど。
そう思っていると、優璃が手に取ったのは俺が指を指した紺色の方ではなく、その隣にあった白色の方を手に取る。
「あ、そっち?」
「え、違った?」
「あ、いや…紺色の方だと思ったんだが…うん、優璃には白色が似合うな、多分」
「紺色?うーん…何か、こっちは魔女って感じがする」
まぁ、白い方をウェディングドレスと見るなら、確かに紺色の方は魔女…というより闇堕ちした姫様みたいに見えてくるな。
「じゃあ白い方にするか。じゃあ優璃は決まったから…次は俺のやつだな」
そう言い、俺は男物の水着が置いてあるコーナーへと歩き始めた。
どんな奴がいいか、なんてのはまだ明確に決まってはいないが、まぁ行けば“これ良い!”というのがあると思うからそこまで気にしなくても良いか。
「待って」
「ん?」
「僕が決める」
「何で?」
「僕だけ選んでもらったやつって不公平だし!」
「いや俺選んでって言われたから選んだんだけど…」
「とーにーかーく!僕が選ぶの!」
「はぁ…わかったよ」
俺は言われるがまま、優璃に水着を選んでもらう事にした。
とりあえず俺は優璃についていかず、近くにあった椅子に座って待っている。
…ふと思ったが、何で男物のコーナーに女性が居ても何とも思われないのに、女物のコーナーに男がいると気持ち悪がられるのだろうか?
服だってそう。男がスカート履くのは確かに男から見てもおかしいとは思う、なのに男物の服を女が着ても普通に似合うのはどうかと思う。
その他にもあるが、全部言おうとするととてつもない文字数を必要とする為、ここでとどめておく事にする。
要するに、この現代社会において、“女”ってかなり有利で優遇されてるよな…なんて捻くれた考えをする。
…まぁ、女性専用車両には大賛成だが。
「斗君ー!これどうかな…?」
割と長い時間を掛けて俺の水着を探し終えた優璃が差し出してきたのは、本当に普通の黒色の海パンであった。
あんだけ時間かけて結局普通のやつかよ…?!と思ったが、逆に変な柄の奴とかを持ってこられるよりかは幾分マシだとポジティブ思考に切り替える。
「おう、良いじゃん!」
「本当はペアルック?とかしてみたかったんだけど」
「そうなると俺がフリル着る事になるが?」
もしくは優璃が男水着チャレンジする事になるが。
ていうか俺がフリル着たら一瞬で特級呪物になるけど、まぁある意味注目の的になるけど、優璃は良いのか?俺は嫌だ。
「うん、だからペアルックはまた今度。斗君には着飾らない、シンプルな水着が似合うかなって思って」
「そっか…ありがと優璃。じゃあ会計するか」
「うん!」
俺達は各々選んでもらった水着を買い物カゴに入れてレジへ向かう。
俺はふと、自身の財布の中身を確認してからレジに二人の水着を提示する。
「一緒にお支払いしますか?」
「あ、はいお願いします」
「え、いいよ斗君、自分で払うから」
「いいよ…財布の中割と入ってたから」
「でもぉ…申し訳ないよ」
「いいって」
そして俺は、優璃の水着も一緒に支払いを済ませる。
…優璃の水着が思いの外高くて一瞬だけ一緒に支払うのを躊躇ったなんて言える訳がないが。
どうりで店員がとても親切だった訳だ。
「ありがとう」
「まぁ…男女で買い物したら男の方が金出すのは常識…だし」
全っ然本心ではないが。
まぁ、別にそういう考えだったから優璃の水着も買った訳ではなく、単に財布が重かったからである。
あれ、なんか俺ツンデレみたいになってる?男のツンデレって需要無いの知ってるでしょ?!
「素直じゃないなぁもう」
「まぁ今回は余裕があったからだからな。次からはあんまり期待しないでくれ」
「しないよ。だって次は僕が奢るんだもん」
「ちょ、おい?!」
そういうと、優璃は俺の手を掴んでショッピングモールの中にあるちょっとお洒落なカフェに入店する。
「さ、何か頼も!何にしよっかなー」
「そ、そうだな…」
まぁ…メニューで一番安い奴頼めばいいか…そうすれば俺が奢っても何とかなる。
優璃の水着が意外に高かったからといって、奢れなくなってしまう程に手持ちが無くなってしまった訳ではないし、俺が少しだけケチれば良い…。
そう思い、俺はメニュー表を開いて、軽く絶望する。
一番安い奴で500円…だと!?
しかも見る限りただのコーヒーで!?
家族連れ来た時子供泣くぞ!?子供はジュース飲みたいだろうにコーヒーしか無いって!子供でコーヒー飲める子少ないだろ!?
…いや、そもそもこんなお洒落なカフェに来る家族絶対裕福だろ…そう思うと何か嫌だなぁ。で、そういう子に限ってすっごくうるさいんだよな…。
「僕は決まったよ!斗君は何にする?」
「んぇ?あ、あぁ、俺はこのコーヒーで」
「うー、斗君絶対気を遣ってるー」
「いや…そんな訳無いだろ、俺こういうお洒落なカフェなんて来た事無いから、普通のコーヒーとどう違うのかなって…高いし」
うん、我ながら素晴らしい嘘だ。
いや、あながち嘘ではないかな…自分で言ったくせに、こんなお高いカフェのコーヒーが普通のと何が違うのか気になってきた。
嘘が本心に変わってきた…。
「僕も、初めて来たよ」
「そうなのか?何か常連っぽかったから意外だな」
「結構人気店なんだよココ。だから事前に調べてメニューは把握しておいたんだ!」
「へぇ…でもそんな人気店なら混んでる筈だろ」
「うん。だから寧ろ今日すんなり入れたのが奇跡ってくらい。それに、今日は平日ってのもあるけど」
「そっか、今日平日か」
そういえば、今の俺達は夏休み期間だった。
どうりで俺と同級生くらいのヤツが多いと思った。
夏休みに入ると毎日休みだから(人によっては宿題に追われる日々だが)、曜日感覚が狂う。しかも俺の場合、母親も父親も土曜日だろうと日曜日だろうと、祝日だろうと関係無しに出勤し、稀に帰ってこない為尚更だ。
「実は元々、斗君と一緒に来る予定だったから、それなりにお金持ってきてたんだ」
「そうだったのか」
どうりで水着の値段一切気にしてなかった訳だ。
まぁ流石に、優璃もあんなに高い水着を買う前提でそれなりの金額を持ってきた訳では無いだろうが。
「それに、僕の水着高かったでしょ」
「気づいてたのか」
「支払いの時も数字見えるし、そもそも値札ついてたし。ていうか元々自分で買うつもりだったし、斗君が選んでくれた水着だからね」
「だからあんなに自分で払おうと…」
「そう。でも結局斗君が買ってくれたから今僕の財布、かなり余裕があるの。だから水着買ってくれたお礼に奢ってあげるっ」
「いや…申し訳ないよ」
「いいの!さっき僕を申し訳ない気持ちにさせたんだから、斗君も申し訳ない気持ちになって!」
そう言うと、優璃は勝手に店員呼び出しボタンを押す。
「どんな理論だよ…」
「ご注文お伺い致します」
「あ、フランボワーズソースのチョコケーキと…斗君どうする?」
「あ…コーヒー1つお願いします」
「あ、じゃあフランボワーズソースのチョコケーキとコーヒーもう一つ!」
「お、おい…!」
「かしこまりました。ではご注文を確認させていただきます、フランボワーズソースのチョコケーキ2つ、コーヒー2つ、以上でよろしいですか?」
「はい!大丈夫です」
「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ」
注文を済ませると、店員は去っていった。
ファミレスのバイトを辞めてから俺は、こういう接客時の店員の良いところ悪いところをつい見てしまう。
良い所は一応仕事はしているところ。
悪い所は無愛想で、数字を数える時に前に“お”を付けていないのと、客より顔が高い。
客には笑顔で、愛想良く。数字を数える時は“お”を付ける。客より顔を低くして対応。
これは俺がバイトしていた当時、例の“唯一仲が良かった店長”からの教えである。
これを厳しいと思う人は、悪いがロクな人間じゃないぞ。あと、客にあまり良いイメージを持たれないぞ。
俺みたいな色々あったパターンの面倒くさい人間はそういうところを見ているからな。
うざいと思うかもしれないが、覚えておいて損は無いからな。
「どうしたの?フランボワーズ嫌いだった?」
「え?あぁ違う違う。そのフランなんとかは知らないが、さっきの店員、接客がダメダメだなって」
「そう?僕はなんとも思わなかったけど…後、フランボワーズは木苺とかラズベリーだよ」
「じゃあラズベリーで良いじゃねぇか…なんでフランなんとかでカッコつけんだよ」
まぁ、そもそもラズベリー食べた事無いんだけどな。
でも木苺とも言えるのなら、味はイチゴと同じなのか?
「まぁまぁ…美味しければなんでもいいじゃん」
「そうだな。見た目やら名前やらがどうであれ、大事なのは味だからな」
「このチョコケーキ一番人気だから味は問題ないと思うよ、テレビで紹介されてたくらいだし」
「そっか」
俺はこれ以上何も考えない事にした。
これ以上何かを考えると、多分屁理屈ばかりで優璃も機嫌を損ねてしまう恐れがあるからだ。
せっかく優璃が奢ってくれるのだから、俺もその厚意に甘えよう。
それから数分後に例のラズベリーのチョコケーキとコーヒーが運ばれてきた。
相変わらず店員の接客は俺から見たらダメダメだったが、そんな事はどうでも良かった。
「さて、食うか」
「うん!いただきます!」
見た目は何か…茶色いカップケーキのように見えるが、どこにラズベリー要素があるんだ?ソースというから、てっきりかかっているものかと思ったがそうでは無さそうだ。
そう思い、俺はぎこちない動きでナイフを使ってそのチョコケーキに入刀する。
すると、切り口からドロドロの紅い液体が溢れ出てきた。
これがラズベリー要素か。
ソースは紅く、ラズベリーの果肉らしきものもある。
俺はチョコケーキをフォークで一口サイズにして、皿中に広がったラズベリーソースを付けてそれを口に運ぶ。
「…うまっ!」
「ん〜!美味しいね!来てよかったー!」
「んだよこれ…チョコの甘さとフランなんたらの酸っぱさが見事に調和されて、なんか…とにかく美味え!」
俺は世界一ゴミな食レポをして、チョコケーキをどんどん食べ進める。
食べ進めていて、コーヒーがある事をすっかり忘れていた。
普通のコーヒーと何が違うんだろう、そう思い一口飲んでみた。
その感想は。
…超苦い。
苦いものがあまり好きではない人は下手をすれば吐くんじゃないかと思うくらいに苦い。
コーヒーマニアからすればなんかコクがーとか、香りがーとかそういう味の細かい部分までじっくり味わうのだろうが、コーヒーを単なる飲み物としか見ていない俺にはそれがよくわからない。
こんなものは飲んでいられるか、そう思い、口の中にある苦味を消す為にチョコケーキを食べる。
すると、そこには意外な発見があった。
…あれ、チョコケーキ更に美味くなった?
なるほど、そういう事なのか。
つまりこのチョコケーキとコーヒーは一緒に食べるもんなんだ。
チョコケーキを食べて口の中が甘味と酸味に満たされた後、コーヒーを飲むことによって、その苦味で口の中をリセットする。
そうする事によって、初めて口にした時のあの衝撃が何度も味わえる、という事か!
だからコーヒーがこんなに苦いのか…ちゃんと考えられているんだな…。
「うふふ、なんだかとても嬉しそう」
「ああ…これ凄え美味い。ちょっと食った後にコーヒー飲んでみろ、飛ぶぞ」
「おや、何も聞かないでそこまで辿り着いたんだね!そうなんだよ!通はチョコケーキとコーヒーを一緒に食べるんだって!その方が美味しく感じられるとかなんとか…」
「いや、マジでその通り!」
「…喜んでもらえてよかった」
ふと、優璃が小さくそうつぶやく。
「あぁ…ありがとな」
「うん、また来ようね」
そして、俺と優璃は一瞬でチョコケーキを平らげた。
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